2021年10月15日号
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artscapeレビュー

Oeshiki Project ツアーパフォーマンス《BEAT》

2020年03月01日号

会期:2019/10/16~2019/10/18

雑司ヶ谷 鬼子母神堂周辺[東京都]

東アジア文化都市2019豊島の一環として実施されたOeshiki Project ツアーパフォーマンス《BEAT》。参加者たちがやがて合流することになる「鬼子母神 御会式」は「享和・文化文政の頃から日蓮上人の忌日を中心とした、毎年10月16日から18日に行われている伝統行事」で、「当日は、白い和紙の花を一面に付けた、高さ3~4メートルの万灯を掲げて、団扇太鼓を叩きながら鬼子母神まで練り歩」くものだ。劇作家の石神夏希、中国出身のアーティストであるシャオ・クウ×ツウ・ハン、そして音楽ディレクターの清宮陵一らのチームは御会式連合会の協力のもと、多くの人を巻き込むツアーパフォーマンスをつくり上げた。

集合場所は西池袋公園。私はそれを東京芸術劇場のある池袋西口公園のことだと思い込んでいたので少々慌てたのだが、行ってみれば池袋西口公園からほど近くにあるごく普通の(やや広めの)公園に参加者たちが集まっている。月に数度は池袋を訪れるが、こんな公園があるとは知らなかった。受付で手持ちの太鼓とバチ、アンパンとミネラルウォーターのペットボトルが手渡される。

50人ほどの参加者はおよそ10人ずつに分かれて説明を聞く。参加者はまず、1人ないし2人ずつに分かれ、渡された地図をもとに「待ち合わせ場所」に向かう。そこで待っているのは「トランスナショナルな(国境を越えて生きる)市民パフォーマーたち」らしい。立教大学脇の路地でヴェトナムから来たシステムエンジニアのDさんと無事に落ち合った私は、太鼓の叩き方を習いながら次の会場へと導かれる。ホスト役はDさんだが、どうやら池袋については私の方が詳しいようだ。会話は日本語にときどき英語が混じる。

[撮影:鈴木竜一朗]

次の会場はビルの谷間の古民家、と呼ぶにはこざっぱりとはしているが風情のある一軒家。到着するとお茶がふるまわれる。私は蓮茶を選ぶ。Dさんによればヴェトナムではポピュラーなのだという。日本人好みの味なように思うが日本ではあまり飲めないらしい。参加者が揃ったところで「平舎(ひらや)」と呼ばれるその場所の来歴(池袋在住300年18代!)と、韓国でフラを教えているという在日コリアンの女性の話を聞く。参加者の何人かから募った言葉でフラをつくり(フラの振りは言葉と対応している)、みんなでそれを少しだけ踊ってみる。

平舎を出て次の会場へ。参加者+パフォーマーのおよそ20人で列をつくり、街中を練り歩きながら太鼓を叩く。参加者とパフォーマーとで異なるリズム。東京メトロ副都心線池袋駅改札のある地下通路を通り東口側へ抜ける。たどり着いた中池袋公園にはすでにほかのグループが揃っていた。グループごとにまた異なるリズムを披露したあと、その場にいたおよそ100人ほどが大きな輪になり、ぐるぐると回りながらともに太鼓を打ち鳴らす。そのまま大きな集団となってまた次の場所へと池袋の街を練り歩く。

[撮影:鈴木竜一朗]

御会式に合流する前に南池袋公園で小休止。フェスティバル/トーキョーの会場のひとつとして使われることもあり、私にとっては多少なりとも見覚えのある場所だ。聞けば、ここから先どうするのかはDさんも知らないらしい。考えてみれば当然のことだ。これから参加する「鬼子母神 御会式」は年に一度の本物の祭りなのだ。練習はできない。

都電荒川線都電雑司ヶ谷駅の近くまで移動し御会式連合会の方々から太鼓の叩き方のレクチャーを受ける。ヤキソバ、りんご飴、ケバブ、タピオカ、じゃがバター。屋台の並ぶ参道をゆっくりと練り歩く。お堂への参拝をクライマックスに、近くの集会所で各国のスナックをつまみチルアウトしてなんとなくの解散。Dさんとも別れ帰途につく。

[撮影:鈴木竜一朗]

4時間のなかで特に印象に残った場面が二つある。といってもそれはパフォーマンスとして用意された瞬間ではない。ひとつは中池袋公園でのこと。公園を占拠し、ぐるぐると回りながら太鼓を打ち鳴らす「私たち」の姿を多くの人がスマホで撮影していた。そのなかには海外からの観光客と思しき姿もあった。彼らは「私たち」をなんだと思っただろうか。それはその日初めて行なわれた、いわば「ニセモノ」の祭りだ。再開発されたばかりの真新しい中池袋公園に集ったヨソモノ同士の集まりも、はたから見れば地域の祭りと変わらなかったかもしれない。

もうひとつは御会式連合会の人の言葉だ。太鼓の叩き方をレクチャーしてくれたその人は「私たち」にこう言った。「東アジアの方はこちらへ」。これがけっこうな衝撃だったのは、まずもって自分が「東アジアの方」と呼ばれるとは思ってもいなかったからだということを白状しなければならない。もちろん日本は東アジアなのだから私をそう呼ぶことは正しい。そもそも《BEAT》は「東アジア文化都市2019豊島」の一環として実施された事業なのであって、「東アジアの方」という言葉はその参加者という意味で使われたのだろう。ならばその言葉を発したその人は「東アジアの方」ではない? さらに言えば、そこには東アジア以外の地域出身の人もいた。だがいずれにせよ、ひとたびお練りが始まってしまえば私たちはみな一緒くたになって太鼓を打ち鳴らすのだった。

[撮影:鈴木竜一朗]

[撮影:鈴木竜一朗]

ローカルであるとは、その場所にいるとはどういうことか。「鬼子母神 御会式」はもともと「日蓮聖人を供養するために行なわれる仏教の行事」だ。私は日本の東京の池袋の祭りに参加したつもりでいたのだが、そもそもは仏教も鬼子母神もインドに由来する。そうして縁はぐるぐる回っている。


公式サイト:https://www.beat-oeshiki.jp/

2019/10/16(水)(山﨑健太)

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