2021年04月15日号
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artscapeレビュー

屋根裏ハイツ『パラダイス』

2021年03月01日号

会期:2021/02/05~2021/02/09

STスポット[神奈川県]

『パラダイス』(作・演出・音響:中村大地)は『私有地』(2019)に続く屋根裏ハイツの「シリーズ:加害について」の第二弾。人口減少と高齢化の結果、老人ホームのような機能も担うようになった郊外の団地を舞台に描かれる日常の風景から浮かび上がるのは、分かちがたく触れ合い溶け合うケアと加害の境界領域だ。

住民の憩いの場となっているらしき集会室。職員の高知(村岡佳奈)がいるところに住民の沢崎(瀧腰教寛)がやってくる。二人のやりとりから沢崎には認知症のような症状があるらしいことが窺われる。さらに住民の清水(和田華子)がやってくる。どうやらその朝、清水の部屋の隣に住む遠藤さんという寝たきりだった住民が入院していったらしい。遠藤の世話をしていた子の「ケイさん」は2日前から行方不明のようだ。清水が出て行ってしばらくすると高知は、昼食を食べ損ねているので食べに行きたい、その間、沢崎がここにいるつもりなら鍵をかけさせてもらいたいと言い出す。ケイのことがあったので、一部の住民には安全のため、集会室の利用の際に職員の送り迎えをつけることになった、そのことはまだ決まったばかりで周知はされていないのだが、ひとまずの暫定的な措置として、万が一のことがあるといけないので、自分がいまここを離れるにあたって鍵をかけておきたいのだ、と。沢崎は了承し、高知は昼食のために出て行く。沢崎がひとりでいる間に住民の日高(村上京央子)が集会室を訪れ、鍵がかかっていることに驚く。沢崎は事情を説明しようとするがうまく伝えられず、日高は高知を呼びに行く。戻ってきた高知の説明で日高は一応は納得するが、沢崎に改めて確認すると沢崎は鍵を閉められていたこと自体忘れてしまっている。沢崎は煙草を吸いに出ようとするが、ふと「ひとりで、行っていいの?」と高知に問いかけ、高知とともに出て行く。

集会室に鍵をかけた高知の行為はケアか加害か。日高はそれを一旦は加害だと判断し、事情を聞いてケアであったことを了解しつつ、同時に釈然としない様子でもある。事情の有無にかかわらず、行為の内実は変わらない。自由を奪う行為は加害であり、同時にケアともなり得るという現実があるだけだ。では、高知が昼食を抜けばよかったのか。しかしそれは高知に対する束縛、加害ではないだろうか。鍵をかけて昼食にいくという選択は、自他のケアを秤にかけた高知の落としどころだったはずだ。

作品の冒頭、外で遊ぶ子供たちを見た沢崎と日高は「学校無いのかな」「保育園の子かも」「先生とかいないっぽいですけど」と言葉を交わす。ふたりの「心配」もケアの一種だが、それは束縛や禁止へとエスカレートする種ともなり得る。どこまでが妥当なケアか。高知は保育園で使われる散歩用の子供を載せる台車を見る度に「ドナドナ」の歌を思い出し、運ばれる子供たちが「自由がない動物みたいに見える」のだと言う。小学校の塀と刑務所の塀の違いは何か。無用心だからと鍵のかかっていない部屋から財布と携帯を勝手に持ち出すことは犯罪か。「健康に悪いから」と煙草を禁止することはできるか。散りばめられたエピソードがケアと加害の違いを問う。その問いは老人ホームや病院といった場所をも射程に収めるものだろう。

鍵をかけて出て行った高知と鍵もかけずに出てったケイさん。果たしてどちらが「正しかった」のか。鍵がかかっていたら遠藤さんは人知れず亡くなっていたかもしれない。鍵のかかった集会室で沢崎は突然倒れてしまったかもしれない。沢崎が高知とのやりとりを忘れてしまったせいで、高知は何らかの責任を問われることになったかもしれない。無数の「かもしれない」と折り合いをつけ続ける作業としてしかケアはなし得ず、しかしそこにどのような「かもしれない」があり得たかを第三者が推し量ることは難しい。断罪はなおのことだ。

『とおくはちかい(reprise)』とも共通する、他者の事情を十分には知り得ないというテーゼは、本作では上演の構造としても採用され、観客にも体感されるものとなっていた。沢崎がひとりになると、集会室に保管されていたケイさんの電話に着信があり、沢崎はそれに出てしまう。沢崎はその後、およそ20分にわたりケイさんの友人の久保田(宮川紗絵)と電話越しに会話をし続けるのだが、久保田の言葉は劇場にいる観客には聞こえない部分も多い。実は、この電話越しの会話は音声のみのオンラインパフォーマンスとしてリアルタイムで公開もされており、それを聞くと(あるいは公開されている上演台本を読むと)久保田がどのような言葉を発していたかを知ることができる仕組みになっている。しかしそこにも、通話中に久保田に話しかけたはずの「同居人」の声は入っていない。「観客」が全てを知ることはできない。

『パラダイス』の最後の場面はこうだ。清水と日高が集会室で話し込んでいると沢崎が外を通りかかる。「どこいくんだろう」と気にする日高は「わたしも行ってみようかな」と言う。「沢崎さん見がてら」「何処もいかないなら、戻ってくればいいし」と二人は出て行く。


公式サイト:https://yaneuraheights.net/
『パラダイス』上演台本:https://yaneura-heights.blogspot.com/2021/02/blog-post.html


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2021/02/09(火)(山﨑健太)

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