artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

アトリエ・ワン『空間の響き/響きの空間』

発行所:INAX出版

発行日:2009年10月10日

現代建築家コンセプト・シリーズの第五弾である。いくつかの写真が挿入されているものの、基本的に自作の紹介はほとんどない。アトリエ・ワンのエッセイ集となっている。彼らが都市を観察し、普段、どのようなことを考えているかを綴ったものだ。動物、虫採り、トンカツ屋、スポーツ、ワールドカップなど、アトリエ・ワンらしい切り口から、独自の空間論が展開していく。一見ばらばらのようだが、全体としてはゆるやかな現代東京論にもなっている。言うまでもなく、彼らが拠点とする都市だ。世界との比較も交えながら、場所の響きに耳を澄ませる日常の観察は、必然的に身のまわりのユニークさを浮上させる。個人的には、立派な建築が都市空間にうまくはまっていないために、首都高速などの土木構築物が結果的に近代のモニュメントになったというエッセイ「東京のモニュメント」をとくに興味深く読んだ。

2009/11/30(月)(五十嵐太郎)

種田陽平『どこか遠くへ』

発行所:小学館

発行日:2009年9月30日

映画の美術監督として活躍する種田陽平の自伝的な絵本。本人のエッセイや昔の写真とともに、記憶の風景が綴られる。そこで描かれる懐かしい世界が、まさに彼が『ザ・マジックアワー』や『フラガール』など、さまざまな映画において手がけた舞台装置とよく似ているのは興味深い。原風景が作品に投影されたともいえるし、逆に現在の種田スタイルが過去の記憶に重ねあわせられたのか。いずれにしろ、建築雑誌に掲載されるようなツルツルピカピカの世界ではなく、記憶が細部に宿る街が種田の好みである。彼は、どこか遠い見知らぬ街で懐かしさを感じることがあるという。実際、種田の映画美術は、建築や都市のセットをつくり、われわれに集合的な記憶を喚起させている。

2009/10/31(土)(五十嵐太郎)

安藤忠雄『建築家 安藤忠雄』

発行所:新潮社

発行日:2008年10月24日

安藤忠雄、初の自伝である。初というのが意外に感じられるのは、それだけ彼の生涯が知られているからだろう。ともあれ、本書は、いわゆる作品集の形式ではなく、個人の生きざまの物語を通じて、建築の思想が語られる。つまり、自伝だが、同時に建築のエッセンスがつまっている。安藤にとっては、それだけ生きることと建築をつくることが分ちがたくつながっているからだろう。生い立ちや旅のはなしは有名だが、まず興味深いのは、ゲリラ集団として位置づけられている事務所の組織論を冒頭で論じていることだ。仕事論としても読めるだろう。また自伝では、安藤の反骨精神が、1960年代の既成のものを否定するアヴァンギャルドと大阪人の気質に由来していることがうかがえる。

2009/10/31(土)(五十嵐太郎)

成実弘至編『コスプレする社会』

発行所:せりか書房

発行日:2009年6月

さまざまな論者が、タイトル通り、コスプレをキーワードに若者の文化現象を読みとく。ヴィジュアル系やタトゥー、ドラァグクイーンなど、それらはまさにもうひとつのアイデンティティをまとうために行なわれる。だが、アンダーグラウンドのサブカルチャーとして出発したスタイルも、すぐに消費され、記号化し、本来の意味が変容してしまう。今年、筆者は編著として『ヤンキー文化論序説』を刊行したので、とくに難波功士の「不良スタイル興亡史」を興味深く読んだ。彼は、ヤンキーが70年代の不良の遊び着=非学校文化を起源とするのに対し、ツッパリは反学校的生徒文化だと位置づけている。だが、不登校や学級崩壊という新しい状況も生じ、学校への対抗という意味を失い、もはや日用としてのツッパリのスタイルは恐竜と化し、卒業式などのイベントで目立つためのアイテムとしてのみ残っているという。

2009/10/31(土)(五十嵐太郎)

都市デザイン研究体『日本の広場』

発行所:彰国社

発行日:2009年5月

最近、広場研究をやっているのだが、ちょうどいいタイミングで今年復刻版が出たのが、『日本の広場』である。もともとは『建築文化』1971年8月号の特集を書籍化したものだ。やはり、1960年代の初頭に同誌に特集が組まれた「日本の都市空間」や「都市のデザイン」がのちに単行本になったのも一連のシリーズの続編であり、伊藤ていじが仕かけている。筆者が大学院生の頃、エディフィカーレの同人とともに『建築文化』に都市の特集を持ち込んだとき、実はこれらの事例がモデルだった。さて、『日本の広場』は、先行する二冊と同様、フィールドワークと事例収集を行ないつつ、さまざまなキーワードによって事象を整理している。しばしば日本に広場はないと言われるが、本書は神社や団地、街角や河原において日本的な広場のあり方を探っているのが興味深い。西欧が固定した広場の空間をもつのに対し、日本ではアクティビティや装置などによって生じるという。時代を感じさせるのは、デモや新宿西口広場のフォーク集会などが紹介されていること。なるほど、人々が路上を占拠した1960年代終わりの雰囲気が、本書を生みだした契機のひとつだったことは間違いないだろう。

2009/10/31(土)(五十嵐太郎)