artscapeレビュー
ストレンジシード静岡2022
2022年06月01日号
会期:2022/05/03~2022/05/05
駿府城公園、静岡市役所ほか[静岡県]
静岡市にある駿府城公園を中心に毎年ゴールデンウィークに開催されているストリートシアターフェスティバル「ストレンジシード静岡」(2020年のみ新型コロナウイルス感染症の影響でシルバーウィークに開催)。2016年にはじまり7年目を迎えたこの演劇祭は目の肥えた舞台芸術ファンの期待に応えつつ、同時により多くの人々に舞台芸術の門戸を開く優れた取り組みだ。
舞台芸術は鑑賞に至るまでのハードルが非常に高い。そもそもチケット代が高い(割に作品のクオリティは担保されていない)し、わざわざ劇場まで足を運ぶ労力もバカにならない。ようやく劇場に着いたと思ったら例えば2時間の上演時間のあいだ客席でじっとしていなければならず、つまらなくとも途中で席を立つことは躊躇われる(なにせ高いチケット代を払っていることだし)。最初に観た舞台作品がつまらなければ継続的に劇場に通おうという気にはならないだろう(繰り返しになるが、複数回のチャンスを与えるにはチケット代はあまりに高い)。これらの障害をクリアし、晴れて舞台芸術の観客となるためには、そもそも相当に恵まれた条件をあらかじめ備えている必要があるのだ。
ではストレンジシード静岡はどうか。チケット代は無料(投げ銭制)。市民の憩いの場となっている駿府城公園や大通りに面した市役所の大階段などが会場となっているため、公園をふらりと訪れた、あるいは街中を歩いていた市民がたまたま上演を目にする機会も多いはずだ。フェスティバルは3日間開催されているので、気になったら日を改めてじっくり訪れることもできる。上演時間は20分から45分ほど。感染症対策で鑑賞ゾーンこそ区切られているものの、上演の最中でも出入りはしやすく、鑑賞ゾーンの外から見える演目も多い。たまたま見かけて少しだけ足を止めるというかたちでも十分に鑑賞は可能だ。たいていは同時にいくつかの作品が上演されているので、これは自分には合わないなと思えばほかの作品に移動することもできる。今年の参加アーティストは19組(フェスティバルによってディレクションされた15組と公募で選ばれた4組)。演劇にダンス、サーカス、バンド、体験型など作品のジャンルも幅広く、自分の好きなジャンルをチェックすることはもちろん、普段は触れないジャンルに手を伸ばしてみることもしやすい。フェスティバルディレクターのウォーリー木下がホストを務め、参加アーティストらをゲストに招いたトークも複数回開催されていて、どういう人物が何を考えてイベントをつくっているのかを知る機会が用意されているのも大事なことだろう。公園内ではSHIZUOKA PICNIC GARDENというイベントも同時開催されていて、疲れたら休憩がてら屋台の食べ物を楽しむこともできる。五月初旬の気候も相まって、多くの人が気持ちよく舞台芸術を楽しめるイベントなのだ。
ここからは特に印象に残った作品を紹介したい。contact Gonzo『枝アンドピープル』(出演・スタッフ:contact Gonzo)はタイトルの通り参加者を枝でつないでいく体験型の作品。例えば私の左の手のひらと誰かの右肩の背中側で落下しないように枝を挟む、ということを繰り返していき、最終的にはその場にいる全員が枝でつながることになる。といっても一直線につながっていくわけではなく、ネットワーク状のつながりのなかでひとりが複数本の枝を担当することもしばしばだ。体のあちこちに枝が押しつけられ、身じろぎすればその揺れは枝を伝って全体へと伝播してしまう。枝を落とさないためにはつながった先の見知らぬ人ともコミュニケーションが必要だ。普段は使わない箇所の筋肉が疲れはじめ、30分が経つ頃には参加者に奇妙な一体感が生まれている。たまたま見て「何をやっているんだろう」と思った人が途中参加しやすいところも含めてストレンジシード静岡にぴったりの作品だった。
ままごと ソロ・ワークスによる演劇という名の展示『マイ・クローゼット・シアター』(創作・構成・空間演出:宮永琢生、創作:石倉来輝、衣装演出:瀧澤日以、空間設計:菅野信介)は展示されている衣装のなかから一着を選び、それを着てその持ち主として街を歩く作品。衣装を選ぶと目的地が記された地図とそこで読むための手紙が手渡されるが、指定された時間までに衣装を返却すればそのまま街中を歩き回ることもできる。私は81歳の老女のものであるとされるガウンのような衣装を選び、この日射しの下を歩き回るのは81歳にはきついだろうな、などと思いながらいくつかの演目を観て回った。普段の自分なら絶対に着ないであろう服で街を歩くのはそれだけでも楽しい。目的地として指定された小学校について手紙を開くと、意外なことにそれはいまは亡き老女から孫へと宛てられたものだった。老女を想像しながら街を歩いた私の時間が亡き祖母に思いを馳せる孫のそれと重なる。演劇的にも優れた一編だ。
夕暮れ社 弱男ユニット『トゥーウィメンオンザ土嚢』(脚本・演出:村上慎太郎、出演:稲森明日香・向井咲絵、スタッフ:小澤風馬)は発展途上国で土嚢袋を使って道路を修復するボランティアに従事する女性と、彼女の仕事からアイデアを得てアート作品をつくろうとするちょっと軽薄なアーティストの二人による関西弁の掛け合い。大量の土嚢袋が空中を飛び交うなかでいまここから遠く離れた世界の問題や二人のいる世界の違い、価値観の違いなどが浮かび上がる。ボランティアが扱う現実の土嚢の重さとアーティストの扱う想像上の土嚢の軽さ。最終的にアーティストの彼女は現地を訪れボランティアを体験し、現実の土嚢の重さを知る。だが、その土嚢に重さを与えているのが私たち観客の想像力であることは言うまでもない。初めて見た劇団だったが、宙を舞う無数の土嚢袋というキャッチーなビジュアルを入り口に観客の意識を社会的な問題へと接続する手つきが見事。
ほかにも子供向けの体裁を取りつつ直球の新作を見せてくれた範宙遊泳〈シリーズ おとなもこどもも〉『かぐや姫のつづき』や、市役所の建物をダイナミックに(?)使ったコトリ会議『そして誰もいなくなったから風と共に去りぬ』もよかった。この規模での開催はどこでもできることではないだろうが、ストレンジシード静岡は間違いなく、舞台芸術を社会とどのように接続するのかということについてひとつの際立ったモデルケースを示している。来年度以降の開催も楽しみに待ちたい。
ストレンジシード静岡2022:https://www.strangeseed.info/
2022/05/05(木・祝)(山﨑健太)