artscapeレビュー
高嶋慈のレビュー/プレビュー
前橋の二人:村田峰紀・八木隆行
会期:2016/12/03~2016/12/24
CAS[大阪府]
群馬県・前橋を拠点に活動する1970年代生まれの二人のアーティスト、村田峰紀と八木隆行を紹介する企画。両者の共通項はパフォーマンス性の強い表現にあるが、そのベクトルは対照的だ。村田峰紀は、まるでロックミュージシャンがギターを激しくかき鳴らすように、支持体の表面にボールペンを突き立てて暴力的に線を描き殴り、破壊的な力が加えられた表面の痕跡を提示している。その行為は「ドローイング」というよりは「表面を削り取る」と言った方が近い。ベニヤ板はボロボロに風化した樹肌を思わせ、金属板は熱で溶解したかのような無残な姿をさらしている。唸り声を発しながら全身の力を込めて描き殴る姿は怒りや狂気すら感じさせ、「表現行為」に潜在する暴力的な力を増幅し、見る者にあらためて突きつける。
このように破壊的で内向的な村田に対して、八木隆行は、自作の「浴槽(兼ボート)」をバックパックのように背負って山野や清流などを歩き、湯を沸かして入浴するというパフォーマンスを行なっている。山歩きを楽しんだ後、豊かな緑に囲まれて汗を流す。雪景色の中で湯につかりながらビールを飲む。あるいは、無人の屋上空間を独り占めして入浴する。まるで野点のように、狭く閉じた個室空間を飛び出して屋外の広い空間へ赴き、景色を楽しみながら入浴する姿は、開放的でおおらかさを感じさせる。大阪で開催された本展では、道頓堀からギャラリーまでの道のりを「浴槽」を背負って歩き、ギャラリーの入居する雑居ビルの屋上で入浴パフォーマンスが行なわれた。
ここで八木のパフォーマンスが興味深いのは、一見するとユルく脱力的で無為にすら思える見かけのなかに、密かに政治性を内包している点だ。自然の山野やビルの屋上など屋外の公共的な空間を一時的に占拠し、プライベートな空間へと変容させること。さらに、入浴=「裸になること」を、単に衛生上の日課を超えた、「日本人が大好きな娯楽的習俗」という私的で非政治的な理由に回収させてぬけぬけと成立させ、しかも悠々自適に楽しみながらやってのけるところに、「自主規制・検閲」が跋扈する現在、パフォーマンス・アートとしての八木の優れた政治性がある。
前橋と言えば、2013年に開館したアーツ前橋が記憶に新しいが、「群馬」という地方に拠点を置くことに対して意識的に活動してきた作家に、白川昌生がいる。70~80年代に渡欧し、帰国後の1993年、地域とアートをつなぐ美術活動団体「場所・群馬」を創設した白川の活動は、2014年にアーツ前橋で開催された個展「ダダ、ダダ、ダ 地域に生きる想像☆の力」でも総括的に紹介されていた。そうした前橋(群馬)という地方都市がもつ土壌の豊かさや場所のポテンシャルについても考えさせる展覧会だった。
2016/12/07(水)(高嶋慈)
踊りの火シリーズ第2弾 目黑大路振付作品「かけら」
会期:2016/12/03~2016/12/04
ArtTheater dB Kobe[兵庫県]
「戦後71年の日本の変遷と推移を、政治・経済・歴史的に検証するのではなく、戦後生まれの女性たちの人生・思想・身体を通じて映し出す」(チラシ掲載のステートメントより)という、ドキュメンタリー性の強いダンス公演。出演者は、70代・50代・30代・10代の世代の異なる4名の女性である。彼女たちはプロのダンサーではないが、アマチュア劇団の経験者や目黑のワークショップの参加者、学校のダンス部の経験者など、それぞれのかたちで身体表現に関わりを持つ。
冒頭、一番若い10代の女性が、他の3人に腕の動きやステップの踏み方を教える和やかなシーンから始まる。アジアの伝統的な舞踊のようだが、音楽はかからず、説明もないため、どこの国・地域のどんなダンスなのか詳しいことはわからない。その後は基本的に、それぞれがソロでダンス、語り、歌などの身体表現を行なうシーンが点描的に連なっていく。
本作で際立つのは、70代・10代の2人に比べ、中間の世代である50代・30代の2人から感じられる苦痛や抑圧の表現だ。30代の女性は、激しいドラムの響きの中、片腕を暴力的に振り回し、虚空に何かを投げつけるような/何かを必死で振りほどこうとしているような動作を息が切れるまで執拗に反復する。50代の女性は、自身の長い髪で目隠しをし、手探りで歩きながら切れ切れのアリアを歌い、観客に向けて手を差し伸べた極点で、サイレンのような高音の叫びを発する。
一方、70代の女性は、カセットデッキにテープを入れ替えながら、その時々に聴きなじんだ音楽とともに自身の半生について語りかける。圧巻なのが、80年代に参加した反原発運動で逮捕され、全裸で取り調べを受けた屈辱的な経験を語った後、「足腰や目は弱ったが、ここ(お腹)だけは私の人生が溜まっていく」と言って、たるんだお腹を見せ、観客と対峙するシーンの緊張感だ。お腹のたるみとは裏腹に、むしろその姿は誇りと不屈の精神に満ちている。また、10代の女子高生は、終盤で再び、冒頭の踊りを繰り返すのだが、今度はチマチョゴリ姿に着替えており、国籍や民族的出自という別の困難を指し示す。だが踊る彼女から感じられるのは、そうした重荷やしがらみを感じさせない、飄々とした軽やかさだ。
こうした対照性が、個人の性質なのか、世代に由来するものなのか、断定することは難しい。しかし、コンテンポラリー・ダンスの成果のひとつが、偽のニュートラルさに漂白された身体の称揚ではなく、多様な差異の肯定にあるならば、本作は、「個」を「世代」「集団」「共同体」へと均していこうとする力や欲望に抗いつつ、「個」を起点として戦後史や社会状況を(断片的にではあれ)浮かび上がらせようとする試みとして評価できるだろう。
2016/12/04(日)(高嶋慈)
チャンネル7 髙橋耕平「街の仮縫い、個と歩み」
会期:2016/10/15~2016/11/20
兵庫県立美術館[兵庫県]
注目作家紹介シリーズ“チャンネル”7回目は、京都を拠点として主に映像作品を手がける髙橋耕平の個展。髙橋は、「複製」「反復とズレ」「同一性と差異」といった映像の構造に自己言及的な初期作品から、近年は、具体的な人物や場所に取材したドキュメンタリー的な作品へとシフトしている。この移行によって浮上したのが「記憶」という主題であり、「個人」の記憶から「場所」の記憶や地域の共同体へ、さらにそこにはらまれた歴史的時間へと、作品ごとにフィールドを拡張してきた。
本展での髙橋の関心は、21年前の阪神・淡路大震災の被災という、他者の経験や記憶にどうアプローチできるのかという問いへ向けられている。ただしそれは、被災経験それ自体の主題化ではなく、非当事者として完全な共有や追体験は不可能だからこそ、「誤読」がはらむ創造的な可能性があるのではないかという試みでもある。
展示室に入ってまず目につくのは、展示形態の仮設性、移動性だ。映像作品は広げた毛布や段ボールに投影され、プロジェクターを置く台や鑑賞者用の椅子は、水の入ったペットボトルにベニヤ板を被せた仮ごしらえのものだ。これらは「避難生活や救援物資」を強く連想させる。一方、映像の被写体やインタビュー内容には、震災との直接的な関係は見られない。電動車イスの男性、視覚・聴覚障害者が街を歩く様子や歩行訓練の風景が映され、髙橋は自らの身体を介入させて、彼らの知覚世界の疑似的なトレースを試みる。それは、障害者の歩行という近似値を通じて、快適な都市空間がスムーズな移動を妨げるものに変貌した被災経験へ接近しようとする試みだと理解できる。
一方、写真作品は、キャスター付きの台車の上に貼られて床置きされ、つまづいて蹴飛ばすとコロコロと転がり出しそうだ。鑑賞者の歩みを阻むように置かれたそれらをのぞき込むと、一枚の写真やチラシを地面の上に置いて入れ子状に撮影したものだとわかる。これらは、「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」が一般の人々から提供を受けて所蔵する被災資料(の複写)を、2016年現在の神戸や阪神間の路上に置いて撮影したものだ。例えば、《神戸市の路上─電線点検作業》では、電線に上る点検作業員を写した写真が、ひびの入ったアスファルトの上に置かれることで地面の亀裂と視覚的につながって見え、復旧された電線と「地震」の記号的な置換が意味の衝突を引き起こす。《神戸市の路上─積雪》では、地面を覆う雪の「白」が、現在の路上の白いペンキ跡とつながり、関連のない事象どうしが写真の中で等号で結ばれてしまう。また、求人広告や迷子犬の貼り紙などを、おそらくかつて貼られていた場所に置いて撮影したと思われる写真もある。ここでは、形態や色彩を読み替えの因子として元の写真の意味づけや文脈がズラされ、あるいは「かつてあった」場所に再配置されることで、過去が現在へと唐突にも「接ぎ木」されているのだ。
だがそれは、遊戯的で恣意的な次元に留まるものではない。「時間の接ぎ木」の提示は、「過去のある光景を写した写真」が「現在時において眺められる」という、常に遅れや時差を伴った写真の受容経験についての優れた批評である。またそれは、「将来、他人によってこのように眼差されるかもしれない」シミュレーションとして、「震災資料」の見方を「更新」することで、写真における解釈コードが無数に存在しうること、色彩や形態へと恣意的に還元されうる写真の二次元性、現実の場所・物理的コンテクストに根差しつつもそこから分離・切断される矛盾、といった写真がはらむ複数の性質を照射する、
写真についてのメタ的な考察でもある。
こうした髙橋の実践はまた、「震災資料のアーカイブ」をどう活用するか、という倫理的/創造的な問題も含む。通常は、美術作品(の素材)としては見なされない「震災資料」を美術館という場に持ち込むことで、単に「防災」「記憶の継承」といった観点を超えて、どのような創造的作用をもたらすのか。髙橋の試みが成功したのは、今回用いられた「資料」が、公的な記録ではなく、アマチュアの人々が撮影した写真という私的・個人的かつ匿名的なものであったことも大きい。もちろん、震災の経験や記憶それ自体は軽視できないが、元の文脈やキャプション(撮影者の意図、撮影場所、保管されていたアルバムなど)から引き剥がし、「震災資料のアーカイブ」というメタな文脈からも切断し、「震災の記録」として一元化する眼差しを解除して眺めたとき、写真は、その「意味」を決定できない揺らぎや綻びを取り戻し、新たな生を獲得して別の光を放ち始めるのである。
2016/11/19(土)(高嶋慈)
松本雄吉 追悼特集
会期:2016/11/05~2016/11/18
シネ・ヌーヴォ[大阪府]
1970年に劇団・維新派を結成し、今年6月に逝去した松本雄吉の追悼特集として、初期の公演作品の記録映画から近作までを辿る企画。映像作品19本の上映が行なわれた。上映場所のシネ・ヌーヴォは、松本が棟梁となって維新派メンバーの手により内・外装が施工され、1997年に開館したミニシアター。赤レンガの外壁には金属製の巨大なバラの花や葉の装飾が付けられ、劇場内部の丸天井や壁には水泡が描かれ、クラゲのような装飾がシャンデリアのように垂れ下がり、ほの暗い海底から海面を見上げているような幻想的な雰囲気が漂う。レトロな感覚と手作りのこだわりが詰まった、とても雰囲気のある映画館である。
今回、筆者が見たのは、2010年に瀬戸内海の犬島に野外舞台を組んで上演された『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』。「《彼》と旅をする20世紀三部作」シリーズの最終章となったアジア篇であり、全長100m以上、丸太4000本を使った野外劇場で演じられた。生の舞台には及ばないものの、映画館のスクリーンは野外上演のスケール感を十分に伝えてくれる。また、今年10月に維新派最後の公演となった『アマハラ』は、本作を再構成した作品でもある。
冒頭と終盤で繰り返し語られる「黒潮」が本作の基底をなす。フィリピン沖で発生し、台湾、八重山列島を経由して、九州・四国の太平洋南岸へ至るまで、様々な島にぶつかり、分岐しながら流れてくる黒潮。劇中で語られるのもまた、明治期以降、黒潮を逆流するように海洋を南へと下っていく日本人の移民たちと領土の拡大だ。フィリピンでマニラ麻を栽培し、現地女性と結婚、太平洋戦争によって収容所送りにされた者。サイパン島に渡って綿花栽培で成功し、商売を旅館経営に拡大、更地から発展した街の繁栄を30年間見てきたが、米軍の「たった8時間の爆撃で」すべてを失った者。ヨーロッパ諸国と日本帝国による植民地獲得の年号や歴史的事件が羅列され、国家の大文字の歴史と個人史的な物語が交差する。
そうした語りに生き生きとした魅力を吹き込むのが、リズミカルなフレーズと身振りの反復だ。音韻を駆使し、言葉遊び的な要素も兼ね備えた単語の詩的な羅列と、船を漕ぐ、地軸が傾くように斜めに立つ、ツルハシをふるうといった身振りの反復。維新派独特の、集団による言葉と身振りのリズミカルな反復に身を委ねているうちに、地理的・時間的な隔たりを超えて複数の時空間が撹拌され、そのあいだを自在に往き来するような感覚がもたらされる。舞台美術として登場する「船」は、人々を乗せる船であると同時に、想像力を運ぶ船でもある。
「そこはどこですか?」「今はいつですか?」。人々は何度も尋ね合い、呼びかけ合う。「ここから、そこまで、いっけん、にけん」というフレーズが繰り返されるうちに、「ここ」と「そこ」の距離が縮められていく。犬島という現実の時空間から、様々な「島」へ。それはまた、海の道(黒潮の流れ)を辿り直すことで、航路の開拓や植民の歴史を(海によって地続きのものとして)犬島という「今ここ」に再接続する試みでもある。夕暮れから次第に夜の闇へと移り変わっていく空は、舞台を観客ともども包みこみ、戦争という極点とともに、時空間の感覚が混濁し、地理的・時間的羅針盤を失った狂気的な迷宮世界の暗闇を出現させた。
個人の半生を語る声、国家の歴史を告げる声、そして「島」の声や「波」の声など、万物のコロスとして集合的に語る声。そうした様々な「声」が多層的に響き合う世界は、トランクを携えて旅する少年が時空を超えて見た、夢幻の世界なのだろうか。
2016/11/17(木)(高嶋慈)
KYOTO EXPERIMENT 2016 AUTUMN シャンカル・ヴェンカテーシュワラン/シアター ルーツ&ウィングス『水の駅』
会期:2016/11/12~2016/11/13
京都芸術劇場 春秋座[京都府]
マーク・テ『Baling(バリン)』とは対照的に、言葉を費やす饒舌ではなく、一切のセリフを排した「沈黙」によって、人間存在の本質とともに、ナショナル・ランゲージとしての統一言語を持たない多民族・多言語国家の姿をネガとして浮かび上がらせたのが、インド気鋭の演出家、シャンカル・ヴェンカテーシュワランによる『水の駅』である。劇作家・演出家の太田省吾による『水の駅』(1981年初演)は、音声言語としてのセリフを排し、極端にスローな動作を俳優に課す「沈黙劇」の代表作。沈黙劇はリハーサルの過程で不必要な言葉を削っていったプロセスから生み出されたが、『水の駅』は当初から「沈黙劇」として構想され、より形式的な純化を経ている。
舞台中央に設けられた水飲み場では、蛇口からひと筋の水がチョロチョロと流れ続けている。下手側から舞台中央へ続くゆるやかなスロープを下り、18人の老若男女がこの水飲み場を訪れ、渇きを癒し、水を奪い合い、愛し合い、死を迎え、叫び、いたわり合い、上手側のスロープを下って去っていく。初めて目にする神聖なものであるかのように驚嘆の眼差しを水に向け、捧げ持ったコップに注がれた水を飲み干す少女。我先に飲もうと水を奪い合っているうちに、口づけの体勢になってしまう2人の男が放つ滑稽さ。髪や肌に官能的に水を受け止め、生の充溢に満たされた女。乳母車を引っ張る夫婦は、水のほとりで愛の営みを始める。生命を与える水場の隣には、荒廃したゴミの山がうず高く積み上げられ、中からひとりの男が彼らの様子を見つめている。ホームレスのような風体の老婆は、水場にたどり着くと死を迎え、その死体はゴミの山に捨てられる。洗濯物をカラフルな旗のように掲げた3人の娘に先導されて登場する一群の人々は、来し方を振り返り、破滅的な光景を目にしたかのように無言の叫びや慟哭を上げる。時に裸足で、時に巨大な荷物を背負った彼らは、人生という旅のそれぞれの「時」の象徴であるとともに、より直截的には故郷を追われて放浪する難民を連想させる。セリフの不在と指先にまで神経をはりつめた身体言語の語りが、想像力で埋める余白を生み出し、引き伸ばされた時間は意味の拡散ではなく、むしろ感情の強度を凝縮させる。
ここで、本作が、多民族・多言語国家のインド全土とスリランカから集められた俳優によって演じられていることを思い起こせば、戦後日本における実験的な演劇実践を、統一的なナショナル・ランゲージを持たない多言語状況を浮かび上がらせるネガとして読み替えているとも言える。『水の駅』は、マーク・テ『Baling(バリン)』と合わせ鏡のように、多民族・多言語が前提である社会において舞台芸術を実践することの意義を、二つの極として指し示す。一方には、徹底的に対話を重ねて、歴史的検証の多面性をポリティカルに構築する知的強度を鍛えること。片方には、言語を一切削ぎ落とすことで、美的洗練と抽象度の強度を高めつつ、ナショナルな共同体の同質性へと編成する力学の不在と解体をもくろむこと。対話の手段であるとともに差異を生み出す装置でもある言語への敏感な眼差しは、演劇が成しうる批評性である。では、表面的には同質性で覆われた日本では、同様の試みは果たして可能なのか? その答えは次回以降のKEXに期待したい。同質性へと包摂する圧力と、表裏一体の排除の論理は強まる一方だから。
公式サイト:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2016 AUTUMN
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2016/11/13(日)(高嶋慈)