artscapeレビュー
福住廉のレビュー/プレビュー
アーティスト・ファイル 2010──現代の作家たち
会期:2010/03/03~2010/05/05
国立新美術館[東京都]
国立新美術館が企画するアニュアル形式のグループ展。3回目となる今回は、アーノウト・ミック、南野馨、OJUN、齋藤ちさと、福田尚代、石田尚志、桑久保徹の7人がそれぞれの空間でそれぞれの作品を発表した。近年の活躍が目覚しいOJUNは、例の単純明快なモチーフを描いた絵を重厚なフレームで枠づけ、それらを壁面に組み立て上げた圧巻のインスタレーションを見せていたが、絵の形式との著しい対比が、身体をフッと軽くするOJUNの絵の内容をよりいっそう際立たせていたようだ。回文で知られる福田尚代による作品は、うらわ美術館の「オブジェの方へ」展ではあまり前景化していなかった「読む」次元が、ここでは大いに強調されていて、読めば読むほど、じつにおもしろい。とくに文庫本のなかから任意の一文だけを見せて、まったく別々の文庫本を同じように並べて、あたかもひとつの物語であるかのように読ませる作品は、「本を読む」経験の楽しさを十分に発揮していた。石田尚志の映像インスタレーションは、絵具が流れていくアニメーションの運動性はたしかに美しいものの、仰々しい音楽が映像とまったく調和していないため、みずから魅力を半減させてしまっていたのが惜しい。こうしたなか、ひときわ際立っていたのが、桑久保徹の絵画作品。海岸を舞台にした夢幻的な光景を描いた絵は、単純な構図であるにもかかわらず、いやだからこそというべきか、数々の色彩が絶妙に調和しており、説明的に明示されているわけではない物語に想像力を効果的に介入させることに成功していた。画面のほぼ中央に水平上に引かれた波打ち際は、彼岸と此岸の境界線のように見えたが、夢のような光景が繰り広げられている砂浜を見ていると、迷いと悩みであふれかえったこの世ではあるけれども、まだまだこちら側でもやっていけるのではないかというささやかな勇気を与えられる。
2010/03/18(木)(福住廉)
VOCA展 2010
会期:2010/03/14~2010/03/30
上野の森美術館[東京都]
毎春好例のVOCA展。ここ数年来の大きな特徴だった、痛々しい内面を少女マンガ的なモチーフによって具象的に描き出す傾向がある程度落ち着き、新たな方向性を求めて試行錯誤するかのように、じつにさまざまな絵画表現が発表されていて、おもしろい。選考委員のひとりである高階秀爾は、毎年図録で発表される選考所感のなかで、出品作品の多様性を褒め称える言葉をほぼ毎年必ず述べているが、批評に課せられている役割はそうした多様性を無邪気に礼賛することではなく、もう一歩踏み込んで、多様性のなかに隠されている優劣を炙り出していくことにあることはいうまでもない。たとえば、近年の活躍が目覚しい風間サチコは謎の巨人と対峙する女子防空隊の戦いぶりを描いた版画作品《大日本防空戦士・2670》を発表したが、かつての旧陸軍第三歩兵連隊兵舎と現在の国立新美術館を融合させて描くなど細部の工夫がおもしろいものの、全体としてのスケール感に乏しく、もう少し大きな画面で迫力と凄味を効かせることができたらと悔やまれてならない。さらに同じく注目を集めている斎藤芽生も、湿気を帯びた言葉を絵に添えるという手法が従来の近代絵画から大きく逸脱しているからこそおもしろかったにもかかわらず、今回展示された作品にはそうした言葉がほとんど見受けられず、いわば「椎名林檎的な世界観」が影をひそめてしまっていたのが残念である。そうしたなか、得体の知れない怪しい魅力を放っていたのが、伊藤彩。作品名に見られる言葉のセンスが光っているうえ、その絵もまるで見たことのない、不可解な世界がなんの迷いもなく描き出されているように見える。絵の展示の仕方もすばらしく、今後の動向がもっとも気になるアーティストである。
2010/03/18(木)(福住廉)
増山士郎 作品集 2004-2010
会期:2010/03/09~2010/03/28
現代美術製作所[東京都]
「ネットカフェ難民」ならぬ、「アーティスト難民」で知られる増山士郎の個展。昨夏の「所沢ビエンナーレ」で与えられた展覧会場を寝床にして日中睡眠をとり、深夜にアルバイトに出掛ける作品でたいへんな反響を呼んだ。今回の個展でも会場の奥に仮設小屋を設けて寝床を公開し、同じようにアルバイトの面接の様子やこまごまとした書類も展示した。通常は眼に見えない、あるいは見ようとしない暗部を反転させる鮮やかな手つきが増山の大きな特徴だが、それは他の作品でもいかんなく発揮されていた。《parky party》は、ラーメン屋の「一蘭」のように、半ば個室化したカウンターで飲食を提供する観客参加型のインスタレーションだが、これは作品を見るというより実質的に社交の場と化している展覧会のオープニング・レセプションを大いに皮肉っているし、炎がゆらめく暖炉の映像を流したモニターとソファーを設置した《暖炉》は、文字どおり寒々しい画廊の広々とした空間への強烈なカウンターパンチである。さらに、歌舞伎町の公園に「安心! 無料! 恥ずかしい姿見放題」と謳ったいかがわしい電飾看板を2日間設置し、そこに開けられた覗き穴を覗き込むと内部に仕込まれた鏡が本人の「恥ずかしい姿」を映し出すという《歌舞伎町プロジェクト》も、木箱の内部に隠しカメラを忍ばせて運送業者が荷物を移動させる行程を記録した《moving from kanagawa to hiroshima》も、それぞれ私たちのだれもがふだんは見ることのない一面をありありと浮き彫りする、すぐれて批評的な作品にほかならない。
2010/03/17(水)(福住廉)
岩井優 パーククリーニング─もし晴れたら、公園で─[小金井アートフル・ジャック!プログラム]
会期:2010/03/01~2010/03/07
シャトー小金井[東京都]
さまざまなところでさまざまなクリーニングを手掛けている岩井優の個展。今回は空き店舗の空間内に公園から持ち込んだ大量の落ち葉を敷き詰めた。会場の奥には落ち葉の山がそびえ立ち、訪れた子どもたちにとっては格好の遊び場だったが、周囲には色とりどりの液体が入れられた梅酒の赤フタ瓶が置かれていて、それらはよく見ると数々のゴミを液体洗剤に漬けたものだった。タイトルに暗示されているような牧歌的な雰囲気と毒々しい文明の利器。その両極を丸ごとひっくるめたリアルな美学を、岩井はまさぐりだそうとしているようだ。
2010/03/05(金)(福住廉)
横浜市民ギャラリーをかけぬけたアヴァンギャルドたち
会期:2010/03/02~2010/03/23
横浜市民ギャラリー[神奈川県]
「全日本アンデパンダン」や「今日の作家展」など、1964年以来さまざまな前衛美術に発表の場を提供してきた横浜市民ギャラリーのコレクション展。池田龍雄、岡本太郎、草間彌生、斎藤義重、菅木志雄など、戦後の日本美術を代表する美術家たちによる作品、およそ40点が展示された。なかでもとりわけ鮮やかな魅力を放っていたのが、吉仲太造の《碑》(1964)。新聞の株式欄や不動産欄を切り貼りした大きなコラージュ作品で、眼を凝らして見ると、現在とは比べものにならないほどの低廉な価格に驚かされる。一見すると乱雑に貼り重ねられているようだが、全体を見通してみれば、新聞紙の断片が規則的に並んでおり、美しい模様を描いていることに気づかされる。株式と不動産という記号から、この作品は「資本主義経済そのもののデスマスク」(大岡信)とか「戦後日本の鎮魂のモニュメント」(光田由里)などといかにも大袈裟に評価されているが、それほど話を高尚なレベルに飛躍させなくても、これは誰がどう見ても、明らかに地図である。それは、貼りつけられた新聞紙が江戸切絵図のように上下左右バラバラな方向に向けられているからであり、なおかつ全体的には吉仲が生まれ育った京都の街並みを彷彿させるからだ。規則正しい模様は、御所を中心に碁盤目状に路地が行き交う京都の都市構造と明らかに対応している。数字と記号が充溢したこの街の中で、おまえはいったいどこに立っているのか? 吉仲の作品は静かにそう問い掛けているのだ。
2010/03/02(火)(福住廉)