2021年09月15日号
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artscapeレビュー

宇佐美圭司 よみがえる画家展

2021年08月01日号

会期:2021/04/28~2021/08/29

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 駒場博物館[東京都]

東大駒場博物館は初めて訪れる。3階分ブチ抜きの大きなドーム状の建物で、体積が大きい割に壁面は少ない。なんでそんな絵画の展示に向かない博物館で、東大を出たわけでも教えたわけでもない画家の宇佐美圭司(1940-2012)の展覧会が開かれるのかというと、もちろん2018年に発覚した宇佐美作品の「廃棄事件」が発端であることは間違いない。1977年から東大本郷の食堂の壁に飾られていた宇佐美の大画面《きずな》が、2017年の改修工事の際にあろうことか廃棄されてしまったのだ。これを機に東大でシンポジウムが開かれ、宇佐美の業績を見直す展覧会の開催が決まったという。

宇佐美圭司はぼくの世代にとってはスーパースターのひとりだ。とはいえ現代美術史における宇佐美圭司の位置づけは難しく、彼の前後の世代が近年海外でも高く再評価されているのに比べれば、省みられることが少なかったように思う。だからもし廃棄事件がなかったら、こうした見直しの機会もなく、宇佐美の存在は美術史からフェイドアウトしていったかもしれない。その意味で今回の展覧会開催は不幸中の幸いというべきか。

出品作品はわずか11点。うち1点は、同館が所蔵するデュシャンの通称《大ガラス》のレプリカ(これは「再制作」の観点からの関連出品)、1点は失われた《きずな》の再現画像なので、宇佐美自身の手になる作品は9点のみ。そのうち1点はレーザー関連のインスタレーション、1点は立体、2点はドローイングなので、タブローは5点しかない。しかもタブローのうち4点は1960年代の作品に占められているのだ。これで宇佐美の画業を振り返るのは不可能と思われるかもしれないが、むしろ生半可な知識しかないぼくには必要最小限の作品だと思った。

出品作品に沿って画業をたどってみよう。最初は抽象表現主義風の《焔の船No.10》(1962)で、赤、青、白などの絵具が炎のようなタッチで画面を埋め尽くしている。弱冠22歳の作品だ。次は画面がいくつかに分割され、具体的な形象も認められるジャスパー・ジョーンズ風の《習慣の倍数》(1965)。このへんは当時日本に次々と紹介されたアメリカ絵画の影響が濃厚だ。このあと、アメリカの黒人暴動を撮った報道写真から人物の輪郭を借りた「人型」シリーズが始まり、大作《ゴースト・プランNo.1》(1969)に結実する。これは画面内に配された人型が斜線によってつながれたダイヤグラムのような図像で、それまでの表現主義的タッチは一掃され、すっきりしたフラットな平面になっている。図像的にはこの作品がもっとも《きずな》に近い。

この「人型」はかたちを変えながら、その後の宇佐美のトレードマークのように繰り返し現われる。レーザーを使った《Laser:Beam:Joint》(1968/2021)や、積み木状に立体化した《ゴーストプラン・イン・プロセスⅠ~Ⅳ:プロフィール(Ⅳ)》(1972)もそうだし、《100枚のドローイングNo.13》(1978)や《大洪水No.7》(2011)などのドローイング・シリーズもその延長線上に位置づけられる。ちなみに《大洪水No.7》は、神話や聖書に出てくる洪水のエピソードを、3.11の大津波に重ねたものだろう。数十もの人型をインクで描いた上に渦を巻くように水彩を重ねることで、スケールこそ小さいものの、まるでミケランジェロの壁画のような壮大な印象を与えている。

こうして見ると、いくつかのことがわかる。まず、宇佐美の芸術的エッセンスは1960年代にほぼ出尽くしていること。レーザーや立体など寄り道はしたものの、一貫して絵画にこだわり続けたこと。アメリカのモダニズム絵画の影響を色濃く受け、次々と新しいスタイルを採り込んだこと。しかしモダニズム一辺倒ではなく、暴動や震災など社会問題も作品に採り込んだこと、また、彼に近い世代の美術家たちの多くがネオダダやもの派などのグループおよび運動体に属していたのに対し、宇佐美は最初から最後まで孤軍奮闘していたこと、などだ。そしてこれらが宇佐美という美術家を捉えにくくし、現代美術における彼の位置づけを難しくし、再評価を遅らせる要因になっているのではないかと思うのだ。

ミもフタもない言い方をすれば、1970年の大阪万博にレーザー作品で参加したことも含めて、彼は70年代にはすでに過去の人になっていた、あるいは、そのように見なされていたのではないか。じつはそれはずいぶん前から感じていたことで、1960年代の作品を中心に据えた今回の展示は改めてその思いを後押しするものだった。だから逆にいえば、もし70年代以降の作品を中心に構成されていたら、60年代のヴァリエーションに過ぎないと思われていた後期の作品に、豊穣な絵画世界を発見していたかもしれない。

2021/07/11(日)(村田真)

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