artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

彼女が消えた浜辺

会期:2010/07/07

京橋テアトル試写室[東京都]

2009年制作のイラン映画の試写会。アスガー・ファルハディ監督作品。カスピ海沿岸のリゾート地で繰り広げられるミステリーで、人間の心理の奥深くを丁寧に浮き彫りにする傑作である。脚本も役者の演技も撮影技術も音楽も、つまり映画のどの側面を見ても、文句のつけようがないほど、すばらしい。善意から生んだ嘘がしだいに自分の首を絞めていき、疑心暗鬼と謎が深まっていく展開は、まるで良質の演劇を見ているようで、最初から最後まで画面から意識が離れることがない。私たちがイランの人びとの暮らしぶりを知る機会は決して多くはないが、中産階級の富の象徴として村上隆によってデザインされたルイ・ヴィトンのバッグ(モノグラム・マルチカラー)が登場しているように、ライフスタイルとしてはほとんど大差ないという事実を垣間見ることができるのも、見どころのひとつ。9月1日より順次ロードショー。

2010/07/07(水)(福住廉)

森靖「好きにならずにいられない」

会期:2010/07/03~2010/07/31

山本現代[東京都]

木彫によって巨大な異形の造形を作り出す彫刻家・森靖の個展。『彫刻-労働と不意打ち』展(東京藝術大学美術館、2009年8月8日~8月23日)で発表されていた《Much ado about love-Kappa》(2009)に加え、今回も画廊の空間を埋め尽くさんばかりのスケール感あふれる作品を発表した。河童、龍など神話的なモチーフを、マリリン・モンローや性器など通俗的なイメージと掛け合わせながら彫り出すが、なにしろその大きさとボリュームがよりいっそう極限化されていたのが痛快だ。じっさい、天に昇る龍の口先は天井に突き刺さっており、いっそこのままビルを貫いて駆け上がっていくのではないかとさえ思わせる。ポピュラー音楽の楽曲から採用した展覧会のタイトルも、彫刻の世俗性をうまく言い当てている。

2010/07/06(火)(福住廉)

詫摩昭人 展 逃走の線─サハラへ

会期:2010/07/01~2010/07/06

紀伊國屋画廊[東京都]

一見するとモノクロームの風景画。だがよく見ると、画面の全体に無数の線が垂直方向に走っている。作家によれば、油彩が乾かないうちに刷毛を一気に引きおろすのだという。サハラ砂漠の荒涼とした光景は、おびただしい線条によって、あたかも砂漠に雨が降っているかのようにも見えるが、対象の輪郭をあえて漠然とさせることに「逃走の線」というコンセプトのねらいがあるようだ。それは対象を写実的に再現することから逃れ、あるいは抽象化の手続きに則ることからも逃れるために開発された絵画的な方法なのだろう。今回の場合は寂寥感のある光景だったため、直線による茫漠がロマンティシズムとあまりにも直接的に結びついていたように思われたが、別のモチーフでは意外な効果が生まれるかもしれない。

2010/07/05(月)(福住廉)

『ザ・ウォーカー』

会期:2010/06/19~2010/07/22

丸の内ピカデリー[東京都]

アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ監督作品。出演はデンゼル・ワシントン、ゲーリー・オールドマンほか。マッドマックス的な近未来世界を描いたアクション映画だが、クリアでシャープな映像と不自然なほど小奇麗なファッションのおかげで、どうにもMTVのような軽さを感じてならない。そのため、物語の重要なアイテムとなっている「聖書」の存在が奇妙に浮き足立ち、結果的に物語のすべてがキリスト教賛美のイデオロギーに回収されてしまった。中国やアラブ諸国の急成長によって脅かされつつある西洋社会の合理的な秩序を世界に再建しようとする「保守反撃」の映画に見えた。

2010/07/01(木)(福住廉)

前衛下着道─鴨居洋子とその時代

会期:2010/04/17~2010/07/04

川崎市岡本太郎美術館[神奈川県]

下着デザイナー、鴨居洋子(1925-1991)の展覧会。実用的だが美しくはないメリヤス下着から、実用的であり美しくもあるナイロン製の下着へ。本展は鴨居によって革新された下着を中心に、彼女が描いた絵画、岡本太郎によって撮影された下着ショウの写真や細江英公によって撮影された鴨居の人形《大人のおもちゃ》の写真、下着ショウの舞台美術を手掛けたことのある具体美術協会の《具体美術まつり》の記録映像や鴨居みずから監督した映画『女は下着でつくられる』、劇団唐ゼミによって再構成された舞台装置などが一挙に発表され、盛りだくさんの内容でたいへん見応えがあった。なかでも、際立っていたのが犬や猫など動物と自分を描いた油絵。鴨居と動物の強い結びつきを如実に物語っているが、陰鬱で寂寥感にあふれた画面からは、「死」のイメージとともに、鴨居の厭世的な気分が強く伝わってくる。だが、それは鴨居が動物を擬人化した世界の女王として君臨するというより、むしろ動物の世界に救済を求めて動物に寄り添う心理的な弱さを表わしているような気がした。そうした「弱さ」が、時代の先端を力強く切り開いてきた鴨居の前衛精神のなかに同居していたことがおもしろい。

2010/06/30(水)(福住廉)

artscapeレビュー /relation/e_00008794.json s 1217776