artscapeレビュー

惑星ザムザ

2022年06月01日号

会期:2022/05/01~2022/05/08、2022/05/14,15

小高製本工業株式会社 跡地[東京都]

布施琳太郎がキュレーターを務め、17組のアーティストが参加する展覧会。なにより目を引くのは会場となった古いビル。製本工場だった6階建ての建物全体を使っているのだが、入り口はひとつなのに内部は大きく2つに分かれている。もともとL字型の敷地に建てられたのか、それとも斜向かいの土地に建て増したのか知らないが、この特徴的な空間をうまく活かした展示になっている。建物は坂の途中にあるため3階の入り口から入り、6階まで作品を見ながら階段を上っていき、別の階段で降りて2階、1階を見て裏口から出るという順路。ぼくが訪れたのは夜で、しかも映像作品が多いため室内は暗く、まるで迷宮巡りをしているような楽しさがあり、つい2往復してしまった。

ザムザとはいうまでもなく、カフカの小説『変身』の主人公の名前。布施のステートメントによれば、「『惑星ザムザ』はテキスト以前の物質から思考を開始する。それは芸術作品の制作の根拠を、書物的な理性ではなく、インクや愛液、紙、明滅、線、面、電気信号、塩基配列、振動、空気といったマテリアルに求めることだ。これら物質が、安定したテキストやコンテキストに到達することなく、身勝手な生命活動を開始した状況を観測することこそ『惑星ザムザ』の目的である」。いくつかの作品を見た順にピックアップしてみよう。

名もなき実昌の《いつかはきえる(記号が並ぶので省略)》は、床に砂で絵を描いて、ところどころにバナナの皮を置いたインスタレーション。見るものはその上を歩けるので、絵は会期中どんどん崩れ、変化し、消えていく。踏みつける絵というと「踏み絵」があるが、ここに描かれているのは聖像のような侵しがたいイメージではなく、壁紙に使われるような装飾パターンなので、バナナの皮を踏むより抵抗は少ない。田中勘太郎の《上書きの下のミイラ》は、工場に放置されていた印刷機械やダクトなどの廃棄物を重しにした押し花を展示。いたいけな花とそれを押しつぶす暴力的な産業廃棄物の対比は、まるで美女と野獣のようだが、お互い死にかけたものどうしのお見合いともいえる。

横手太紀の《When the cat’s away, the mice will play》は、暗い床にブルーシートに覆われたなにかがうごめく作品。なにかわからないがずっとうごめいているのだ。見逃しそうになるが、その横の暗い洗面所には《Building Flies》という作品もある。鏡に「この部屋には大量の■■■が住みついている あなたのスマートフォンにも彼らが写り込んでいるかもしれない」といった手書きの文字が、スマホの光で浮かび上がる(そのスマホにはなにかが写っている)。これはおもしろい。MESの《Stellar’s End/恒星の終り》は、宙吊りにした球体にレーザー光を当て、さまざまな記号や形態を描き出していく作品。タイトルは「恒星の終わり」だが、ゆっくり回転する宙吊りの球体は地球を連想させずにはおかない。例えば1点に当てられた光が徐々に円環状に広がり、球全体を覆っていく様子は、まるで巨大隕石が地球に衝突して衝撃波が広がるさまを想像させる。また、光はすぐに消えず、ゆっくり回転しながら残像を広げていくので、地球環境が徐々に蝕まれていくプロセスを見せつけられるようだ。どれもこの古いビルの特性を活かしたサイトスペシフィックな展示で、この社会に対する違和感や地球に対する危機感が表われている。



田中勘太郎《上書きの下のミイラ》[筆者撮影]

2022/05/04(水)(村田真)

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