artscapeレビュー

冨安由真展 漂泊する幻影

2021年03月01日号

会期:2021/01/14~2021/01/31

KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ[神奈川県]

会場の扉を開けると、長い廊下が真っすぐ伸びている。が、正面に自分の姿が見えるので、鏡で長さを倍増していることがわかる。左側に扉があり、開けると今度は暗い部屋に出る。そこには3つの古びたテーブルセットをはじめ、ホコリだらけのソファ、時代物のピアノ、シカやクマの剥製、止まった時計、瓦礫やボロ切れ、旧式の受話器などが置かれ、それぞれにスポットライトが当たっては消えていく。放射能かコロナか知らないけれど、無人になった廃墟のような風景だ。奥のスクリーンには実在する廃墟だろう、荒れ果てた室内の映像が映し出される。

別の扉から出ると、また最初の廊下に戻る。と思ったら、先ほどの鏡の裏側に設えた別の廊下であることがわかる。再び奥の扉を開けて、絵が10点ほどかかっている薄暗いギャラリーに入る。その絵はいま見た廃墟を描いたものらしいが、1点ずつランダムに照明が当てられるので移動しながら見ることになる。こうしてインスタレーションと映像と絵画によって廃墟を追体験させられるわけだが、これらは実際に廃業した千葉県のホテルがモチーフになっており、インスタレーションで使われた家具などはそのホテルから運んだものだという。コンセプトも会場構成もよく練られ、照明効果も抜群だ。それもそのはず、この「美術展」が県民ギャラリーではなく芸術劇場で行なわれるのは、照明やセットなど舞台美術のノウハウが活かせるからであり、「現代美術と舞台芸術の融合による新しい表現」を模索するKAATならではの企画だからだ。ああ見てよかった。

でも作品とは別に、残念なこともあった。まだ1週間近く会期を残しているのに、カタログが完売していたことだ。いったい何部刷ったんだろう? 増刷もないという。主催者としては喜ばしいことかもしれないが、見に行った者にとっては残念というほかない。買えなかった腹いせに言うのではないが、きつい言い方をすれば、作家にとって失礼ではないか? 完売するということはあらかじめ動員数を少なく見積もっていたということだろう。最近はSNSなどで反響が予想を超えることもあるかもしれないが、千部と二千部と経費はそれほど変わらないのだから、最大限つくってやれよ。せっかくすばらしい作品を実現してくれたのに、なんとももったいないと思うのだ。

2021/01/25(月)(村田真)

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