artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

版──技と美の世界

会期:2014/07/26~2014/08/31

ひろしま美術館[広島県]

お土産を買いに行く妻子と別れて、ひろしま美術館へ。ここはゴッホの《ドービニーの庭》をはじめとする近代絵画コレクションで知られているが、訪れるのは今回が初めて。ぼくはコレクションだけ見るつもりだったが、チケットは特別展「版──技と美の世界」込み。版画の展覧会など別に見たくもなかったけど、もったいないから見てしまった。これは東広島市立美術館から借りた所蔵品展。そもそも版画は1点もののタブローを買えない人たちのために大量生産された軽便な絵というイメージがあり、基本的に美術館で見るもんじゃないし、ましてや他館(しかも隣町!)から借りて特別展として展示するのはいかがなものか……などと東京人がケチをつける筋合いではないけどね。常設のコレクションのほうは、印象派とエコール・ド・パリを中心とした小さめの作品が多く、ちょっとがっかり。でもセザンヌの2点(風景と人物)はよかった。

2014/08/21(木)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00027271.json s 10102633

第9回ヒロシマ賞受賞記念──ドリス・サルセド展

会期:2014/07/19~2014/10/13

広島市現代美術館[広島県]

昨日は宮島に1泊。豪雨により広島市内で土砂災害が発生したとのニュースを聞きながら、「ヒロシマ賞受賞記念展」をやってる現代美術館へ。人類の平和に貢献したアーティストに贈られるヒロシマ賞は、1989年から3年にいちど続けられ、受賞者は広島市現代美術館で個展を開いてきた。これまで三宅一生、ウディチコ、蔡國強、オノ・ヨーコらが受賞。今年受賞したのはドリス・サルセド。ぜんぜん知らなかったけど、コロンビア出身の女性アーティストで、政治的暴力をテーマに作品を制作しているらしい。話題になった作品に、テート・モダンのタービンホールの床に大きな亀裂を入れたインスタレーションがある。こういう巨大空間ではモニュメンタルな作品を屹立させたがるアーティストが多いが、彼女はアンチモニュメンタルなマイナスの彫刻を「掘った」わけだ。これを“女性的”といってしまえば「差別的」と批判されるだろうか。今回の出品は、写真や小品を除けば2点。1点は、無数のバラの花びらを縫い合わせて1枚の巨大なシートにした《ア・フロール・デ・ピエル》。まるで血を吸い込んだ絨毯のような深紅色だ。もう1点は、長さ2メートル近い細長い机を天地逆にして重ね、机と机のあいだに土を挟んだものを数十点並べた《プレガリア・ムーダ》。これも《ア・フロール・デ・ピエル》と同じく、暴力で命を落とした人たちに捧げられたインスタレーションだ。机の大きさがほぼ棺桶と同じだと気づくと、突き上がった机の脚も無数の墓標に見えてくる。と書くと絶望的な作品に思われるかもしれないが、よく見ると机の隙間から雑草が生えているのがわかり、わずかに希望を感じさせる。会場は照明を落としているので薄暗いし、作品数も少ないし、観客もほとんどいないし、けっして楽しいものではないが、だからこそ広島以外ではやれない意義深い展示だと思う。

2014/08/21(木)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00026929.json s 10102632

広島平和記念資料館

広島平和記念資料館[広島県]

家族で広島へ。2泊3日で世界遺産をふたつ(原爆ドームと厳島神社)見ちゃおうという魂胆だ。まずは昼飯にお好み焼きを食べて、さっそく原爆ドームへ。広島へは何度も来ているが、原爆ドームを間近に見るのはウディチコの「パブリック・プロジェクション」以来だから、15年ぶりのこと。69年前、このへんの上空で核爆発が起こり、一瞬にして何万人もの命が奪われた。そんなもんを発明した気分と、そんなもんを人の上に落とした気分はどれほど違うだろう、などと思いながら平和記念資料館へ。ここに入るのは、広島市現代美術館で宮島達男が「ヒロシマ・インスタレーション」を発表したとき以来だから、24年ぶり。なんか現代美術に導かれてぼくは原爆に接近してきたような。24年前に来たときは丹下健三設計の本館だけしかなかったはずだが、いまは東館から入って本館から退出するようになっている。東館では原爆投下までの歴史的背景が紹介され、本館では投下直後のパノラマや被爆した遺品などが展示されている。被爆展示のジレンマは、もっとも悲惨なはずの爆心地ではヒトもモノも跡形もなく消えてしまったので、展示するものがないことだろう。もっとも伝えたいことが伝えられないもどかしさ。だから原爆の恐ろしさは想像するしかないのだ。そこに原爆とアートの接点がある。

2014/08/19(火)(村田真)

UNKNOWNS 2014──ART×CRITICISM

会期:2014/08/18~2014/08/23

藍画廊+ギャラリー現[東京都]

東京造形大学の近藤昌美と慶応義塾大学の近藤幸夫というふたりの近藤先生を軸に、3年前から毎年開かれている企画展。今年2月に慶応の近藤先生が亡くなり、和田菜穂子先生に代わったが、造形の学生の作品に慶応の学生が批評(作品解説)をつけるというスタイルは変わらない。出品は藍画廊3人にギャラリー現1人の計4人。作品は表現主義的な抽象絵画が多く、人物や動植物のイメージの断片を組み込んだものもあり、やっぱり近藤昌美の影響が色濃い。対する批評のほうは計13人。制作現場を訪れ、作者にインタビューしただけあって、どの文章もなにが描かれてあるか、なぜこのような絵になったかを探り、作者自身の言葉を引きながらていねいに解説している。ただそれだけに近視眼的になりかねず、その作品が現代において、あるいは美術史のなかでどのような位置づけになるかまでは言及されてない。ギョーカイ人としてはいささかものたりなさを感じるけど、一般人向けにはこのほうがいいのかも。

2014/08/18(月)(村田真)

限界芸術百選プロジェクト──田中みずき:銭湯ペンキ絵展

会期:2014/07/19~2014/10/26

まつだい「農舞台」ギャラリー[新潟県]

なぜ風呂屋のペンキ絵に惹かれるのかというと、絵柄がワンパターンだからとか、美術史では扱われないからという「アウトサイダー感」もあるが、最大の理由は、その場で描き、その場で一生を終える「不動産美術」だからだ。その間に数多くの人の目に触れ、しかも見る人全員が裸というのもポイントが高い。そのペンキ絵も銭湯の減少とともに絵師が減り、いまや3人しかいないという。そのひとり、田中みずきは大学で美術史を学び、ペンキ絵について調べたのをきっかけにこの道に入り、最近独立したという異色の存在だ。作品は10メートル近い大作が2点。1点は、お約束の富士山を背景に越後妻有名物の棚田を描いたもの、もう1点は上信越の山々の手前に、この農舞台の建物や草間彌生の彫刻などを描き込んだ松代の風景だ。越後妻有から富士山は見えないし、遠近法も位置関係も無視したありえない風景だが、それがむしろ新鮮に映る。これこそ純粋芸術では味わえない「限界芸術」の醍醐味だろう。これからは銭湯に限らず、私邸のバスルームや殺風景な学校の壁などにもペンキ絵を広げていけばいいと思うのだが、すでに彼女の仕事は銭湯だけでなく広がってるらしい。かつて火山灰に埋もれたポンペイの街から多くの壁画が発掘されたように、将来タブローは消滅してもペンキ絵はあっちこっちに残るに違いない。

2014/08/17(日)(村田真)