artscapeレビュー

2021年10月15日号のレビュー/プレビュー

青森の建築、アウトプット展#03、大・タイガー立石展──トラック、トラベル、トラップ、トランス

青森県立美術館[青森県]

青森では、《青森県立郷土館》(1972)(ただし、休館中につき、外観のみ)、蟻塚学が設計した新しい《青森港国際クルーズターミナル》(2019)(コロナ禍のため休止中)、フクシアンドフクシによる《青森市庁舎》(2017)(佐藤総合ほかと共同。当初10階建ての計画だったが、アウガの空いた場所も利用することで、3階建てに変更された)や駅前のスタートアップセンター《AOMORI STARTUP CENTER》などを見学しつつ、《青森県立美術館》(2006)も訪問した。



《青森港国際クルーズターミナル》



《青森市庁舎》


最初にコミュニティギャラリーの「アウトプット展#03」を何も知らずに鑑賞したら、大変素晴らしい内容だった。アール・ブリュットの企画であり、時期を踏まえると、東京2020パラリンピックの連携企画と思いきや、もともと3年毎の開催を継続しており、3回目のタイミングがたまたま揃ったのが実情だった。つまり、五輪の一年延期がなければ、ズレていたのである。ともあれ、県内の特別支援学校と福祉事業所だけで、これだけ豊かな作品が集まり、しかも大空間を見事に使いこなしていることに感心させられた。市民向けのギャラリーとしては、相当な天井高であり、ここで効果的に展示するのは、プロの作家でも簡単ではないだろう。


「アウトプット展#03」展示風景


さて、同館では、学芸員の奥脇嵩大にヒアリングを行ない、当初から地域資料、すなわち縄文土器と現代美術を組み合わせる展示を企画していた同館の経緯をうかがう。そもそも三内丸山遺跡の存在が、この美術館の敷地決定に影響を与えている。

続いて、学芸員の工藤健志が担当した「大・タイガー立石展」を見る。やはり、《青森県立美術館》はユニークな空間をもつことから、他館と少し構成を変え、空間にあわせた展示を試みたという。特にドローイング系の作品は、強いホワイトキューブだと負けてしまうので、タタキの壁にかけるなどの配慮が行なわれた。青木淳が設計した美術館は、学芸員に対し、いかに使うのかを工夫させる展示空間と言えるかもしれない。ともあれ、「大・タイガー立石展」は、あまり知られていなかった立体を含む、膨大な作品群から、アートと漫画・建築・デザインとの接点が楽しめる。ゆえに、一般人にとっても間口が広いアートであり、建築にとっては、イタリアにおけるエットレ・ソットサスのもとでつくられた作品が興味深い。


「大・タイガー立石展」展示風景



「大・タイガー立石展」展示風景


アウトプット展#03

会期:2021年8月19日(木)~8月28日(土)
会場:青森県立美術館 コミュニティギャラリーABC
(青森県青森市安田字近野185)
主催:アウトプット展実行委員会

大・タイガー立石展──トラック、トラベル、トラップ、トランス

会期:2021年7月20日(火)~8月31日(火)
会場:青森県立美術館

2021/08/27(金)(五十嵐太郎)

しまうちみか「ゆらゆらと火、めらめらと土」、りんご宇宙 ─ Apple Cycle / Cosmic Seed

[青森県]

雪で建築が埋もれる冬に続けて《青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)》(2001)を訪れていたため、久しぶりに全体像がよく見える時期の訪問となった。そして学芸員の慶野結香から、先駆的なレンジデンス施設となった同館のとりくみを説明してもらう。ここも「中崎透×青森市所蔵作品展 シュプールを追いかけて」(2014)などのように、地域の博物館と連携し、収蔵品を借りながら、企画展をときどき開催しているという。ちょうど火と人をめぐる展覧会(しまうちみか「ゆらゆらと火、めらめらと土」)を開催中のしまうちみかも、国際芸術センターの建設時に現場で発掘された縄文土器を会場の導入に用いている。そして大量の土を持ち込む展示や野焼きの焼成など、通常の美術館ではできない作品を展開しており、安藤忠雄が設計した湾曲する空間に対応するインスタレーションを試みていた。なお、ボランティア組織や隣接する公立大の学生が制作を手伝うケースもあるという(同館に向かうタクシーの運転手も)。また洗練された毎回の印刷物が印象的だった。その後、周辺の自然のなかに設置された野外作品を散策した。近年は新作がもう増えていないとはいえ、全部を見るのにはもっと時間が必要だった。なお、創作棟の設備を見学させてもらったが、かなり充実している。


しまうちみか「ゆらゆらと火、めらめらと土」 展示風景



青木野枝の作品



創作棟


青森から弘前に移動し、《弘前れんが倉庫美術館》(2020)を再訪した。そして学芸員の石川達紘と小杉在良の両氏にヒアリングを行なう。しばらく放置されていた倉庫を美術館に転用するプロジェクトは、1990年代に一度挫折していたが、2000年代の奈良美智による倉庫を利用した展示プロジェクトが契機となって、美術館へのリノベーション計画が再起動した。なお、ショップが入る隣の棟は、民間が建設費を出している。

展示は、弘前にちなむ企画を行ない、ある意味でどストレートなタイトルの「りんご宇宙」展も、カッコよく仕上がっていた。見るからに(そして実際に)設営が大変なケリス・ウィン・エヴァンスによるネオン管を用いた作品ほか、和田礼治郎の大作など、さまざまな切り口からりんごをモチーフとした作品やリサーチが展示されていた。こうした企画展を継続し、その作品を収蔵することによって、将来は地域性が強いコレクションが形成されるだろう。


ケリス・ウィン・エヴァンス《Drawing in Light (and Time) ...suspended》(2020)



和田礼治郎《ヴァニタス》(2021)



ジャン=ミシェル・オトニエル《エデンの結び目》(2020)



「りんご宇宙 ─ Apple Cycle / Cosmic Seed」 展リサーチ


しまうちみか「ゆらゆらと火、めらめらと土」

会期:2021年7月31日(土)~9月12日(日)
会場:青森公立大学 国際芸術センター青森
(⻘森市⼤字合⼦沢字⼭崎152-6)

りんご宇宙 ─ Apple Cycle / Cosmic Seed

会期:2021年4月10日(土)~8月29日(日)
会場:弘前れんが倉庫美術館
(青森県弘前市吉野町2-1)

2021/08/28(土)(五十嵐太郎)

林勇気「15グラムの記憶」

会期:2021/09/03~2021/09/26

eN arts[京都府]

「川の流れ」「水と氷」「流体と固体」「水の採取と濾過」といったメタファーを用いて、 記憶やデジタルデータの保存形式、さらにその複数の形態や循環・流動的なあり方について語る、緻密に構築された映像インスタレーション。

林勇気は、自身で撮影したり、インターネット上で収集した膨大な画像を切り貼りしたアニメーション作品で知られる。近年はメディア論的な自己言及性を強め、動画のデジタルデータをピクセルの数値に還元する、プロジェクターの物理的存在に言及する、「データの保存形式の複数性」に焦点を当てるなど、映像メディアの成立条件やアーカイブについて多角的に問うている。

本展では、「祖父の遺品から見つかった、2002年発売のソニー製のデジタルカメラ『Digital Mavica』とその記録媒体のフロッピーディスク」が物語の起点となる。展示は3つのパートで構成され、導入部では、「フロッピーディスクに祖父が遺した川の写真」のスライドショーを背景に、「遺品整理の経緯や祖父の思い出」が「孫の私」によって語られる。約20年前に流通・使用されていたフロッピーディスクは現在のパソコンではデータ再生できないため、専用のドライブを取り寄せて中身を確認したこと。当時のデータ容量では、1枚当たり、640×480ピクセルの画像を10枚しか保存できなかったこと。「祖父」が近隣のいくつかの川で撮ったと思われる低解像度の画像が、淡々と映されていく。一人暮らしだった「祖父」の急死、現実感のない葬式、子どもの頃に「祖父」と写真の川を訪れた思い出。そして「私」は、写真に写った川を探す旅に出たことが語られる。



会場風景[© hayashi yuki, photo: Tomas Svab]


第2室では、パソコンに接続されたドライブやプリンターなどの機器と、現物のDigital Mavicaとフロッピーディスクが展示される。そして第3室では、「撮影地点が判明した川」を同一アングルで映した映像に、「祖父が別のフロッピーディスクに遺した撮影日誌」の朗読が重ねられる。だが、川の映像は、その上に散らばる「氷の塊」の画像によって虫食いのように一部が隠され、像が歪む。



会場風景[© hayashi yuki, photo: Tomas Svab]



林勇気「15グラムの記憶」より


この奇妙な「氷」は何だろうか。「祖父の日誌」には、「川の水を採取した」日付と時刻、地点が記録され、天気や体調とともに「製氷した氷を入れて飲んだ」「濾過装置を買い替えた」「水と氷の味が良くなった」などと綴られる。「祖父」は酒ではなく、「川で採取した水」に氷を入れて味わうのが趣味(?)だったようだ。だが、次第に疑問や違和感が頭をもたげてくる。「祖父が撮った川の写真」には満開の桜、緑茂る夏の木々、人々が憩う川岸の芝生、冬枯れの木立など季節の移ろいがあるが、「現在の川の映像」も「同一の季節」を映している。それは「祖父の日誌の朗読」に対応するという点では齟齬はないのだが、「私」は「休暇を利用して遺品整理をした」と語っていた。では、「私」は、その後1年間かけて「祖父の暮らした遠隔地」に通いながら、川のリサーチと撮影を継続したのだろうか。また、「証拠品」として展示されたフロッピーディスクに貼られたラベルは白紙のままであり、「祖父」の几帳面な性格からすると、撮影メモを書き込んでいるはずだ。「祖父の川の写真」は、林自身が撮影した写真の解像度を落とした捏造かもしれない。

どこまでがフィクションなのか。あるいは、すべてが林による創作なのか。だが重要なのは、事実/フィクションの境界画定ではなく、「時間の流れ」を象徴する川、「水と氷」の状態変化、「水の採取と濾過」といった豊富なメタファーを通して、記憶やデジタルデータについて自己言及的に語る秀逸な作法である。

例えば、ヒントのひとつは「私」のモノローグに埋め込まれている。「祖父の遺したショットグラスに氷を入れて水を飲みながら、フロッピーディスクの中身を見た」。川で水を採取する=川で撮影した画像が、データ=実体のない流体となり、記録媒体=保存容器=水を満たすグラスに容れられ、あるいは氷=固体として冷凍庫=記録媒体に保存され、解凍=データの再生や記憶の蘇りを待つこと。「そのままでは飲めない川の水を濾過して味わう」行為は、「そのままでは見られない時代遅れの記録媒体内のデータを、専用ドライブを取り寄せて読み込む」操作に対応し、水を飲む=データを再生するための「媒介」を示唆する。また、「祖父の川の写真」をパソコンの画面上で再生し、プリントアウトした写真を観客が持ち帰れる仕掛けも重要だ。「氷」として保存されたフロッピーディスクから「解凍」された誰かの記憶が、文字通りスクリーンを流れる「川」となり、再び手に取ってさわれる「固体」=プリントされた紙へと変容する、まさに「状態変化」「循環」を体験することになる。



会場風景[© hayashi yuki, photo: Tomas Svab]


林は、KYOTO STEAMに出品された前作《細胞とガラス》において、「動物の体内で培養したiPS細胞の臓器移植が可能となった近未来に、移植を受けたガラス職人の男性によるモノローグ」というフィクションの体裁をとって、「炎により自在に変形するガラスの可塑性」と「iPS細胞」を重ね合わせ、「外界を映し出す窓ガラス」の映像を通して「フレーム」「スクリーン」「(内/外、人間/動物の)境界」のメタファーを語っていた。本作はその手法を引き継いだ林の新たな展開であるとともに、デジタルデータの「起源」の曖昧性、「ファウンド・フォト」「ファウンド・フッテージ」ならぬ「ファウンド・データ」で物語を紡ぐ手法の可能性、そして「たとえ一切が捏造であっても、『祖父と私の物語』として信じさせる力はどこから来るのか」というメタフィクション論ともなっていた。


関連レビュー

KYOTO STEAM 2020国際アートコンペティション スタートアップ展|高嶋慈:artscapeレビュー(2020年12月15日号)
林勇気「遠くを見る方法と平行する時間の流れ」|高嶋慈:artscapeレビュー(2018年12月15日号)
林勇気「times」|高嶋慈:artscapeレビュー(2018年12月15日号)

2021/09/04(土)(高嶋慈)

石巻《マルホンまきあーとテラス》、アニメージュとジブリ展、《みやぎ東日本大震災津波伝承館》

会期:2021/06/19~2021/09/12

マルホンまきあーとテラス[宮城県]

今年、石巻にオープンした藤本壮介の設計による《マルホンまきあーとテラス》を訪れた。大小の家型が並ぶ、印象的なシルエットの内部に、博物館や大小のホールを備えた複合施設であり、実物は想像していたよりも大きい。とりわけ、壮観なのは、諸室の手前にどーんと展開する、街のストリートのような共有空間である。そのスケール感は、ヨーロッパの現代建築をほうふつさせるだろう。一方で什器、サイン、照明など、小さいスケールの遊びが共存しているのも興味深い。これは被災地における復興建築だが、新しいタイプの公共空間を提示している。



《マルホンまきあーとテラス》



《マルホンまきあーとテラス》



《マルホンまきあーとテラス》



《マルホンまきあーとテラス》



《マルホンまきあーとテラス》


同館における博物館のエリアはまだ整備中だったが、「アニメージュとジブリ展」の企画展は、平日にもかかわらず、さすがの大盛況だった。その内容は、1978年に徳間書店が創刊した月間の専門雑誌の内容を軸としながら、アニメの歴史をたどるものだが、「宇宙戦艦ヤマト」(劇場版、1977)でブームに火がつき、「機動戦士ガンダム」(1979年放映開始)を通じて、作品の内容だけでなく、制作者の側にも注目するようになり、やがて若手を発掘して、宮崎駿の連載「風の谷のナウシカ」や押井守のビデオアニメ「天使のたまご」(1985)、あるいは文庫など、メディアミックスによって独自の作品を世に送るまでを扱う。日本の現代建築が雑誌に育てられたように、日本におけるアニメの進化にとっても「アニメージュ」が重要な役割を果たしたことがうかがえる。もちろん、工夫を凝らした付録、表紙、関連するイベントなど、SNSがない時代におけるアニメのコミュニティやコミュニケーション史としても興味深い。

石巻では、南浜の津波復興祈念公園も立ち寄った。去年の夏はまだ造成中だったが、いまはきれいな公園である。《みやぎ東日本大震災津波伝承館》(2021)は、あいにくコロナ禍で閉館中だったが、円形のガラス建築なので、外からのぞくと、明らかに展示のヴォリュームが少ない。新聞報道によれば、当初、このプログラムは予定されておらず、途中で割り込んだことによって展示がおかしくなったという。ニューヨークの《9/11 MEMORIAL & MUSEUM》は、よくぞここまで徹底的に調べ、収集したという執念を、中国の《四川大地震博物館》(2009)は良くも悪くも国の強いイデオロギーを感じたが、最大級の災害なのに、南相馬の原子力災害伝承館など、日本の施設は中途半端さが気になる。



《石巻南浜津波復興祈念公園》



《みやぎ東日本大震災津波伝承館》


★──「石巻の津波伝承館、評判さんざん 監修者語る「盛大な失敗」の決定打」(朝日新聞、2021年9月6日付)https://www.asahi.com/articles/ASP9575SVP86UNHB00B.html


アニメージュとジブリ展 一冊の雑誌からジブリは始まった みやぎ石巻展

会期:2021年6月19日(土)~9月12日(日)
会場:マルホンまきあーとテラス
(宮城県石巻市開成1-8)
石巻マンガロード:https://www.mangaroad.jp/?page_id=3472

2021/09/08(水)(五十嵐太郎)

《函館市北方民俗資料館》、函館市青函連絡船記念館摩周丸ほか

おそらく20年ぶり以上の函館訪問である。改めて、《旧函館区公会堂》(1910)、《函館市旧イギリス領事館》(1913)、修復中の《函館ハリストス正教会》(1860)のほか、リノベーションされた《金森赤レンガ倉庫》(1909)や《旧ホテルニューハコダテ(旧安田銀行函館支店)》(2017)など、多くの近代建築が今でも多く残りつつ、坂道が独特の風景を生みだしていることに感心させられた。



《金森赤レンガ倉庫》


個人的に印象深いのが、《函館市北方民俗資料館(旧日本銀行函館支店)》(1926)である。ここはアイヌ民族の資料を展示する施設になっているが、内部空間のあちこちに館長自ら、もしくは学芸員が手書きで細かい建築意匠の解説をしていたからだ。文体もユーモラスで、自己ツッコミなどもあるのだが、思わずじっくりと建築を観察してしまう。 これは筆者が企画した「装飾をひもとく」展と同じ精神である。もっとも、日本橋高島屋の展示室内で細部の装飾を解説し、ハンドアウトをもって館内を散歩してもらったのに対し、北方民族資料館では、トイレや壁に直接、解説するパネルを貼っており、便利なことこのうえない。展示品だけでなく、かつての日銀という建築も楽しんでもらおうという心意気を感じた。


《函館市北方民俗資料館(旧日本銀行函館支店)》


函館市北方民俗資料館の館長のコメント


さて、函館市で足を運ぼうと思っていたのが、函館市青函連絡船記念館摩周丸である。1988年まで運行した青函連絡船をそのまま博物館化したものだ。実は青森市でも、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸を訪問し、鉄道をレールでそのまま船内に引き入れて運ぶ、車両甲板を見学して盛り上がったのだが(失われた交通テクノロジーだが、現在、ここでライブなども行なうらしい)、1954年に台風で沈没した洞爺丸事故の記憶がどのように伝えられているかも関心を抱いていた。全体では5隻が遭難し、1400名以上が犠牲になるという日本海難史上最大の事故である。もっとも、青森側にはわずかな情報があるだけで、その理由はすべて函館港で沈没や座礁したからだ。しかし、摩周丸の展示も、複数のパネルによる説明のみで決して多くはない。20世紀の一時代を築いた輝かしい歴史を振り返るのが主目的だとしても、やはりこうした負の歴史がきちんと表現されていないことに311後の伝承館と同根の問題を感じた。


青函連絡船記念館摩周丸


青函連絡船記念館摩周丸内 洞爺丸事故についての展示パネル


八甲田丸の車両甲板


八甲田丸の展示

2021/09/15(水)(五十嵐太郎)

2021年10月15日号の
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