artscapeレビュー
ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ
2021年10月15日号
会期:2021/10/09~2021/12/19
パナソニック汐留美術館[東京都]
19世紀末のヨーロッパ諸国で流行したアール・ヌーヴォー様式にジャポニスムがどれほど影響を与えたのかという議論は、専門家の間でも意見が分かれる。一般に浮世絵が印象派の画家たちに影響を与えたことは知られているが、実はそれ以前から南蛮貿易によって日本の工芸品──陶磁器や漆芸品、絹織物などがヨーロッパ諸国に輸出されていたからだ。その頃からヨーロッパ人の間で日本の工芸品への憧れがすでに芽生えており、ジャポニスムの下地ができあがっていたと言っていい。本展はそうしたプレ・ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ、そしてアール・デコへと至る流れを陶磁器とガラスに焦点を当てて紹介する。普段から日本の工芸作家や事業者を応援する仕事に携わってきた身としては、大変興味深い内容だった。
なかでも目を引いたのは、第2章「日本工芸を源泉として──触感的なかたちと表面」である。陶磁器の表現方法を取ってみても、洋の東西ではまったく異なる。西洋では計画どおりに装飾を施してこそ完璧な仕上がりと高く評価されたが、東洋では焼成中に起こる予期せぬ事態や偶発性、いわゆる窯変が高く評価された。当時、日本の陶磁器に影響を受けたヨーロッパの製陶所や工芸作家たちは、そんな日本風の表現ができないかと躍起になったようだ。結晶釉や釉流しなどの技法や、ひょうたん型などの意匠の引用を試みていた。いずれの技法も意匠も日本では馴染み深いものゆえ、確かに一見すると、日本の陶磁器のように見えなくもない。しかし、何かが違う。言葉では説明しづらいが、微妙な違和感を感じるのはなぜだろう。と、少々上から目線でこれらの陶磁器を眺めてしまったが、それでも日本の陶磁器がこのようにヨーロッパに影響を与えていたことは嬉しく、誇りに思える。
続く第3章「アール・ヌーヴォーの精華──ジャポニスムを源流として」では華々しいアール・ヌーヴォーの陶磁器とガラスが並ぶ。ここでは上記のような直接的な影響は影を潜め、代わりにアシンメトリーの構成や自然物をモチーフにした装飾など、表現性においてジャポニスムの影響を窺わせた。しかし日本ではモチーフを抽象化して装飾するのに対し、ここでは具象的な動植物の装飾や意匠が目立った。微妙な違和感ではなく、もはや明確な差異が見て取れる。つまりジャポニスムの影響を大いに受けつつも、最終的には西洋流に解釈され表現されていったのがアール・ヌーヴォーの帰結ではないかと、本展を観て改めて思い至った。
公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/21/211009/index.html
2021/10/08(金)(杉江あこ)