artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2017

会期:2017/04/15~2017/05/14

二条城二の丸御殿ほか[京都府]

毎年4月~5月に京都市内の各地で開催されるKYOTOGRAPHIEも、5回目を迎えた。昨年くらいから、スポンサーの数も増え、充実した展示を見ることができるようになってきたが、今年はさらに規模が拡大し、国際的な写真祭としての運営スタイルがすっかり定着してきた。
今回の写真祭のテーマは「LOVE」。下手すると陳腐になりがちなむずかしいテーマだが、価値観が極端に引き裂かれたこの時代に、あえてシンプルなメッセージを発するという実行委員会(代表/ルシール・レイボーズ、仲西祐介)のメッセージが伝わってきた。ロバート・メイプルソープ、荒木経惟、ルネ・グローブリなど、国際的に名の知られている写真家だけでなく、老夫婦の日常を6年かけて撮影したハンネ・ファン・デル・ワウデの「Emmy's World」(嶋臺ギャラリー)、失踪して命を絶った従兄弟とその祖母を追った吉田亮人の「Falling Leaves」(元・新風館)、沖縄の戦争の記憶を掘り起こした山城知佳子の「土の唄」(堀川御池ギャラリー)など、地味だが着実な仕事をしている作家にきちんと目を向けている。全体的に、ぎりぎりのバランスで構成されたスリリングなラインナップが実現していたと思う。
歴史的建造物、寺院、町家、蔵などの、京都らしい環境を活かしたインスタレーションに力を入れているのも、KYOTOGRAPHIEの特徴といえる。特に今回は、二条城二の丸御殿台所、東南隅櫓で開催されたアーノルド・ニューマン「マスタークラス─ポートレートの巨匠─」展が出色の出来映えだった。おおうちおさむによる展示構成は、鏡を含めたパネルを巡らせ、観客を魅惑的な視覚の迷路に誘い込むようにつくられていた。写真作品をただ見せるのではなく、どの展示も視覚効果に気を配って注意深く練り上げられていることは、特筆してよいだろう。
実行委員会が主催するメインの展覧会だけでなく、サテライト展示の「KG+」も50以上に増えて、充実した内容のものが多かった。シンポジウム、ポートフォリオレビューなども含めて、これだけの数の企画を一日で回るのはむずかしい。だが、何日かかけてじっくり見てみたいと思わせるような写真祭に成長しつつあるのは確かだ。

2017/04/15(土)(飯沢耕太郎)

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花代「hanayoⅢ」

会期:2017/04/08~2017/05/13

タカ・イシイ・ギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

昨年、ベルリンで生まれた娘の点子をテーマに沢渡朔と共作した写真集(『点子』Case Publishing)を刊行し、写真展(ギャラリー小柳)を開催したことで、花代の写真家、アーティストとしての活動にはひとつの区切りがついたようだ。今回のタカ・イシイ・ギャラリー フォトグラフィー/フィルムでの3回目の個展は、原点に回帰するとともに、新たな方向に踏み出していこうという強い意欲を感じさせるものになった。
長年愛用しているハーフサイズのオリンパスペンで撮影された写真群は、何が写っているかということにはほとんど無頓着に、色彩とテクスチャーの戯れにのみ神経を集中しているように見える。その眩惑的なイメージは、まさに何かが生まれ落ちようとしている未分化のカオスそのものだ。さらに今回は静止画像だけでなく、8ミリフィルムによる映像作品も出品している。生まれたばかりの赤ん坊、ウーパールーパー、唇や指、水面の反射などを写したループ状のフィルムには、引っ掻き傷やドローイングが加えられ、映写機がキシキシ、カタカタとノイズを発しながら壁に映像を投影していた。写真、映像を一体化したインスタレーションは、まだとりとめのないつぶやきの反復の段階だが、むろん目指すべきなのは成長や完成ではなく、この子宮内の胎児の段階に永遠に留まり続けることなのではないだろうか。
ギャラリーに置かれていたプレス用のペーパーには、展覧会の協力者として畠山直哉と手塚眞の名前が挙がっていた。かなり異質なこの2人を取り込んでしまうところに「花代ワールド」の広がり具合を見ることができそうだ。

2017/04/13(木)(飯沢耕太郎)

露口啓二『自然史』

発行所:赤々舎

発行日:2017/03/01

これまでは、自身が住んでいる北海道の風景を中心に撮影してきた露口啓二だが、今回赤々舎から刊行された写真集『自然史』では、その撮影範囲が大きく広がってきている。北海道の沙流川と漁川の流域、空知地方の炭坑跡だけではなく、東日本大震災の被災地(岩手県、宮城県、福島県)、福島原子力発電所事故による帰還困難区域、同区域の境界線の周辺、その外側の居住制限区域と避難指示解除準備区域、さらに露口の生まれ故郷である徳島に近い吉野川流域にまで視線を伸ばしているのだ。
このシリーズもまた、先に紹介した大塚勉と同様に、東日本大震災を契機として、変質していく風景のあり方を、写真を通じて探究・定着しようとする取り組みといえる。だが、露口のアプローチは、あくまでも個人的、偶発的な写真撮影の行為を基点とする大塚と比較すると、『自然史』というタイトルにふさわしく、より客観的、包括的であり、厳密な方法論に裏打ちされたものだ。注目すべきなのは、緻密に組み上げられたカラー写真の画面のそこここで繰り広げられている、自然と人工物の争闘のすがたである。漁川の「本流シチラッセ」の河岸に散らばっている食器類や酒瓶、夕張市近辺の炭鉱地帯の廃屋、福島の帰還困難区域に凶暴なほどの勢いで生い茂っていく植物群など、露口の写真のあちこちに、複雑に絡み合う自然と人間の営みの断面図が、上書きに上書きを重ねるように錯綜しながら露呈している。
ただ、写真に地名、あるいは「N37°35' E140°45' 12"_2016」というふうに、緯度/経度をキャプションとしてつけるだけでは、そこに写しとられた重層的な時空間の構造を明確に伝えるのはむずかしい。露口は旧作の「地名」(1999~2004、2015に再開)のキャプションに、アイヌ語の音に即した和語の地名と、その元になったアイヌ語の地名とその原義を併記したことがあった。この「自然史」の連作においても、そのような、より広がりを備えたテキスト操作が必要になってくるのではないだろうか。

2017/04/12(水)(飯沢耕太郎)

大塚勉「ある日・2016年11月16日・晴れ・福島」

会期:2017/04/01~2017/04/30

Gallery Photo/synthesis[東京都]

大塚勉は「Incognito」(1986~87)、「地の刻」(1992~93)など、印画紙を池や沼に長期間沈めて、画像を思いがけない色やフォルムに変容させるシリーズを発表してきた。東日本大震災以後に制作した作品も、最初の頃は、銀塩抽出現像という特殊な技法を用いてプリントしたり、郡山市深沢の酒蓋公園の池に印画紙を沈めたりするなど、以前の延長のような作品だった。ところが、2015、16年にGallery Photo/synthesisで開催された個展「断たれた土地」、「川の臭い」の連作では、ストレートな撮影、プリントを試みるようになる。今回の「ある日・2016年11月16日・晴れ・福島」の展示では、その傾向がさらに強まってきていた。
タイトルが示すように、今回のシリーズは2016年11月16日に「福島県楢葉町・常磐線木戸駅周辺の一日の記録」として撮影されたものだ。大塚は大事故を起こした福島第一原子力発電所から南に約17キロ、避難地域との境界線近くにある楢葉町をゆっくりと歩きつつシャッターを切っている。展示された26点の写真に写っている風景は、その歩行の軌跡をなぞるように、微妙に重なり合いながら並んでいた。大塚が、なぜこの日にこの地域を撮影したのかというについては、偶然の要素が多く含まれているようだ。だが、当然ながらその制作のプロセスには、その土地にまつわりつく時間と記憶が畳み込まれてくる。「震災後」の風景の変質を、写真を通じて確認していくユニークなシリーズとして育ちつつあるのではないだろうか。震災時に土地の液状化で大きな被害を受けた千葉県浦安市(大塚の出身地でもある)を撮影した「断たれた土地」、「川の臭い」とあわせて、今後の展開を注意深く見守っていくべきだろう。

2017/04/09(日)(飯沢耕太郎)

PHOTOGRAPHER HAL「Flesh Love Returns」

会期:2017/04/03~2017/04/09

Place M[東京都]

PHOTOGRAPHER HALは2004年頃から「カップル」を中心に撮影するようになった。最初は狭いバスタブで撮影していたが、そのうち寝具収納用のビニールパックに2人を封じ込めるというアイディアを思いついた。ほぼ真空状態の中で抱き合っている「カップル」の姿は、メタフォリカルであるとともに、視覚的なインパクトも強い。今回のPlace Mの写真展では、2015年以降に撮影した新作を集成した写真集『Flesh Love Returns』(冬青社)から31点を選んで展示していた。
以前の同シリーズと比べてみると、「カップル」の周辺の環境をしっかりと写し込んでいる。今回の撮影に際して、HALは「カップルを彼らにとって一番大切な場所で撮影する」というコンセプトを貫いた。「一番大切な場所」をあらかじめ彼らに選んでもらい、そこに機材を持ち込んで撮影したのだ。当然、部屋の中だけでなく野外での撮影も多くなり、制約の多い公園や街頭での撮影は困難を極めたという。その甲斐があって、2人の関係のあり方を観客に想像させる回路がとてもうまくできあがっていて、見所の多いシリーズとして成立していた。
今回は日本だけでなく、オランダ、ベルギー、香港でも撮影している。さらにいろいろな場所に撮影範囲を広げるのも面白そうだが、逆に地域や集団を限定していく方向もありそうだ。作品が発するポジティブなエネルギーを大事にしつつ、さらに次の展開を考えていってほしい。なお、冬青社から作品57点をおさめた同名の写真集が刊行されている。

2017/04/09(日)(飯沢耕太郎)