artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

野村浩「Doppelopment」

会期:2017/03/11~2017/04/22

POETIC SCAPE[東京都]

次々に新しいアイディアを思いついて、観客を楽しませてくれる野村浩。今回、東京・目黒のPOETIC SCAPEで開催された新作展でも、ユニークなシリーズを発表した。
一見、女の子たちを撮影した普通のスナップ写真なのだが、よく見ると、女の子の顔かたちや服装が同じなので双子なのだということがわかる。でも、どこか違和感がある。写真を見ているうちに、じわじわと野村の意図が呑み込めてくる。このシリーズは、一人の女の子を、少し場所をずらして撮影した画像を合成した「偽スナップショット」なのだ。じつは、野村は二卵性の双子の片われなのだという。今回の作品が、その出自から発想されたものであることは間違いないが、それにしてもうまくできている。自宅だけでなく、近所の公園、運動会、お祭りなどで撮影されているのだが、それらの場所とタイミングの設定が絶妙なのだ。スナップショットの撮り手としての能力がよほど高くないと、なかなかこれだけのクオリティを備えた写真を揃えるのはむずかしいのではないだろうか。見ていて、牛腸茂雄の『SELF AND OTHERS』(1977)のなかの、あの印象深い双子の女の子たちの写真を思い出した。むろん、そのあたりも充分に計算済みのはずだ。
タイトルの「Doppelopment」というのは野村の造語で、自分の分身を見る幻覚=「Doppelgänger」と、写真の現像を意味する「Development」を組み合わせている。このあたりのネーミングのセンスのよさも野村ならではだ。なお、展覧会にあわせて、写真集『Doppelopment Hana & Nana / Another daughter in the photos』(プリント付きの限定20部特別エディションあり)も刊行された。

2017/03/16(木)(飯沢耕太郎)

椎原治 展

会期:2017/03/04~2017/03/26

MEM[東京都]

椎原治(1905-1974)の1930~40年代の仕事に、再び注目が集まりつつある。2016年にはモスクワのマルチメディア美術館やパリ・フォトで作品が展示され、ドイツではONLY PHOTOGRAPHYシリーズの一冊として『OSAMU SHIIHARA』が出版された。今回のMEMでの展示は、ずっと兵庫県立近代美術館に寄託されたままになっていた300点余のプリントから、息子のアーティスト、椎原保がセレクトした31点によるものである。
椎原は、大阪の丹平写真倶楽部に入会して写真作品を本格的に制作・発表するようになる前は、画家として活動していた。東京美術学校で藤島武二に師事した(1932年卒業)という経歴はかなり特異なものだ。そのためか、同じ丹平写真倶楽部に属する安井仲治、上田備山、平井輝七、河野徹らのシュルレアリスムの影響を取り入れた「前衛写真」が、どこか付け焼き刃的な印象なのに対し、椎原の作品は絵画と写真の両方の領域を無理なく、自在に行き来しているように見える。彼が得意にしていた、ガラス板に直接油彩絵を描いて、印画紙に焼き付けた「フォト・パンチュール」(写真絵)の手法など、まさに画家としての素養が活かされたものといえる。
それに加えて、今回の展示で特に気になったのは、女性ポートレートやヌードに対する、彼のやや過剰なまでの執着である。残念なことに、1940年代になると戦時体制がより強化され、そのような写真は撮影も発表もむずかしくなってくる。短い期間ではあったが、その濃密で耽美的なエロスの追求は特筆に値するだろう。今回のセレクションには、街のスナップや風景など、これまであまり取り上げられなかったテーマの作品も含まれている。あらためて、椎原治という写真家の全体像を概観できる、より大きな規模の展覧会の開催が必要であると感じた。

2017/03/15(水)(飯沢耕太郎)

奈良原一高「華麗なる闇 漆黒の時間(とき)」

会期:2017/03/10~2017/04/24

キヤノンギャラリーS[東京都]

長期の入院が続く奈良原一高だが、奈良原一高アーカイブズ(代表・奈良原恵子)の手によって、出版や展覧会の企画が相次いでいる。写真と文章の代表作を集成した『太陽の肖像』(白水社、2016)に続いて、東京・品川のキヤノンギャラリーSでは「華麗なる闇 漆黒の時間(とき)」展が開催された。1965年に初めて訪れて以来、その魅力に取り憑かれて80年代まで撮影し続けた「ヴェネツィアの夜」のシリーズと、1960年代初頭のヨーロッパ長期滞在から帰国後に、日本の伝統文化をむしろエキゾチックな視点で捉え直した意欲作「ジャパネスク」(「刀」、「能」、「禅」の3シリーズ)をカップリングした展示である。
長年にわたって奈良原とコンビを組んできたグラフィック・デザイナー、勝井三雄が手掛けた会場構成(作品セレクトも)が素晴らしい。オリジナル・プリントからスキャニングしたというモノクローム印画を、通常よりやや高めに展示することで、シンプルだが力強い視覚的な効果を生み出していた。サン・マルコ広場に面する店の窓の灯りを捉えた連作は、小部屋の仕切りの中に封じ込めるように並べ、アルミフレームの縁の部分は目立たないように黒く塗るなど、展示全体に細やかな配慮がなされている。明確な展示プランによって、もともと奈良原の写真に内在していた「闇」への志向性を引き出した、クオリティの高いインスタレーションとして成立していた。島根県立美術館の「手のなかの空──奈良原一高1954-2004」(2010)に続く、本格的な回顧展も、そろそろ企画されていい時期だろう。それとともに、雑誌掲載の作品などをもう一度洗い直した「全作品集」の刊行も期待したい。

2017/03/15(水)(飯沢耕太郎)

潮田登久子「BIBLIOTHECA/ 本の景色」

会期:2017/03/08~2017/04/28

PGI[東京都]

「本の景色」はなぜか懐かしく、気持ちを落ち着かせる。僕自身が、つねに本の近くにいる生活を送っているためもあるのだが、書籍がそこにあると、古い友達や家族と一緒にいるような安心感を感じるのだ。だが、潮田登久子の写真集「本の景色“BIBLIOTHECA”」シリーズの完結を受けて、PGIで開催された展覧会を見て感じたのは、むしろ「本という物質」の奇妙な存在感だった。
『みすず書房旧社屋』(幻戯書房)、『先生のアトリエ』(USIOMADA)、『本の景色』(同)の3部作のうち、今回展示されたのは『先生のアトリエ』、『本の景色』からピックアップされた作品である。『先生のアトリエ』の「先生」というのは、潮田の桑沢デザイン研究所時代の恩師だった大辻清司で、写真には彼の自宅の地下にあったアトリエの本棚や机の周辺が写っている。『本の景色』のほうは、さらに撮影の範囲を広げて、早稲田大学図書館、国立国会図書館などの資料保存室、古書店、昆虫学者の書斎などに所蔵されている書物の佇まいにカメラを向ける。そこから見えてくるのは、本を構成する紙や皮などが、経年変化によって捲れたり、ふくれたり、破れたりしているありさまだ。紙魚や白蟻によって無数の、不思議な形の穴が空いてしまった書籍、湿気を吸って黴を呼び、ボロボロに崩れかけている紙の束、そこには思いがけない姿に変容しつつある「本という物質」のさまざまなあり方が、6×6判のカメラで緻密に、だが押しつけがましくない、ほどよい距離感を保って写しとられていた。
写真集の出来栄えも素晴らしい。特に『本の景色』は印刷、デザインも含めて贅沢な造本である(編集・デザインは島尾伸三)。20年以上の時間をかけた労作が、それぞれのかたちで写真集として結実したのはとてもよかったと思う。なお、同時期に原宿・表参道ヒルズ同潤館のGalerie412でも「本の景色“BIBLIOTHECA” 潮田登久子/出版記念写真展」(3月1日~18日)が開催された。規模は小さいが、3部作を万遍なくフォローしている。

2017/03/09(木)(飯沢耕太郎)

総合開館20周年記念 夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 総集編

会期:2017/03/07~2017/05/07

東京都写真美術館 3階展示室[東京都]

幕末・明治期の写真の研究はあまり目立つ分野ではないのだが、ここ10年あまりのあいだに新たな発見が相次ぎ、大きく進展している。その変化をもたらす大きな要因になったのが、東京都写真美術館で4回にわたって開催された「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史」展だったことは間違いない。2007年の「関東編」を皮切りに、「中部・近畿・中国地方編」(2009)、「四国・九州・沖縄編」(2011)、「北海道・東北編」(2013)と続き、今回その「総集編」が開催されることになった。
同館学芸員の三井圭司が主導したこの展覧会の企画は、まず全国の博物館、図書館、資料館などへのアンケート調査から開始された。アンケートを送付した7987機関のうち、2996機関から回答があり、そのうち358機関に写真が所蔵されていることがわかった。そのことによって、幕末・明治期の「初期写真」の全国的な分布が明らかになり、意外な場所、人物同士の写真の結びつきも見えてきたのだ。
これまでと同様に、今回の「総集編」でも「であい」、「まなび」、「ひろがり」という3部構成で写真が配置されている。西欧諸国から伝えられた写真術に日本人がどのように「であい」、その技術を「まなび」とり、いかに社会のなかに定着、拡大していったのか、そのプロセスを、重要文化財を多数含む実物の写真群でたどる展示は、じつに味わい深く、眼を愉しませてくれる。名刺版の肖像写真を少し高い場所に立てて展示し、写真台紙の表と裏を同時に見せる。また、アルバムを見せる時に、開いたページ以外の写真は複写して横の壁にスライド映写するといった、これまでの展覧会で積み上げられてきた観客への配慮も、すっかり板についてきた。今後の「初期写真」の展示企画の、モデルケースになっていくのではないだろうか。
展示作品の総出品点数が375点におよび、写真を所蔵する機関からの要請で展示期間が限られるため、会期中に4回の展示替えを行なうのだという。観客にとっては、やや不親切なスケジュールになってしまったのが残念だ。また、各作品のキャプションも、もう少し丁寧に、時代背景も含めて記述してほしかった。細かなことだが、そのあたりが少し気になった。

2017/03/06(月)(飯沢耕太郎)

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