artscapeレビュー

下瀬信雄「鬼魅易犬馬難(きみはやすしけんばはかたし)」

2021年03月01日号

会期:2021/01/19~2021/02/01

ニコンサロン[東京都]

タイトルの「鬼魅易犬馬難(きみはやすしけんばはかたし)」というのは『韓非子』に出てくる言葉で、斉王が画工に絵に描くのが難しいものは何かと尋ねたところ、こう答えたのだという。つまり「鬼やもののけ」の類は簡単だが、犬や馬のような当たり前なものを描くのは逆に難しいということで、下瀬はそれが写真にも通じると考えた。たしかに今回のニコンサロンの展示では、日常(犬や馬)のなかに「鬼魅」を見出したような写真が目につく。それらは「街中至る所に出現」しており、しかも「どこか懐かしく、過去の何かに似ている」のだという。街を散策しながら、そんな被写体を見つけ出しては、嬉々として撮影している下瀬の姿を想像すると、展示されている写真がより面白く見えてくる。

本欄でも何度か紹介しているように、下瀬は1944年生まれで、山口県萩市在住のベテラン写真家である。ニコンサロンでも何度となく個展を開催し、「結界」シリーズで、2005年に第30回伊奈信男賞、2015年には第34回土門拳賞を受賞している。だが、常に新たな領域にチャレンジしようとしており、今回もすべてデジタルカメラで撮影しただけでなく、被写体をかなり大胆にシフトしていた。好んで「鬼魅」にカメラを向け、街中で出会った女性たちやマネキン人形の写真などには、強烈なエロティシズムが漂っている。スナップ写真によって、「写された事によって立ち上がる不思議さ」を引き出そうとする意図がはっきりと見えてきた。このシリーズ、さらに続けていくと、彼の写真の世界に別な一面が加わるのではないだろうか。

2021/01/27(水)(飯沢耕太郎)

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