2021年09月15日号
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artscapeレビュー

春日昌昭作品展「東京・1964年」

2021年08月01日号

会期:2021/06/29~2021/08/01

JCIIフォトサロン[東京都]

東京オリンピック開催の直前にもかかわらず、新型コロナウィルス感染症の影に覆われていて、まったく盛り上がりを欠いていることは否定できない。それにつけても、前回の1964年の東京オリンピックが、戦後の日本においていかに大きな意味をもつイベントだったかがあらためて浮かび上がってくる。子供の頃の記憶を辿っても、日本中が期待感にあふれ、祝祭ムードに沸き立っていた。今回、JCIIフォトサロンで開催された春日昌昭展には、まさにその1964年に撮影された東京の街と人のスナップ写真が展示されていた。

春日は当時、東京綜合写真専門学校に在学中で、卒業制作のための写真を撮りためていた。彼がどんな姿勢で撮影にあたっていたかは、本展にも掲げられていた「写真と自分」(1966)と題するテキストによくあらわれている。

「ある対象にカメラを向けること自体、自分の総合された眼であると同時に、その写し取られたものは、自分の考えを越えてそのもの自体としての事実でもある。」
「僕の写したということ以上に、写っている事実が大切である写真を作りたいと考えている。」


このような、「自分」をいったん括弧に入れ、やや引き気味に「写っている事実」を浮かび上がらせようとする態度は、この時期に真剣に写真に向き合っていた若い写真家たちに共通する傾向でもあった。それはやがて「コンポラ写真」と呼ばれるようになっていく。

だが、春日は「時代の子」であっただけでなく、街や人に向けた独特の眼差しを育て上げようとしていた。今回の出品作を見ると、オリンピックを迎えて大きく変貌しようという街並みの細部を、クールに、几帳面にコレクションしつつ、それらに愛情のこもった視線を向けている彼の姿が浮かび上がってくる。批評性と肯定性とが絡み合う写真群は、いま見てもとても魅力的だ。もしコロナ禍がなければ、もっと話題を集めたはずなのが残念だが、逆に春日の写真に内在する力を再考するよい機会にもなった。

2021/06/30(水)(飯沢耕太郎)

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