artscapeレビュー
つくる・つながる・ポール・コックス展
2021年12月15日号
会期:2021/11/20~2022/01/10
板橋区立美術館[東京都]
ポール・コックスの仕事を私はそれほど詳しく知らなかったのだが、調べてみると、日本でも目にしたことのある広告がいくつかあった。鮮やかな色使いや軽やかで柔らかな筆致は、確かに何とも言えない親しみを感じさせる。その一方で、劇場のポスターやパンフレットといったグラフィックデザインを見て、彼は優れたアートディレクターであることも感じた。フランスのナンシー・オペラ座、ディジョン・ブルゴーニュ劇場、リール・北劇場などの仕事を次々と手がけたようだが、各劇場のシーズンごとにデザインテイストがしっかりと確立されており、利用者がひと目で認識できるようになっていたからだ。そのグラフィックデザインも非常に個性的だ。シンプルな切り絵のようなシルエット画に、手書きの鉛筆文字を組み合わせたポスターや、イエローとグリーンを基調にしたイラストに手書き文字を組み合わせたポスター、イラスト化した演者に手書きのペン文字を組み合わせたポスターなど、手書き文字とイラストを巧みに使っていることがわかる。ちなみに1996年から劇場の仕事が始まったと解説されていたのだが、この頃はアナログからデジタルへと移り変わるまさに過渡期である。実際に彼がどちらの手法を使ったのかはわからないが、手書き文字とイラストで構成されたグラフィックデザインを見る限り、もしかするとずっと手作業で制作していたのかもしれない。その良い意味での味わいが結実しているように感じた(現在、パソコンと手作業とを併用しているようだ)。
ほかに木や家、自転車などの平面オブジェの下にキャスターが付いた「ローラースケープ」や、日本での展覧会向けにひらがなを絵で表現した「えひらがな」など、遊び心いっぱいの作品が本展で展示されていた。彼は劇場の仕事の流れで舞台美術やコスチュームデザイン分野でも活躍したようなので、パフォーマンス的にものを伝えることに長けていたうえ、おそらく面白みも感じていたのだろう。
こうした愉快な作品もさることながら、私が最後に心を打ったのは一連の風景画である。彼は住まいを南仏アルルに移したことをきっかけに、周辺の美しい風景を毎日スケッチするようになったそうで、まさに現代の印象派のような雰囲気を持ち合わせていた。やはり美しい自然や風景は、人に絵を描かせるのだと痛感した。そんな彼の純粋な創作意欲に触れた展覧会であった。
公式サイト:https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001473/4001477.html
2021/12/02(木)(杉江あこ)