artscapeレビュー

新井卓「日日(にちにち)の鏡」

2023年09月15日号

会期:2023/07/05~2023/08/23

PGI[東京都]

本作は、新井卓が拠点としている川崎を中心に、日本各地、さらにフィンランドなどで撮影した写真を集成したものである。いわば「写真日記」という体裁なのだが、それらがすべてダゲレオタイプで制作されているところに面白味がある。というのは、世界最古の実用的な写真技法であるダゲレオタイプは、銅板を研磨するところから、銀メッキ、露光、現像、定着処理まで、大変な手間と時間がかかる技法であり、おのずと作成できる画像の数は少なくなるからだ。例えば鷹野隆大の「毎日写真」シリーズのように、「写真日記」のスタイルを作品制作に取り入れている写真家はたくさんいるが、それらは日々、自由に、大量に写真を産出できることが前提になっている。そこに新井の作品との、質的な違いが生じてくるのではないだろうか。

つまり、何をどのように撮るのかを、新井はつねに吟味し、自問自答しつつ被写体に向き合っているわけであり、そのことが本作に静謐だが説得力のある緊張感を付与しているように感じた。とはいえ、全体としてみれば、好奇心と即興性とがうまくブレンドされた、のびやかなシリーズとして成立している。その、思いがけない飛躍を孕んだ視線の移ろいを、充分に楽しむことができた。会場には写真のほかに、新井の蔵書がサークル状に並んで展示されていた。それらと写真作品とを合わせて見ることで、考えながら行動する、彼の写真家としてのバックグラウンドが浮かび上がってくる。また逆に、福島、広島などで撮影されてきた彼の社会的な広がりを持つ作品が、このような日常に向けられた眼差しの延長線上にあることもよくわかった。


公式サイト:https://www.pgi.ac/exhibitions/8734

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