2021年09月15日号
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artscapeレビュー

青年団若手自主企画vol.79 ハチス企画『まさに世界の終わり』

2020年03月01日号

会期:2019/11/08~2019/11/24

アトリエ春風舎[東京都]

グザヴィエ・ドランによって映画化もされた戯曲『まさに世界の終わり』(映画邦題は『たかが世界の終わり』)。作者のジャン=リュック・ラガルス(1957-95)は現在、フランスでその作品がもっとも上演されている劇作家のひとりだ。

自らの死が近づいていることを知ったルイ(海津忠)はそのことを告げるため、何年も会っていなかった田舎の家族のもとに戻ることを決意する。老いた母(根本江理)、彼女と暮らす11も年の離れた妹・シュザンヌ(西風生子)、田舎に残り母のそばに住み工具工場で働く2つ下の弟・アントワーヌ(串尾一輝)、初めて会うその妻・カトリーヌ(原田つむぎ)。彼女たちは地元を離れたまま戻ってこない長兄に屈折した思いを抱いており、突然のルイの来訪は家族の関係を軋ませる。ギスギスし張り詰めた雰囲気と繰り返される言い争い。ルイはやがて訪れる自らの死を伝えることができないまま再び家を離れることになる。

[撮影:渡邉織音]

この戯曲にはト書きがほとんどない。台詞は基本的に家族の会話、あるいは彼らの独白だが、その境目は極めて曖昧だ。冒頭に置かれたルイの独白は実家に戻る決意を告げる。だがそれはいつ誰に向けて語られたものなのか。演出の蜂巣ももと舞台美術の渡邉織音は、舞台空間を「記憶の場」として上演を立ち上げてみせた。

会場となったアトリエ春風舎は地下にあり、観客は螺旋階段を降りて劇場に入る。観客が入って来たのとはちょうど逆側にも階段があり、舞台裏に通じるそちらは俳優やスタッフの出入り口となっている。冒頭、懐中電灯を手にしたルイがその階段を降りてくる。階段を降りてすぐの場所にはダイニングテーブルと椅子。舞台上方には屋根の枠組みのようなものが吊られているが、それは半ば分解しかかっている。少し外れたところに子どものおもちゃにしては大きい木製の馬。周囲にはガラクタが散らばっている。落ちかかる窓枠から射し込む光。

地下室に転がり埃をかぶったガラクタには、しかし家族の思い出があったはずだ。ルイは地下室=実家に足を踏み入れ、それを確かめようとする。だが、家族といえど必ずしも思い出が共有されているわけではない。ばらばらの記憶と思い。ある意味では長年のルイの不在こそが家族が共有する唯一のものだ。彼らはかつて共に過ごした時間をよすがに再び家族であろうとするが、互いに持ち寄ったピースがうまくはまることはない。ぶつかる破片が軋みをあげる。

[撮影:渡邉織音]

[撮影:渡邉織音]

戯曲に描かれているのは「もちろんある日曜日、あるいはほぼ丸々一年の間の出来事」だ。それはルイが家族と再会したある日曜日のことであり、それから彼が死ぬまでの一年間のことだろう。場面はときに突如として中断し、同じく中断した音楽とともに不自然に繰り返される(音響:カゲヤマ気象台)。AV機器の再生不良のようなそれもまた記憶の再生、あるいはその齟齬を思わせる。ルイは再会の記憶を、それがうまくいかなかったとしても、いや、むしろうまくいかなかったからこそ反芻し続ける。家族の記憶を映し出しうつろう光は美しくも切ない(照明:吉本有輝子)。

だが、家族との記憶を反芻するのはルイだけではない。第二部第三場には12ページにも及ぶアントワーヌの台詞がある。「ルイ?」という呼びかけで終わるその長い独白は死者への語りかけの響きを帯びる。ルイもまた、思い出される家族のひとりとしている。

戯曲の解説で訳者の齋藤公一は「この戯曲が確固としたメッセージを伝えてはいないのはどうやら明らかなようだ。何かが語られてはいる。だがその内実は聞こえそうで聞こえて来ない。うまく噛み合わない対話が続き、空しい独白があいだを埋めていく」と書いている。だがそれは無関心や憎しみではなく、愛ゆえのことだ。だからこそ不協和音は痛切に響く。蜂巣演出と渡邉美術、俳優たちの演技はそこにある哀しみを見事に可視化し触知可能なものとしていた。

[撮影:渡邉織音]

蜂巣はこれまで、イヨネスコやベケット、別役実やカゲヤマ気象台らの戯曲を演出してきた。難解な戯曲にも粘り強く取り組み舞台上にその核を立ち上げる手腕はすでに一部で高い評価を得ているが、ある意味ではスタンダードな家族ものである『まさに世界の終わり』の上演は演出家・蜂巣ももの力量を改めて示す結果となった。戯曲の魅力を引き出すたしかな力を持った若手演出家として、今後は外部企画での戯曲上演の機会も増えていくのではないだろうか。


公式サイト:https://www.hachisu-kikaku.com/
円盤に乗る派『おはようクラブ』(蜂巣もも演出)劇評:http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/kangekisusume/2019/12/noruha.html

2019/11/11(月)(山﨑健太)

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