artscapeレビュー
オリエンタル・ディスクール
2020年01月15日号
会期:2019/11/29~2019/12/09
Komagome1-14cas[東京都]
「移民」、とりわけ韓国・朝鮮系ディアスポラの女性アーティスト3組に焦点を当てた自主企画展。それぞれの作品を通覧して浮かび上がる共通の問いは、「私たちの/が『記憶』と思っているものはどこまでフィクションか?」という文化的・民族的アイデンティティをめぐる問いかけだ。
在日韓国人を両親に持ち、日本語教育を受けながらフランスで生まれ育ったヨシミ・リーは、現在、フランス系住民の多いカナダのケベック州に住む。彼女の写真作品《Hanbok, (Déracinée)》は韓服(Hanbok)を着た西洋的な顔立ちの少女のポートレートであり、古典的な肖像写真を思わせるポーズや構図、無表情な少女の顔、端正なモノクロの陰影は、一見すると、19世紀後半の銀塩写真のような印象を与える。だがそれは演出・捏造された「伝統性」だ。被写体となった自身の娘に、民族の記憶はどう継承されるべきなのか?アジア系フランス人としての個人の生と「伝統」の虚構性との狭間で引き裂かれたその作品は、「写真は、アイデンティティの正統性の証明であると同時に捏造にもなる装置である」という両義的な決定不可能性をも示唆している。
アリサ・バーガーの場合、自身の家族の歴史を辿って複数の声を集めることは、朝鮮半島、ロシア、ドイツをめぐる複雑な現代史そのものへの言及と直結する。映像作品《ThreeBordersStill》では、肉親へのインタビューを軸に、家族アルバムの写真やビデオなど膨大な映像イメージと思索的なテクストが交錯する。アリサの母方の曾祖父は三・一独立運動の迫害を逃れてウラジオストクへ脱北した高麗人(コリョサラン)であり、彼女はその高麗人である母親とユダヤ人の父親の娘としてロシアで生まれ、ドイツへ移住した。家族写真を見せながら肉親それぞれが語る出会いと離散は、ドイツ語、ロシア語、韓国語など複数の言語が入り交じり、「家族」のなかに複数の国境線が存在する事実を告げる。彼女の作品は、複数の言語とボーダーの交差する地点にあるものとして自身を炙り出す。
在日韓国人のアーティストであるユミソンと、イスラエル出身の写真家イシャイ・ガルバシュは、ユニットを組み、パフォーマンスの記録である《Throw the poison in the well》を制作した。タイトルの「井戸に毒を流す」は、関東大震災の直後、「朝鮮人が井戸に毒を流した」というデマによって起きた虐殺を指す。自身は経験していない「民族が共有する傷の記憶」をどう想起し、「現在」に対する批評へとつなぐことができるか。2人は、住宅地の防火用バケツや用水路に、毒の代わりに赤い小さな唐辛子を流すパフォーマンスを行なった。それは、「過去のフィクション」の再演という身振りによって、「平和な日常風景」のただ中に亀裂を入れるように、「想像上にしか存在しなかった虚像のマイノリティ」「『いない』ことにされている存在」に実体を与え、可視化させる。だが彼らが流す「唐辛子」が韓国では「厄除け」の意味を持つことを考慮すれば、それは「架空のテロ」を模倣しつつ、「不可視化された他者への恐怖や憎しみ」を浄化し、祓う行為へと希望的に反転させているのだ。
関連レビュー
イシャイ・ガルバシュ、ユミソン「Throw the poison in the well」|高嶋慈:artscapeレビュー(2016年06月15日号)
2019/12/06(金)(高嶋慈)