artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

小谷元彦展 Hollow

会期:2009/12/17~2010/03/28

メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]

小谷元彦の新作展。展覧会のタイトルにもなっている《Hollow》シリーズなど、10点が発表された。人体を構成する鋭角上の突起物が天に逆上していくような形態と白で統一した色彩によって、彫刻らしからぬ浮遊感を醸し出すのが特徴だが、ここには重力にもとづいた彫刻というジャンルへの反逆的な態度が貫かれている。反重力という志向性は、たしかに21世紀的であり今日的なモチーフなのだろう。けれども肉眼で作品を見た実感でいえば、どうにもこうにも粗雑な仕上がりが目について仕方がない。表面の処理が甘いからなのか、曲線が有機的に描き出されていないからなのか、フォトジェニックな魅力とは裏腹に、いくら実物を見ても視線の快楽が満たされることがないのである。そうした視線の寄る辺なさこそ、あるいは反重力的な彫刻を見るという矛盾した経験を如実に物語っているのかもしれない。しかし、究極的には、私たちは肉眼で鑑賞するほかなく、つまり「重力の圏内」から逃れられない以上、重力に規定された視線に耐えうる造形物をつくりだす必要があるのではないだろうか。重力と反重力のせめぎあいをよりいっそう極限化する余地が残されているように思えてならない。

2010/01/07(木)(福住廉)

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菅原健彦 展

会期:2009/11/15~2009/12/27

練馬区立美術館[東京都]

日本画家、菅原健彦の回顧展。卒業制作の作品から近作まで40点あまりの作品が発表された。モチーフは都市の市街地や廃墟、自然の桜や渓谷などさまざまだが、それらが荒々しいストロークによって描き出されて、きわめて密度の濃い画面を構築している点は共通している。日本画的なモチーフと技法にもとづきながらも、キーファーのような表現主義的な色合いを兼ね備えた画面といってもいい。その躍動感や疾走感が都市や自然の生態を効果的に表わしていた点は評価したいが、本展のために制作された《雲龍図》と《雷龍図》はどういうわけかトーンダウンしていた。密度の薄い画面は、たんに図像を再現しているようにしか見えず、しかもそのイメージ性もきわめて貧弱である。これまでの作品の迫力が圧倒的だっただけに、弱さが際立ってしまっていたようだ。

2009/12/25(金)(福住廉)

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中村明弘 写真展「時空のスパイラル・熱海」

会期:2009/12/16~2009/12/29

銀座ニコンサロン[東京都]

温泉街・熱海の写真展。古き良き昭和の温泉街とキッチュなアイテム、そしていかにも平成的な高層マンションが共存する街並みが写し出されていた。東京などの大都市に比べると圧倒的に土地が狭く、丘陵地に建物が密集しているせいか、新旧の建造物が重層的に折り重なっている様子が、じつにおもしろい。

2009/12/21(月)(福住廉)

河口龍夫 展 言葉・時間・生命

会期:2009/10/14~2009/12/13

東京国立近代美術館[東京都]

「グループ位」で知られる河口龍夫の回顧展。言葉や物質、時間、生命といったテーマに沿って150点ほどの作品が発表された。鉄の箱に閉じ込められ、発光を決して確認することができない電球や、広辞苑に記載されている言葉をその意味内容に対応した物に添付する《意味の桎梏》(1970)など、おもしろいものもなくはない。けれども、全体的に一貫しているのは、観念過剰な傾向と物としての作品に美しさを欠落させていること。物理学的な関心と作品の形式が一致していないといってもいい。あるいはその違和感が作家のねらいなのかもしれないが、鑑賞者の立場からすれば、たとえば同じ関西出身の野村仁が双方を有機的に統一しているのと比べると、この不一致が気になって仕方がない。電流を熱や光に変換するインスタレーション《関係─エネルギー》(1972)は、広い床面にガジェットを点在させた作品だが、空間の容量にたいして作品のボリュームが足りないため、なんとも侘しい印象を与えてしまっているし、そもそも電流を熱や光に変換するという発想じたいが貧弱である。現実世界の因果関係はもっと錯綜しているし、明確な因果関係を特定できないほど、偶然的であり流動的でもある。放射能を通さない鉛で植物の種子を封印したシリーズにしても、鉛の冷たさが伝わるばかりで、そこに閉じ込められる種子には何の可能性も感じられない。寒々しい未来しか待ち受けていないのではないかと絶望的な気分になってしまう。もちろん明るい未来など思い描くことはもはやできないのは事実だとしても、もう少し温もりのある未来を見てみたいものだ。そのためであれば、だれだって多少の放射能を浴びることも厭わないのではないだろうか。

2009/12/06(日)(福住廉)

おとし穴(特集上映「映像の中の炭鉱」)

会期:2009/11/28~2009/12/11

ポレポレ東中野[東京都]

目黒区美術館で催されていた「‘文化’資源としての〈炭鉱〉」展の第三部「映像の中の炭鉱」として催された映像プログラムのひとつ。1962年の勅使河原宏監督作品で、原作・脚本が安部公房、音楽監督に武満徹、音楽に一柳慧と高橋悠治。主演は井川比佐志、田中邦衛、佐々木すみ江、佐藤慶など。物語は炭鉱を舞台にしたサスペンスで、田中邦衛が扮する白いスーツの謎の男が次々と殺人事件を犯してゆく。安部公房=勅使河原宏の映画としては定番の不条理劇だが、この作品がおもしろいのは、生身の身体と死体、そして霊魂をそれぞれ同じ役者が演じ分けることによって、不可解な物語に独特のユーモアを添えているからだ。そのせいか、安部公房=勅使河原宏にしては珍しく笑いながら楽しめる映画になっている。資本家による陰謀を匂わせる結末にはいかにもイデオロギー的な偏りが見られるが、それを上回る映像美を見せるところが勅使河原作品の真骨頂である。ボタ山の鋭い稜線上で群れる野犬の影は、息を呑むほど美しい。

2009/12/02(水)(福住廉)