artscapeレビュー
原芳市『神息の音』
2020年03月01日号
発行所:蒼穹舎
発行日:2019/11/22
『神息の音』は原芳市の最後の写真集になった。原が2019年12月16日に半年余りの闘病生活を経て逝去したからだ。没後に『時を呼ぶこえ』(でる舎)が刊行されたが、これは1980年代に寺山修司の短歌について書いた原のテキストと写真を組み合わせたものなので、生前の仕事としてはこの写真集がラスト・メッセージになった。タイトルの「神息」(かみき)は原の造語で、「主なる神は土(アダマ)の塵から人(アダム)を形作り、その鼻に命の息を吹き入れられた」という『旧約聖書』の語句を踏まえている。
原は2008年と2011年に刊行した二部作『現の闇』(蒼穹舎)と『光あるうちに』(同)の頃から、聖書を読み込み、神の存在を強く意識するようになった。本書におさめられた27枚の写真(プリントは写真家の和久六蔵)は、2019年の年明けから撮り始め、5月までに撮影した40本余りのブローニーフィルム(約480カット)の中から選ばれたものである。「神事、祭事の周辺」を撮影していると、「突然身体が重く感じ、視界のハイライト部分がいつも露出オーバーのように」なることがあったという。そのような「霊的な何か」に感応してシャッターを切った写真を集成したのが本書だが、被写体の幅はかなり大きい。折に触れて撮影した風景だけでなく、祭りの参加者、女装のゲイ、ピンぼけでほとんど何が写っているかわからない写真もある。そこに「神の息」を感じとれるかどうかは、見る人に委ねられているわけだが、たしかにただならぬ気配を感じる写真が多い。1970-80年代にストリッパーたちのドキュメントを発表することで、写真家として知られるようになった原が、さまざまな試行錯誤を経て到達した場所が、確実に刻み付けられた写真集といえるだろう。あらためて、彼の仕事をふりかえって見てみたいと強く思った。
なお、東京・新宿の蒼穹舎のギャラリースペースでは、写真集刊行を記念した同名の展覧会(2020年1月27日~2月9日)が開催された。
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2020/02/08(土)(飯沢耕太郎)