artscapeレビュー
殿村任香「orange elephant」
2016年05月15日号
会期:2016/03/09~2016/04/02
ZEN FOTO GALLERY[東京都]
母親と恋人との情事を撮影した、あの衝撃的な『母恋 ハハ・ラブ』(赤々舎、2008)、クラブ勤めの日常を活写した『ゼィコードゥミーユカリ』(ZEN FOTO GALLERY、2013)。殿村任香の仕事には、いつでも白刃をひらめかせるような凄みを感じる。だが、今回ZEN FOTO GALLERYで展示され、同名の写真集も刊行された「orange elephant」のシリーズは、どちらかと言えばおとなしげで、穏やかな微光に包み込まれているように感じた。「祖母」を撮影した一枚を除いては、そこに何が写っているのかさえ判然としない。最初に見た時には、どこか弱々しい印象さえ受けてしまった。
どんな写真家でも、長くハイテンションを保ち続けるのはむずかしいので、殿村もそういう時期に来ているのかもしれないと思った。だが、何度か見直しているうちに、このシリーズも一筋縄ではいかない、したたかな作品であることがじわじわと見えてきた。今回殿村が狙いを定めているのは、これまでのように、彼女の目の前に否応なしに出現してきた身も蓋もない現実ではない。むしろ現世の光景を、遥か彼方から見つめているような、あるいは「300年後の誰か」にメッセージを送ろうとしているような、遠い眼差しを感じさせる。「見えないものを見る」、あるいは「目を瞑って見る」ために、あえて幽体離脱を試みているような写真群なのだ。
その試みがうまくいったのかといえば、正直よく分からないところがある。だが、今回の展示にヴィヴィッドに反応したのが、ほとんど女性の観客だったということを聞いて、納得するところがあった。このシリーズでは、意味や観念ではなく身体レベルでの反応の速度と精度を、極限近くまで高めることで、それこそ子宮が共振するような視覚効果が生まれつつあるのかもしれない。
2016/04/02(土)(飯沢耕太郎)