artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

総合開館20周年記念 山崎博 計画と偶然

会期:2017/03/07~2017/05/10

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

山崎博自身が発案したという展覧会のタイトル「計画と偶然」がとてもいい。山崎の写真は、基本的に被写体に依拠するのではなく、カメラとフィルムという光学装置をある条件の下で使用し、そこに発生してくる「光学的事件」をあたう限り精確に捉えることをめざしている。そこには、「計画」を厳密な手続きで実行することが求められるのだが、実際にはもくろみどおりに事が運ぶことはまずない。代表作といってよい、海面から天空に躍り出る太陽の軌跡を、ND(減光)フィルターを使って長時間露光で写しとめた「HERIOGRAPHY」のシリーズにしても、天候、季節、雲の有無、海面の状態などによって、どんな画像が定着されるかは「偶然」に身を委ねるしかない。つまり「計画と偶然」という、おそらく写真表現のあり方を最も本質的に指し示す言葉の射程に、山崎の45年以上にわたる写真家としての軌跡が、すべて含み込まれているのだ。
今回、東京都写真美術館で開催された、美術館レベルでは最初の大規模展となる本展には、初期から近作まで、211点以上の作品が、ROOM1からROOM7まで、7つのパートに分けて展示されていた。それを見ると、きわめて多様なアイディアに基づく写真群であるにもかかわらず、揺るぎないものの見方が貫かれているのがわかる。自宅の窓からの眺めをさまざまな手法で撮影した「OBSERVATION 観測概念」(1974)と、最新作の「UNTITLED(水のフォトグラム)」(2017)の両方に、自分の手が写り込んでいるのが象徴的だ。山崎には、あくまでも自分の身体の位置にこだわりつつ、写真を媒介にして現実世界のあり方を観測・探究しようとする一貫した姿勢がある。あらためて、その弛みない写真家としての歩みを、じっくりと見直すことができた。
展示構成については、一言いいたいことがある。ROOM1からROOM7までの区分と、作品の並べ方とが、特に後半になると混乱してくる。各作品にはキャプションがついてないので、観客は入口で渡されるリストの番号を頼りに見ていかなければならないのだが、その番号順に作品が並んでいないので、より混乱に拍車がかかる。必ずしも年代順に展示する必要はないが、もう少しすっきりと会場を構成してほしかった。

2017/03/06(月)(飯沢耕太郎)

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田口芳正「反復3」

会期:2017/02/27~2017/03/05

トキ・アートスペース[東京都]

昨年、写真集『MICHI』(東京綜合写真専門学校出版局)を刊行した田口芳正が、東京・神宮前のトキ・アートスペースで新作展を開催した。『MICHI』は、写真を「撮る」ことの意味を徹底して検証する「コンセプチュアル・フォト」の極致というべき1977~79年の作品を集成した写真集だったが、今回展示された作品もその延長上にある。撮影機材はアナログカメラからデジタルカメラに変わり、プリントもモノクロームではなくカラー出力になっているが、制作の姿勢、方法論がまったく同じであることに、逆に感動を覚えた。
今回の「反復20161206」、「反復20170108」、「反復20170110」の3作品は、すべて同一のコンセプトで制作されている。被写体になっているのは、イチョウなどの枯葉が散乱している地面で、それらを1秒ごとにシャッターを切るように設定したインターバル・カメラで、ひたすら歩きながら撮影し続けていく。さらに、それらの画像をA3判にプリントアウトした用紙を、壁にグリッド状につなぎ合わせて貼り付ける。その数は各63枚で、縦横2.3m×4.8mほどの大きな作品に仕上がっていた。この作品にも、いつ、どこでシャッターを切るかを主観的に選択することを潔癖なまでに拒否し、機械的な「反復」のシステムに依拠していくという彼の方法論が明確に貫かれていた。だが、カメラやプリンターのちょっとした誤作動によって、被写体がブレたり、画像の色味が違ったりしているパートもある。そういうズレや揺らぎすらも、「意図通り」と言い切ってしまうところに、田口がこの「反復」のシリーズを制作・発表し続けている理由がありそうだ。写真という視覚媒体の存在条件を、ミニマルな表現として問いつめていく、いい仕事だと思う。
トキ・アートスペースでの新作の発表は、これから先も1年に1回のペースで続けていくという。次作がどんな風に展開していくのかが楽しみだ。同時に、『MICHI』の続編にあたる1980年代以降の作品も、写真集のかたちでまとめていってほしいものだ。

2017/03/03(金)(飯沢耕太郎)

佐伯慎亮『リバーサイド』

発行所:赤々舎

発行日:2016/12/08

佐伯慎亮(しんりょう)は1979年、広島県生まれ。2001年に第23回キヤノン写真新世紀優秀賞を受賞した。最初の写真集『挨拶』(赤々舎)を刊行したのは2009年だから、本作はほぼ7年ぶりの新作写真集ということになる。
切れ味の鋭い日常スナップという点においては前作と変わりがないのだが、そのあいだに結婚して3人の子供ができ、奈良に移り住み、近親者の死などの経験を重ねたことで、写真に深さと凄みが増してきた。もともと、彼の写真は「呼び込む」力が強いのだが、この写真集を見ると、まさにありえないような場面が写り込んでいる写真が異様に多い。例えばラストの写真、子供が崖の上の岩場のような場所に立っていて、その横に奇妙な顔のような形の白い石がある。石の頭の部分に手の影が映っているのだが、その手が誰のものなのか、なぜそこに写っているのか、どうも釈然としないのだ。そのような、奇跡としか思えない瞬間が写真集のあちこちに散在している。このような写真は、単純に神経を研ぎ澄まし技術を磨いたところで、そう簡単に撮ることができるものではない。佐伯は、たしか若い頃に真言宗の僧侶の修行をしていたはずだが、その時に身につけた感知力、認識力が、写真家の営みとして開花しつつある。
とはいえ、写真集を全体として見れば、オカルト的な歪みや捻れなど微塵も感じさせない、気持ちのいい、穏やかな雰囲気の写真が並んでいる。大竹昭子が写真集の帯に寄せた文章で「恩寵」という言葉を使っているが、たしかにそんな宗教的な気分もないわけではない。佐伯は確実に、現実世界を独特の視点から切りとる業を身につけつつある。

2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)

草野庸子「EVERYTHING IS TEMPORARY」

会期:2017/03/01~2017/03/13

QUIET NOISE arts and break[東京都]

草野庸子は1993年、福島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、2015年に第37回キヤノン写真新世紀で優秀賞(佐内正史選)を受賞している。今回の個展は写真集『EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)』(Pull the Wool)の刊行に合わせてのもので、カフェ・ギャラリーの壁面に大小の写真を撒き散らすように展示していた。
このところ、若い写真家たちが、フィルム使用のアナログカメラの写真を発表することが多くなってきている。デジタルカメラとともに育った彼らにとって、アナログのノイズの多いプリントが逆に新鮮に見えるのだろう。くっきりと、シャープに事物を捉えるよりも、コンパクトカメラや「写ルンです」の、ややふらつき気味のフレーミングのほうが、「せつなさ」や「はかなさ」を定着するのに向いているように思えるのかもしれない。草野の写真にも、まさに「EVERYTHING IS TEMPORARY」という感情が、過不足なく写り込んでいる。白木の枠で壁面を囲って、その中に写真を並べたり、モノクロームとカラーの写真を併置したりするなど、作品のインスタレーションにも工夫が凝らされていた。
ただ、このままだと、「日々の泡」をすくい取っただけのありがちな写真で終わりそうだ。展示作品には花の写真が目につく。ジョエル・マイヤーウィッツの『ワイルド・フラワーズ』(1983)のように、日常の場面で花の姿を目にすると、かなり意識的にシャッターを切っているように見える。そのあたりに焦点を絞って作品化することも考えられるだろう。何を伝えたいのかをより明確に研ぎ澄ますとともに、意欲的に表現の領域を拡張していってほしい。

2017/03/02(木)(飯沢耕太郎)

「写真家金丸重嶺 新興写真の時代 1926-1945」

会期:2017/02/18~2017/03/03

日本大学芸術学部芸術資料館[東京都]

金丸重嶺(かなまる・しげね、1900-1977)の名前を知る人も少なくなってきたのではないだろうか。日本の広告写真の草分けの一人であり、戦後は日本大学芸術学部写真学科教授として写真教育に携わり、日本広告写真家協会(APA)会長など、写真界の要職を歴任した。だが、生前の名声と比較すると、没後はやや忘れられた存在になっていたように思える。「没後40年記念展覧会」として企画された今回の展示は、その彼が写真の世界で頭角を現わしていく1920~40年代にスポットを当てるものであり、約100点の写真作品と資料が出品されていた。
展示は「東京」、「金鈴社」、「P.C.L」、「満州」、「ベルリンオリンピック」、「欧州風景」、「国策宣伝」の7部で構成されている。写真家としてスタートした時期の初々しい写真群から、1926年に鈴木八郎とともに設立した「日本最初の商業写真スタジオ」である「金鈴社」の活動、1936年のベルリンオリンピックの取材とその後の欧州旅行、そして戦時体制下の国策宣伝への関与などが、手際よく紹介されていた。初めて見る作品・資料も多く、1930年代のモダニズム的な「新興写真」の担い手の一人でもあった彼の、写真家としての活動ぶりがくっきりと浮かび上がってきた。今後は、代表的な著書である『新興写真の作り方』(玄光社、1932)をはじめとして、戦前・戦後の写真界とのかかわりをより広く概観する展示を見てみたい。
なお、本展のカタログとして『FONS ET ORIGO Vol.XX, No.1 Spring 2017 没後40年記念 写真家金丸重嶺 新興写真の時代 1926-1945』(日本大学芸術学部写真学科)が刊行されている。

2017/03/01(水)(飯沢耕太郎)