artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
鶴友那 個展「水の記憶」
会期:2016/11/12~2016/11/27
ex-chamber museum[東京都]
ジョン・エヴァレット・ミレイの《オフィーリア》に触発されたような、水のなかの女性ばかりを描いた絵。近年流行の写実絵画だが、写真を機械的にトレースしただけではないので、いい意味で「非現実感」があり、幻想的だ。ここまでひとつのモチーフに徹するのも気持ちいい。
2016/11/18(金)(村田真)
阿児つばさ「花路里と花路里/PEGASUS/どこやここ」
会期:2016/11/03~2016/12/04
アーツ千代田 3331[東京都]
今年5月の「3331アートフェア2016」で受賞したごほうびの個展。会期中3期に分け、1期目は「花路里と花路里」、2期目のいまは新作「ペガサス」の展示。ちなみに「花路里と花路里」というのは、北海道の美幌にある同名のスナックを巡る私的物語を作品化したもの。「ペガサス」のほうは、十和田で乗馬を習ったので、馬に作者の名前「つばさ」をつけて有翼の馬ペガサスになったとか。とにかく彼女は個人的体験や私的つながりを作品にしてしまう人。でもなにが展示してあるのかというと、木の実だとか馬具だとか乗馬のビデオとか脚立とかだったりして、とりとめがないし理解しにくい。だからなのか、アートフェアのときも今回も会場に彼女がいて説明してくれる。ひょっとして作者自身の解説つきインスタレーションの試みだとしたら、これは新しいスタイルかも。
2016/11/18(金)(村田真)
ZOKEI NEXT 50──東京造形大学の教育成果展
会期:2016/11/12~2016/11/27
アーツ千代田 3331[東京都]
創立50周年記念事業として絵画・彫刻専攻の卒業生20人の作品を展示。会場の3331には多摩美がアキバタマビというギャラリーを有しているし、武蔵美も日本橋にギャラリーαMがある。造形大もこれを機に都心に展示場所を考えては? それはともかく、まず絵画で目を引くのは、室井公美子と佐藤翠のふたり。どちらもペインタリーな大作を出品し、絵画の醍醐味を味わわせてくれる。目は引かないけれど、隅っこにポツンと置かれた末永史尚の《段ボール箱》はニクイ。彫刻では、犬、ネコ、オランウータンなどを彫ったはしもとみおの木彫が目立つ。ところで、出品者はすべて創立以来50年間の後半、つまり1990年代以降の卒業生に限られていて、それ以前の人たちは切り捨てられている。イキのいい若手に焦点を当てたのか、上の世代にロクなヤツがいなかったのか。まあどっちもでしょうね。
2016/11/18(金)(村田真)
さいたまトリエンナーレ 2016
会期:2016/09/24~2016/12/11
ようやくさいたまトリエンナーレ(たまトリ)を見に行った。というより、岩槻の旧民俗文化センターに行ったついでに、駅前の東玉社員寮と武蔵浦和の旧部長公舎にも寄っただけなので、たまトリを見に行ったという気分ではないが、それでも計20作家以上の作品を見ることができた。こういう国際展や芸術祭というのは全部見ようとするとそれなりの余裕と覚悟が必要だが、おもしろそうなところ1、2カ所に絞ってピンポイント攻撃するというテもある。でもこれはたまトリが入場無料だからできるんだけど。
まずは大宮に行き、東武アーバンパークライン(旧称「野田線」のほうが短くてローカル色豊かで覚えやすいのに)に乗り換えて岩槻へ。旧民俗文化センターは遠いのでシャトルバスが出ているが、出発まで15分ほどあったので近くの東玉社員寮へ。ここでは世界各地の空家や遊休施設をヤドカリするアーティスト・イン・レジデンス「ホームベース・プロジェクト」を実施。内外6作家が滞在制作し、その成果をウサギ小屋みたいな社員寮の各部屋で発表している。外国のアーティストはやはり日本の文化に興味を持つようで、部屋の真ん中の畳1枚を抜いてそのなかでパフォーマンスした写真を飾ったり、フトンを丸めてお内裏さまの座布団に見立てたり。なぜこれがお内裏さまの座布団だとわかるかというと、部屋の入口にひな祭りの人形がひとつ置いてあったからだ。唐突だなと思ったが、その後シャトルバスに乗って町の様子をながめてたら、やたら人形店が多いことに気づく。どうやら岩槻はひな人形を中心に「人形のまち」として知られているらしい。なるほど。
旧民俗文化センターは、なんでこんな郊外にこんな施設をつくったんだろうと首をひねりたくなる物件。当然の帰結として廃屋になっているこの建物内に13作家、外に1作家が展示している。最初の部屋にあったのが川埜龍三の《犀の角がもう少し長ければ歴史は変わっていただろう》という作品で、中央に大きなサイの埴輪が鎮座しており、周囲に犬やUFOの埴輪を並べ、その埴輪を発掘する現場や埴輪をデッサンする生徒たちの写真もある。作者によれば、これらは現在われわれが存在する世界「さいたまA」と同時に存在するパラレルワールド「さいたまB」で発掘された埴輪群とのこと。岩槻には遺跡や貝塚が多く、そんなところから発想されたのだろう。サイの埴輪はたぶん「彩の国さいたま」の語呂合わせではないか。こういうSF的仮説の下に作品をつくるアーティストはほかにもいるが、ここまで丁寧につくり込むと実際に信じるヤツが出てくるかもしれない。
講堂では、歴史上の人物をモチーフにした小沢剛の「帰って来た」シリーズ第3弾、《帰って来たJ.L.》をやっている。扉を開けるとカビ臭い香りが漂うレトロな映画館風のスペース。両脇に巨大な絵画を4点ずつ計8点並べ、正面のスクリーンで映画を上映している。これらを見ると「J.L.」がジョン・レノンのことだとわかるが、なぜかフィリピンの看板屋が絵を描いたり、マニラの盲目のバンドが登場したりして混乱する。解説を読むと、1966年にビートルズが来日公演した後フィリピンに立ち寄り、マニラでも公演しているし(これが大変な騒ぎになったが略)、さいたま市にはジョン・レノン・ミュージアムもあった(2000年に開館したが2010年に閉館)。なるほど、ジョン・レノンとフィリピンとさいたまをつなぐ糸は細いながらもあるのだ。そこに日本とフィリピンの戦中・戦後史や両国の原発政策の違い、ジョンの反戦思想、視覚障害者の音楽などを絡ませた労作だ。
ほかにも「洗濯」をテーマにした西尾美也のインスタレーション、駅のホームで待つ人たちを電車内から超スローモーションで撮影したアダム・マジャールの映像、福島の思い出の品を漆塗りでコーティングした藤城光のオブジェなど見るべき作品は少なくない。さて、出発時間が近づいたのでバス乗り場に行こうとしたら、屋外にもう1点あるという。そういえば「目」の作品を見ていなかった! 受付で注意事項を聞いてスリッパをもらい、建物の横から植物に覆われた迷路をたどっていくと、目の前に大きな池が! スリッパに履き替えて向こう岸まで歩いて行く。なんで池の上を歩けるのかって?
それは内緒。いつものことながら、よくここまでつくったものだと感心する。
今日は岩槻だけにしようと思っていたが、まだ時間があるのでもう1カ所寄ってみる。岩槻から大宮に出て埼京線に乗り換え、武蔵浦和で下車。歩いて10分ほどで旧部長公舎に着く。旧大宮市の部長家族が住んでいたと思われる2階建ての邸宅4軒に、鈴木桃子、高田安規子+政子、野口里佳、松田正隆+遠藤幹大+三上亮の4組が挑んでいる。個々の作品はともかく、おもしろいのは、鈴木と野口は室内をホワイトキューブに改造し、あくまで自分の作品の展示場として使っているのに対して、高田組と松田組は家の記憶や気配、残された備品などから作品を発想していること。つまり、場所に関わらず作品をつくるか、場所から作品を発想するかの違いだ。これらは近年の芸術祭に見られるふたつの傾向を端的に表わしているようで興味深い。
2016/11/15(火)(村田真)
ニュー・ヴィジョン・サイタマ 5 迫り出す身体
会期:2016/09/17~2016/11/14
埼玉県立近代美術館[埼玉県]
埼玉ゆかりの若手アーティスト7人の展示。小左誠一郎と高橋大輔と中園孔二は絵画、小畑多丘は彫刻、鈴木のぞみは写真、二藤建人はインスタレーション、青木真莉子は映像とインスタレーション。小左も高橋も中園もみんないい絵を描いてるけど、高橋と中園は示し合わせたように壁一面が埋まるほど大量の作品を出している。1点1点じっくり見せるより、量とバリエーションで圧倒している。特に高橋は壁だけでなく床にも絵のほか額縁やクレート、絵皿まで並べていて楽しい。ただし、高橋が同館のコレクションから選んだ速水御舟の日本画も隅っこに展示しているが、これは余計じゃないか。鈴木のぞみは解体前の民家を借りて窓ガラスに感光材を塗り、そこから見える風景を7日間もの長時間露光で焼きつけた「窓ガラス写真」を出品。しばしば写真は窓にたとえられるが、これはたとえではなく窓そのものに画像を写すことで、写真の原点に迫っている。二藤はいつも驚かせてくれるが、今回も期待以上に驚かせてもらった。展示室に部屋が丸ごとひとつ天井から吊るされ、ハシゴを伝って部屋に入ると布団が敷いてあり、なんと爆弾が寝ている。こいつと添い寝しろってわけだ。部屋の下は爆発跡のように穴が開いている(ように見せかけるため、わざわざ床を数十センチ上げてある)。いやーどれも楽しめた。出品作家たちはいつになくがんばってるように感じた。これもトリエンナーレ効果かもしれない。
2016/11/12(土)(村田真)