2021年09月15日号
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artscapeレビュー

ウンゲツィーファ『Uber Boyz』(芸劇eyes番外編vol.3.『もしもしこちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』)

2021年08月01日号

会期:2021/07/22~2021/07/25

東京芸術劇場シアターイースト[東京都]

芸劇eyes番外編vol.3.『もしもしこちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』、ショーケース公演でいいへんじに続いて登場したのはウンゲツィーファ。こちらは一見したところ、「弱いい派」という呼称とはあまり関係ないようにも思える作品の上演となった。

ウンゲツィーファは劇作家・本橋龍を中心に活動する「実体のない集まり」。ウンゲツィーファの公演では本橋が脚本・演出を担っているが、今回はそれぞれが活動する劇団で作・演出を担うゆうめいの池田亮、盛夏火の金内健樹、コンプソンズの金子鈴幸、スペースノットブランクの中澤陽にウンゲツィーファ常連で青年団に所属する俳優・黒澤多生を加え、全員が作・演出・出演を担う形で創作した「Uber Boyz」を上演した。音楽にはヌトミック/東京塩麹の額田大志を迎え、差しづめ小劇場アベンジャーズといった趣だ。本橋は『動く物』で平成29年度北海道戯曲賞大賞を受賞するなど、劇作家として高く評価されているが、今回はこれまでのウンゲツィーファ作品と共通する手触りもありつつ、集団創作のエネルギーが全面に出た作品となった。


[撮影:引地信彦]


「多様性の発展の果てに、地球平面説が立証された」「今から少し先の未来」、『マッドマックス』や『北斗の拳』を思わせる荒廃した世界を舞台に、「ポッド」からの指示で荷物を運搬して報酬を得る配達員と「バッドボーイズ」と呼ばれるギャングチーム(?)がときに争いときに協力しながら「生物荷物括弧ライフバゲッジ」を目的地に届ける(?)までの顛末が描かれる。

コロナ禍においてある種の「エッセンシャルワーカー」としてその存在が改めて注目を集めたウーバーイーツの配達員には、ほかの多くの非正規雇用労働と同じく正負の両面が存在している。プラスは働き手の都合で働けるという点。一方で、労働者に十分な権利が保障されていない点はプラスを打ち消してあまりあるマイナスである。資本による搾取のシステムの末端に配達員は置かれている。

『Uber Boyz』で描かれているのはクエストをクリアして報酬を得ることでゲーム的な現実をタフに生きる者たちの姿だ。システムに組み込まれた彼らは「強くなければ生きていけない」。強くあるしかないという「弱さ」には、舞台上に展開される男子校的ホモソーシャルな悪ふざけとも響き合うものがある。


[撮影:引地信彦]


率直に言って、観客としての私はところどころで大いに笑いつつも、上演全体を楽しむことはできなかった。それは舞台上の彼らの、本人たちは至極楽しそうな男子校の文化祭的なノリとネタについていけなかったからである。冒頭から『ONE PIECE』のルフィの格好をした金子が関西弁でコナンを名乗り(『名探偵コナン』には服部平次という関西弁の探偵が登場する)、物語の展開には『新世紀エヴァンゲリオン』のエッセンスが配置されているなど、この作品には有名無名さまざまな「サブカルチャー」からの引用やパロディが無数に盛り込まれている。おそらく、これらの引用・パロディにほとんど意味はない。だが、私にもすべての引用・パロディが理解できたわけではなく、それらを無意味な馬鹿騒ぎだと切って捨てることもできない。そもそも、それが無意味だったとして何が悪いのか。無意味で日々をやり過ごせるならば、そこには十分な価値があるのではないか。

引用やパロディの内容に意味はないかもしれないが、その対象が権威ある古典や文学作品でないことは重要だ。「哲学はマジゲロだからやめろ」という彼らの哲学の教科書は少年ジャンプやコミックガンガンで、それさえも「クソ分厚い難解な書物」と呼ばれてしまう。そのようにして構成されている彼らの世界は同じ「教養」を共有するものにしか理解し得ない。ギリシャ悲劇やシェイクスピアとジャンプやガンガンのどちらが「高尚」であるかという問題ではない。だが、ギリシャ悲劇やシェイクスピアを「教養」とする層のほとんどは、生活に一定以上の余裕があるという厳然たる事実もある。冒頭で示される「地球平面説」が示唆するように、私たちに見えているのはそれぞれ異なる世界であり、そこには無数の断絶がある。

2800円のチケット代を払って客席に座る私と、ウーバーイーツで生計を立てながら舞台に立つ彼ら。小劇場演劇の舞台と客席のあいだにも搾取の構造は存在している。だがそれでも、「安全」のためにウーバーイーツを利用する人々も、演劇を観るためには劇場に足を運ぶしかない。「絶対に踏み込んではいけない2m」の「不可侵領域」、「アースの狭間」をあいだに挟みながら、私たちは同じ劇場にいる。

憐れみや同情を誘い感動で観客を気持ちよくする見せかけの断絶ではなく、舞台と客席の、そして客席と客席のあいだにある本物の断絶を、見えている世界の違いをあらわにすること。スカムでジャンクでドイヒーな世界を東京芸術劇場という公の劇場の企画で上演すること。それは紛れもなく「弱いい派」という呼称への批評的応答と言えるだろう。


ウンゲツィーファ:https://ungeziefer.site/
芸劇eyes番外編vol.3.『もしもしこちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』:https://www.geigeki.jp/performance/theater276/


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2021/07/22(木・祝)(山﨑健太)

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