artscapeレビュー

下瀬信雄『つきをゆびさす』

2023年11月15日号

発行所:東京印書館

発行日:2023/10/10

1944年、旧満洲国新京生まれ、山口県萩市に写真館を構えながら、広がりと厚みのある仕事を展開してきた下瀬信雄の業績はこれまでも高く評価されてきた。2005年に第30回伊奈信男賞を、2015年には第34回土門拳賞を受賞し、2019年は山口県立美術館で回顧展「天地結界」が開催されている。

だが、80歳近い年齢を重ねながらも、下瀬の創作意欲はまったく衰えていないようだ。萩のシモセスタジオに、高精度のデジタルカメラや小型ドローンによる表現領域の拡張を目指す「高精密デジタル画像センター」を併設したことを期して刊行された本書を見ても、新たな方向に踏み出していこうとする意気込みを強く感じた。

本書は「天地(あめつち)」「産土(うぶすな)」「指月(しげつ)」の三章構成である。第一章の「天地」には萩を取り巻く自然環境をダイナミックかつ細やかに捉えた写真が並ぶ。第二章「産土」には主に萩の人谷の日常、暮らしにカメラを向けたスナップ写真が、第三章「指月」には「月を指し示すのにその指先しか見ないと月を失う」という仏教用語を踏まえて、森羅万象から哲学的ともいえる思考を導き出すような写真が収録された。

画素数1億2百万画素の高精度デジタルカメラを使用し、高精細画像出力プリンターで作画したという写真群には、次の一歩を踏み出していこうという下瀬の強い思いが宿っている。それでいて、個々の写真のあり方は決して堅苦しくなく、のびやかに見る者の心を解きほぐしていくような魅力を感じさせるものになっていた。


下瀬信雄『つきをゆびさす』:https://www.inshokan.co.jp/Tsukio_yubisasu

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