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アラン・コルバン『草のみずみずしさ──感情と自然の文化史』

2021年08月01日号

翻訳:小倉孝誠、綾部麻美

発行所:藤原書店

発行日:2021/05/30

著者アラン・コルバン(1936-)は現代フランスを代表する歴史家のひとりである。とくに今世紀に入ってからは『身体の歴史』(全3巻、2005/邦訳:藤原書店、2010)や『感情の歴史』(全3巻、2016-17/邦訳:藤原書店、2020-)をはじめとするシリーズの監修者として広く知られている。表題通り「草」をテーマとする本書もまた、著者がこれまで中心的な役割を担ってきた「感情史」の系譜に連なるものである。

本書の特色は、その豊富なリファレンスにある。原題に「古代から現代まで(de l’Antiquité à nos jours)」とあるように、本書にはおもに思想・文学の領域における「草」をめぐる記述がこれでもかというほどに詰め込まれている。同時に歴史家としての慎ましさゆえか、個々の文献に対するコメントは最小限に抑えられている。それゆえ、コンパクトな一冊ながら、本書は西洋世界における「草」をめぐる言説の一大カタログとして読むことができる。

本書のもうひとつの特色は、イヴ・ボヌフォワ、フィリップ・ジャコテ、フランシス・ポンジュをはじめとする現代詩人の言葉がふんだんに登場することだろう。「草」というテーマから、読者はウェルギリウス(『牧歌』)、ルソー(『孤独な散歩者の夢想』)、ホイットマン(『草の葉』)をはじめとするさまざまな時代の古典を思い浮かべるにちがいない。しかし意外なことにも、本書で紹介される著者たちのなかには、20世紀後半から現代にかけての作家・詩人が数多く含まれている。コルバンのこれまでの仕事から、本書もまた「草」をめぐる「さまざまな感情の歴史(histoire d’une gamme d’émotions)」と銘打たれてはいるが、個人的にはこれを「草の文学史」をめぐるガイドブックとして読むことをすすめたい。

いっぽう、ここでいう「草」があくまで西洋のそれに限定されていることは、本書の訳者が早々に指摘する通りである(「小倉孝誠「本書を読むにあたって」)。ただしそれは、本書の別の慎ましさを示すものでこそあれ、その瑕疵となるものではいささかもない。

2021/07/19(月)(星野太)

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