artscapeレビュー
視覚の共振・勝井三雄
2019年05月15日号
会期:2019/04/14~2019/06/02
宇都宮美術館[栃木県]
勝井三雄は、田中一光や永井一正、福田繁雄らと並び、戦後日本の高度経済成長期を支えてきたグラフィックデザイナーのひとりである。とはいえ私がわずかに知るのは、色彩を駆使した作品のイメージくらいでしかなく、本展を観て、勝井の力量を改めて思い知らされた。会場に入り、膨大な年表が貼り出されたプロムナード・ギャラリーを通り過ぎると、中央ホールへと導かれる。ここでアッと目を惹くのが、吹き抜けの天井を生かした色彩の巨大インスタレーションだ。これは人間が知覚できる可視光を表わした作品で、赤から紫まで虹色をまとった何枚もの薄い布が凛と吊り下がっていた。さらに「色光の部屋」へ入ると、色彩を操りながら多様な表現を試みたポスター作品群がワッと押し寄せる。その奥では映像インスタレーションが3面の壁にわたって映し出され、うごめく色彩の波に飲み込まれていくような感覚を味わう。ここまでは勝井のダイナミックで華やかな一面と言うべきか。
もうひとつの「情報の部屋」へ移動すると、ひるがえって勝井の堅実な一面を見ることができた。勝井は長いグラフィックデザイナー人生のなかで、ポスターをはじめ、エディトリアル、CI、空間構成など、ありとあらゆる分野に携わってきたようだ。それらがずらりと壁や展示台に並ぶなか、私がもっとも注目したのは職業柄か、やはりエディトリアルである。書籍や雑誌のほか、教科書、作品集、写真集、楽譜集、百科事典と、その範囲も幅広い。例えば化学の教科書やピアノ教本など見覚えのある本を目にし、あれも?これも?と、懐かしさと驚きを覚えてしまった。
何より興味深かったのは『現代世界百科大事典』である。いまでこそ何でもネットで検索するのが当たり前となっているが、同書が創刊された1971〜72年当時は百科事典が情報源の花形だった。これは全3巻に及ぶ、日本で初めてデザインシステムに則った百科事典で、勝井がまず取り組んだのはルールづくりだったという。色彩の使い方、図表の表現方法、各種記号、書体、レイアウトなどのシステムを構築するのに3年余も費やしたそうだ。展示ではそのデザインシステムの一部が解剖されていて、その丁寧な仕事ぶりが窺えた。いや、確かにここまで徹底してルールづくりをしなければ、収拾がつかなくなるのは明らかなのだが、それにしても気が遠くなるような編集作業である。情報を編集することとは何かということを、改めて教わる機会となった。
公式サイト:http://u-moa.jp/exhibition/exhibition2.html
2019/04/27(土)(杉江あこ)