2021年12月01日号
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artscapeレビュー

TOVE/トーベ

2021年10月15日号

会期:2021/10/01~未定

新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか[全国]

本作は「ムーミン」の生みの親であるトーベ・ヤンソンの若き頃を描いた作品だ。深い森の中に暮らすムーミン一家のイメージから、てっきり作者も自然をこよなく愛する仙人のような人物と想像していたら、それはあっさりと裏切られた。第二次世界大戦の継続戦争が終戦した1944年から物語は始まるのだが、そのとき、トーベは30歳。風刺画家として活躍していたものの、厳格で著名な彫刻家の父のもと、自身も正統な油絵画家として認められるべく必死にあがいていた“売れない芸術家”だったのだ。金はないが自由はあるのが“売れない芸術家”の習性で、トーベもその典型だった。スタジオの家賃を滞納し、シケモクの煙草を吸い、キャンバスを白塗りして再利用する日々が描かれる一方、恋愛に関しては自由きわまりない。妻帯者の男性と一晩で恋に落ちたと思ったら、今度は舞台演出家の美女に誘惑され、激しい同性同士の愛に燃えるのだ。しかし程度の差こそあれ、こうした青臭い人間模様や葛藤は若い頃には誰しもあるもので、ムーミンの作者も例外ではなかったことにかえって安心した。仙人では世界中の人々を夢中にさせる物語をきっと描けなかっただろう。ちなみにトーベは50歳で孤島に小屋を立て、以後、1年の半分をそこで過ごしたという逸話がある。仙人生活は晩年に実行したようだ。


© 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved


本作を観てから、私は「ムーミン」シリーズの漫画を改めて読んでみた。すると子どもの頃に観ていたアニメーションのおぼろげな印象とは、なんだか印象が違った。不思議なキャラクターがたくさん登場して惑わされるのだが、物語自体はとても素朴で平坦なのに、全体にシニカルな笑いに包まれていることに気づく。このシニカルな笑いに、自由に生きたトーベの姿が重なった。

さて、本作の見どころとしてもうひとつ挙げたいのは、エコール・ド・パリの流れを汲む若き芸術家たちの群像である。現に、物語の終盤ではリヴ・ゴーシュ(パリ左岸)が舞台となり、トーベの新たな出会いが描かれる。若き芸術家たちがたむろする場として何度も印象的に描かれるのが、ホームパーティーだ。ウォッカなどの蒸留酒をショットグラスでクイっとあおり、往年のスウィンギングジャズをレコードで流して、皆で愉快に踊りまくる。時に熱く討論し、恋に落ちる。そうした当時の雰囲気をたっぷりと味わえるのも楽しい。


© 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
出演:アルマ・ポウスティ(トーベ・ヤンソン)
クリスタ・コソネン(ヴィヴィカ・バンドラー)
シャンティ・ロニー(アトス・ヴィルタネン)
ヨアンナ・ハールッティ(トゥーリッキ・ピエティラ)
ロバート・エンケル(ヴィクトル・ヤンソン)
監督:ザイダ・バリルート
脚本:エーヴァ・プトロ
音楽:マッティ・バイ
編集:サム・ヘイッキラ
2020年/フィンランド・スウェーデン/カラー/ビスタ/5.1ch/103分
スウェーデン語ほか/日本語字幕:伊原奈津子/字幕監修:森下圭子
レイティング:G/原題:TOVE
配給:クロックワークス



公式サイト:https://klockworx-v.com/tove/

2021/09/18(土)(杉江あこ)

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