artscapeレビュー
福住廉のレビュー/プレビュー
絵本界の巨匠 モーリス・センダック
会期:2010/06/03~2010/07/13
教文館ナルニアホール[東京都]
《かいじゅうたちのいるところ》で知られる絵本作家、モーリス・センダックの展覧会。展示はリトグラフのほか、映像や絵本などで構成されていた。《まよなかのだいどころ》《わたしたちもジャックもガイもみんなホームレス》など、センダックの絵本で育った者にとっては幼年期に形成された心象風景に改めて直面させられるような気恥ずかしさを覚えてならないが、今回の展示で初めて知ったのは、センダックが他のクリエイターによる絵を積極的に模倣していたということ。ランドルフ・コールデコット、アーサー・ヒューズ、ウィンザー・マッケイ、そしてウォルト・ディズニー。先人たちのなかにセンダックを惹きつける「何か」があり、それを模倣することによって彼自身のなかに眠っているその「何か」を探り当てようとしたのだという。「巨匠」といえども、いやだからこそというべきか、このような模倣(パスティーシュ)と無縁ではなかったという事実は、ポストモダニズム以後も依然としてオリジナリティの神話が根強く残っている芸術の世界を逆に浮き彫りにしている。
2010/06/24(木)(福住廉)
細川護熙 展 市井の山居
会期:2010/04/22~2010/07/19
メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]
元首相・細川護熙の個展。会場を「市井の山居」として見立て、藤森照信の設計による草庵(茶室)を中心に、茶碗や壺、油絵、掛け軸、屏風などを随所にちりばめた。全体的に仏教的な世界観が通底しており、いかにも「和」の趣味性が強く醸し出されているが、どこかでちぐはぐな印象を禁じえないのは、珍妙きわまる油絵がてらいなく展示されているからだろう。この違和感が、稚拙な油彩の技術に由来していることはまちがいない。けれどもあえて深読みすれば、それは期せずして日本の伝統観を正確に反映しているようにも思えなくもない。熊本城や達磨、蓮といった「和」のイメージを、西洋伝来の油絵で描くことは、古来から連綿と継承されてきた伝統というより、むしろ西洋の文化や芸術を取り込みながら絶えず更新してきた伝統の様態を指し示しているからだ。細川があらわにしていたのは、日本の文化の底辺に構造化された、恥ずかしいキッチュである。どうあがいたところで、この宿命から逃れる術は、いまのところ、ない。
2010/06/24(木)(福住廉)
ガロン第1回展
瑞聖寺ZAPギャラリー[東京都]
会期:2010/06/11~2010/06/13、2010/06/18~2010/06/20
日本画系の美術家によるグループ展。画家の市川裕司、大浦雅臣、金子朋樹、佐藤裕一郎、西川芳孝、松永龍太郎と、美術史研究者の小金沢智をあわせた7名がガロンのメンバーだ。今回の個展では白金の瑞聖寺にあるギャラリーで小金沢によるコーディネートのもと、他の6人のメンバーが2つのフロアに分かれて作品を発表した。なかでもとりわけ際立っていたのは、金子朋樹。空中を行き交う軍用ヘリコプターの機影を和紙に墨などで描きつけた。その不穏な迫力もさることながら、支持体の表面をわずかに丸く湾曲させているため、それじたいがヘリコプターの機体のように見える。日本画という形式から内容を導き出すのではなく、描くべき内容から形式を開発するという知恵にこそ、アーティストとしての矜持があるのではないだろうか。
2010/06/18(金)(福住廉)
ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし
会期:2010/04/24~2010/06/20
東京都庭園美術館[東京都]
ロシア構成主義のロトチェンコとステパーノワによる作品約170点を見せる展覧会。ドローイングやタブロー、建築、グラフィックデザイン、演劇、写真など多方面にわたる作品を見ていくと、社会建設のなかで芸術の力を発揮させようとする意欲がたしかに伝わってくる。とりわけ写真は当時の社会建設の様子とロトチェンコの実験精神を同時に物語っており、興味深かった。けれども、たとえば労働者が労働の疲れを癒すためにつくられたという「労働者クラブ」は直線と直角で構成されており、はたしてこのようなデザインで心身ともにリラックスできるのか、大いに疑問が残る。生産のための労働はともかく、それ以外の時間はダラダラと過ごしたいのが人間の性というものだ。理念を追究するあまり人間の現実から離れしてしまったというところに、社会建設という壮大な実験の失敗があるように思われた。
2010/06/16(水)(福住廉)
活版を巡る冒険展
会期:2010/06/06~2010/06/13
CONTEXT-S[東京都]
活版についての展覧会。石神照美(陶芸家)、大友克洋(漫画家、映画監督)、坂崎千春(イラストレーター、絵本作家)、高橋和枝(イラストレーター)、中島たい子(作家)、マツバラリエ(美術家)がそれぞれ活版によって制作された作品を発表した。ペンギンのイラストレーションで知られる坂崎は、よいペンギンとわるいペンギンを描き分け、活版で印刷された私家本も販売した。中島たい子は、印刷所で活版をひとつひとつ拾い上げる経験をそのまま短編小説に仕上げた。活版への戸惑いや文字を選ぶ際の躊躇、逡巡などがそのまま活字で表現されているところが、たいへんおもしろい。
2010/06/11(金)(福住廉)