2022年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2022年06月01日号のレビュー/プレビュー

ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ ─ 新収蔵作品を中心に

会期:2022/04/09~2022/09/06

ポーラ美術館[神奈川県]

新収蔵作品のお披露目を兼ねた開館20周年を記念するコレクション展。「モネからリヒターへ」の「モネ」がポーラ美術館の看板だとすれば、「リヒター」は新収蔵作品の目玉といったところか。両者とも近年オークションでは数十億円の値がつけられる新旧の巨匠とはいえ、このふたりを並列するのはいささか違和感がある。なんというか、モネの行き着く先がリヒターかよみたいな。ある意味当たってるけど、それでいいのかみたいな。そんな違和感を補うキーワードが「光」だ。モネをはじめ印象派を中心とするコレクションも、まばゆいリヒターの絵画も、箱根の自然に囲まれた美術館の環境も「光」にあふれているし。でもそれをいっちゃあ、どんな美術作品だって光と無縁ではありえないけど。

むしろ「モネからリヒターへ」を、「近代から現代へ」という美術館の路線変更宣言と読むべきかもしれない。5年ほど前から若手美術家のためのアトリウムギャラリーを開設したり、「シンコペーション」展や「ロニ・ホーン」展を開いたり、創設者・鈴木常司の急逝後しばらく休止していた作品収集を現代美術中心に再開するなど、明らかに比重を現代に移してきている。でもそれを声高にいうと、印象派目当ての観客から敬遠されかねない。だから当たり障りのない「光」を共通テーマに据えたってわけ。そういえば20年前の開館記念展も「光のなかの女たち」だったし。

邪推はこのくらいにして、会場を回ってみよう。展示は鈴木の収集した近代美術を軸とする旧蔵作品中心の1部と、現代美術を中心とする新収蔵品の2部構成で、計20章に分かれている。第1章は開館記念展と同じ「光のなかの女たち」で、マネ、ルノワールら鈴木コレクションのほか、モリゾやドローネーら新収蔵作品も公開。以下「水の風景、きらめく光」「揺らぐ静物」と続くが、驚くのはモネの《睡蓮の池》とリヒターの《抽象絵画(649-2)》を並べていること。なるほど、サイズは違えど両者ともほぼ正方形だし、さまざまな色彩が溶け込んだ《睡蓮の池》の部分を100倍くらいに拡大してみれば、《抽象絵画(649-2)》になるかもしれない。でも俗物のぼくは2点合わせて100億は下らないなどと思ったりするわけです。

第5章から日本の近代絵画が始まるが、おやっと思ったのは、ヴラマンクと里見勝蔵や佐伯祐三が並んでいること。フォーヴィスムの影響関係を示そうとしたのはわかるが、これはもう影響というレベルではなくパクリ。特にヴラマンクと里見はどっちがどっちか区別がつかない。余談だが、大阪中之島美術館の開館記念展ではこの3者に加えユトリロも並んでいたから、もうどれがだれの作品やら。

第2部の現代美術を軸とする新収蔵作品が始まるのは第10章からで、山田正亮の時代の異なる3作品を始め、田中敦子、李禹煥、海外ではモーリス・ルイス、ドナルド・ジャッド、アニッシュ・カプーアなどよく集めたもんだ。屋外には「森の遊歩道」に、企画展で招いたスーザン・フィリップスのサウンド・インスタレーションや、ロニ・ホーンのガラス彫刻が常設展示され、自然豊かなポーラ美術館の呼び物となっている。ところで、近年の収集作品にはこのふたりに加え、ヘレン・フランケンサーラー、ブリジット・ライリー、パット・ステア、三島喜美代ら女性作家が多い。鈴木コレクションには女性作家の作品がほとんどなかったことを考えれば、このへんにも時代の流れを感じることができる。

2022/04/09(土)(村田真)

筒|tsu-tsu『全体の奉仕者』(「KUMA EXHIBITION 2022」より)

会期:2022/04/01~2022/04/10(「KUMA EXHIBITION 2022」Part.2)

ANB Tokyo[東京都]

71名の若手作家が奨学金を得た成果を発表するために開催された「KUMA EXHIBITION 2022」では所狭しと作品が並ぶ。私の目当てのひとつが筒|tsu-tsu(以下、筒)の『全体の奉仕者』だった。学校法人森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん問題で自死した近畿財務局職員の赤木俊夫さんの朝のルーティーン、特に赤木さんの「2016年4月4日の6:35〜7:35」を筒が演じ続けるというパフォーマンス作品である。

作品名は、赤木さんの手帳に挟まれ擦り切れていた「国家公務員倫理カード」の「国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか?」に由来するのだろう。このカードの存在は多くの記事になった。読者たちはどこに信を置くべきか把握不能な事件に対峙する手立てとして、カードの「擦り切れ」という物の経年変化の状態から赤木さんの身振りや思いを推察して偲んだ。そして本作の鑑賞者は筒を通して赤木夫妻の日常に耳をそばだて、目を凝らす。

パフォーマンスは半透明なビニールシートで覆われた赤木さんの書斎を再現した一角の中で行なわれる。他作家の映像作品の音声や挨拶の声も入り乱れる会場での筒の1時間近い演目は、十全な鑑賞を提供することは難しい。しかし、それは問題ではないのかもしれない。

先ほど「鑑賞者は筒を通して赤木夫妻の」といったが、「筒が赤木俊夫を演じること」が重要なのだ。筒は鑑賞者のためにいるのではない。鑑賞者が筒のために存在するのだ。そしてそれを鑑賞者は見る。会場では「Acript」が配布されており、演目のすべてのト書きと台詞が事前に開示されていて、鑑賞者はその一語一句を待ち受ける。


雅子「手、冷たいで」
俊夫「ええよ」
雅子「いい?」
俊夫「いいよ」
雅子「めっちゃ冷たいよ」

想像していた言葉遣いとどう違うのか、どうして自分はそう想像したのか。どうしてこう演じられているのかと。



KUMA EXHIBITION 2022:https://kuma-foundation.org/exhibition2022/
筒|tsu-tsu(Twitter):https://twitter.com/ttsuth

2022/04/09(土)(きりとりめでる)

桜を見る会

会期:2022/04/09~2022/04/30

eitoeiko[東京都]

今年も「桜を見る会」の案内状が届いたので行ってみた。本家の新宿御苑から神楽坂に場所を移した「桜を見る会」も、はや3回目。出品作家は7人、うち女性が5人を占める。勇気ある人たちだ。

ドアを開けて正面に陣取るのは嶋田美子の作品。天井から吊り下げられたピンクの垂れ幕に「ミソジニスト消滅させよう行こう行こう(ギャティギャティ)反嫌悪実行委員会」と書かれ、横に懐かしや中ピ連の榎美沙子のポートレートと、その象徴であるピンクヘルメットを被せた箒などが置いてある。日本のフェミニズム運動と今年生誕100年を迎えた松澤宥へのアイロニカルなオマージュか。「桜を見る会」との関連はピンク色。ピンク関連でいうと、木村了子による軸装の美男画《Beauty of my Dish―桜下男体刺身盛り》もそう。ヌードの美男子の腹の上に鯛刺しが盛られ、鯛の頭が下腹部を覆う構図で、周囲を桜が囲んでいる(ただし葉は桜っぽくない)。いわゆる女体盛りならぬ男体盛りだが、鯛の身と桜の薄ピンク色が呼応して美しい。

サクラという語に反応したのは岡本光博。子どものころなじんだ画材「サクラクレパス」のパッケージをそのクレパスで拡大模写したり、軍用ベルトに弾丸の代わりにクレパスを装着したり、相変わらず批評精神は旺盛だが、「桜を見る会」との関連は希薄だ。逆に一見穏やかながら、じつはもっとも過激に迫っているのが中島りかの作品。壁には赤いバッグが置かれた新宿御苑の写真と中島のステートメント、床にはその赤いバッグが置かれている。ステートメントを読むと、「桜を見る会」が中止になった2020年4月、安倍首相の私邸に女性が不法侵入して逮捕されたが、彼女の持っていたバッグにはナタや小型のガソリン携行缶、ライターなどが入っていたという。中島はそれと同じものをバッグに入れて東京を徘徊したそうだ。いわば容疑者の行動を追体験したわけだが、もし運悪くおまわりさんに職務質問されれば「ちょっと署まで」連れていかれたに違いない。こういうおバカな作品が増えると、世の中もう少し楽しくなるのにね。



右:嶋田美子《中ピ連を招魂する》、左:岡本光博《SAKURA CRAY-PAS, SAKRA COUPY-PENCIL, and HONTOno》
[筆者撮影]

2022/04/14(木)(村田真)

「都市デザイン 横浜」展 ~個性と魅⼒あるまちをつくる~

会期:2022/03/05~2022/04/24

BankART KAIKO[神奈川県]

昨年度末までだった会期が約1カ月延びたので、もういちど見にいく。延長されたのは予想以上に人が入っているからでもあるが、なによりBankART1929代表の池田修が3月16日に急逝したため、スケジュールを調整し直さなければならならず、会場が空いたからだ。また、池田は横浜の都市デザインにひとかたならぬ愛着を抱いていたので、結果的に故人の追悼の意味も帯びることになった。彼にとってはこれが最後の仕事になってしまったが、コロナが収まり始めたこともあって動員もカタログの売り上げも伸び、池田も喜んでいたのがなによりの救いだ。

展覧会は、飛鳥田一雄市政の1971年に横浜市に「都市デザイン担当」が誕生してから現在まで、半世紀におよぶ都市デザインの歴史を振り返るもの。横浜の都市デザインといえば、さして興味のないぼくでもその基礎を築いたアーバンデザイナー田村明の名前を知っているくらいには全国的な知名度を有する。住みたい街のランキングで横浜市が何年もトップの座を占めるのは、もともと好条件がそろっているとはいえ、その条件を生かして都市イメージを高めてきた彼らの努力のおかげといっても過言ではない。その活動はいわゆる都市計画や景観デザインにとどまらず、歴史的建造物の保存や文化芸術の促進まで幅広く、もちろんBankARTの創設とその後の展開にも深い関わりがある。池田の思い入れが強かったのもそれゆえだ。

展示は、横浜開港に始まる都市形成史から、飛鳥田の打ち上げた「六大事業」、都市デザイン室の誕生、歴史資産の保全活用、BankARTを含む文化芸術創造都市構想までカバー。こうした都市デザイン展の場合、絵画や彫刻と違って実物を持ってくるわけにはいかないので、図面やマケット、グラフ、写真などの資料類が大半を占めることになる。今回はそうした資料を満載した分厚いカタログがつくられたので、正直いうとそちらを見たほうが早いし、わかりやすい。ひょっとしたら都市デザイン室の記録としてカタログをつくるのがメインで、その口実として展覧会を開いたのではないかとさえ思えてくるが、そうではなく、おそらく新しい市庁舎の前に移転したBankART KAIKOに足を運ばせることで、「クリエイティブシティ」を掲げた横浜の最新の姿を見てもらいたかったに違いない。


公式サイト:https://toshide50.com

2022/04/17(日)(村田真)

開園40周年記念「写真で紡ぐ、思い出の中の動物園」

会期:2022/03/19~2022/06/12

横浜市立金沢動物園[神奈川県]

黑田菜月が企画した展覧会会場に到着した。机と椅子、自販機、トイレ、ながし、掲示板があるだけのこぢんまりとした金沢動物園の休憩所に、木製の展示壁とモニターが鎮座する。仮設壁には、動物園の開館以来のユーザーたちがその思い出のメモ書きと写真を寄せていた。映像では飼育員や愛園者が写真を見つめながら黑田のインタビューに答えている。


開園40周年記念「写真で紡ぐ、思い出の中の動物園」展示風景[撮影:黑田菜月]


1982年3月17日に職員5名で部分開園してから40周年を迎えた金沢動物園の記念企画。年表の横と裏に並ぶ100通を超える来園者の物語とそれに対する飼育員の短いコメントは、日常使いされつつ多くの人々が大事にしてきた園の軌跡を描いていた。人間でいう2世代に相当する40年分の想いの丈が綴られる写真のキャプションには、動物と人間の成長と死と感謝にまつわる言葉が衒いなく書かれていた。金沢動物園はある種の動物が死んだらその種が交代で来る園ではない。うっかりすると、そのこが園にいたことを忘れてしまう。でも写真があれば大丈夫。いやでも、その写真を見返さなかったら?


開園40周年記念「写真で紡ぐ、思い出の中の動物園」展示風景[撮影:黑田菜月]


開園40周年記念「写真で紡ぐ、思い出の中の動物園」展示風景[撮影:黑田菜月]


このイベントは、愛園者による園への謝辞であり、家族写真の再編纂の場であり、親しきものや飼育動物への鎮魂の吐露の場になっていた。死を想うのではなく、たったいまの様子を伝えるような、視覚的発話としての写真(ダニエル・ルビンスタイン)というのは、SNSのプラットフォーム設計の結果、目にする機会が増えただけで、写真が想起のよすがであることは変わらず続いている。それがよくわかる。

インタビューは「写真映像で紡ぐ思い出の動物園」と写真に打ち消し線を入れてクレジットされている。ふと、映像もたくさん残っているに違いないと思い至る。しかし、映像の40年は記録媒体やフォーマットが多岐にわたり、コンバートも困難だ。その一方で、写真の出力は容易だ。この伝達の簡便さはいま写真の長所なのだろう。本展は「写真を見返すきっかけ」として何重にもわたしの胸を詰まらせた。映像はYoutubeでも視聴可能。



開園40周年記念「写真で紡ぐ、思い出の中の動物園」インタビュー映像


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