artscapeレビュー

清野健人「地獄谷の日本猿」

2020年12月01日号

会期:2020/10/23~2020/11/03

ニコンサロン[東京都]

長野県下高井郡山ノ内町の地獄谷野猿公苑は、動物写真の愛好家にはよく知られた場所で、温泉に入る猿の群れや雪玉で遊ぶ子猿など、数々の名作が撮影されてきた。逆にいえば、新たなアプローチがむずかしい場所ともいえるのだが、清野健人はむしろ正攻法ともいえる撮り方を貫くことで、逆に新たな方向性を見出そうとしているように思える。

固有名詞化したボス猿、死んだ子を抱き続ける母猿、珍しい白毛の猿などをクローズアップで捉え、周囲の環境と猿の群れとの関係のあり方を手堅く押さえていく。やや珍しいのは、それらをすべてモノクロームで撮影・プリントしていることで、そのことでクラシックな、やや絵画的といえるような雰囲気が生まれてきていた。モノクロームを使ったのは、猿たちの個性を際立たせ、むしろ「肖像」として撮影したかったからだという。その狙いはうまくはまっていて、これまでの動物写真とは一味違う見え方になっていた。ただ、それは諸刃の剣で、抽象度が強すぎると、「地獄谷の日本猿」という具体性、固有性が薄れていってしまう。今後はカラー写真との併用も考えられそうだ。

何度かこの欄で触れたように、日本の自然写真(動物写真)は1980-90年代に岩合光昭、星野道夫、宮崎学、今森光彦らが登場することで、画期的な写真世界を確立した。だが、彼らの業績があまりにも大きかったために、それ以後の世代が霞んでしまったともいえる。だが、そろそろ新たな息吹が形をとってもいいのではないかと思う。1990年生まれの清野もまた、その一人として期待してもいいだろう。

2020/10/29(木)(飯沢耕太郎)