artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

川本健司「よっぱらい天国N」/「よっぱらい天国M」

GALLERY SHUHARI/M2 gallery

会期:2013年8月22日~9月8日/8月26日~9月1日

今回、東京・四谷三丁目のGALLERY SHUHARIと新宿御苑前のM2 galleryで同時期に開催された「よっぱらい天国」展には、川本健司が2008年頃から撮り始めた同名のシリーズが展示されていた。川本は吉永マサユキが主宰するresist写真塾を卒業後、GALLERY SHUHARIを共同運営するメンバーのひとりである。同塾の出身者には、やや愚直なほどにひとつの被写体、同じテーマにこだわり続ける者が多いが、川本の「よっぱらい天国」もそのひとつだ。
タイトルが示すように、川本が撮影し続けているのは、東京とその周辺の鉄道の駅や広場、バス停などで酔っぱらってうたたねしている人物たち(ほとんどが男)である。確かに、よく目につく被写体には違いないが、なかなか長期間にわたってシャッターを切り続けるのは難しいはずだ。彼も最初は何気なくカメラを向けたのではないかと思うが、そのうち彼らの存在の面白さに気がつき、集中して撮り続けるようになったことが想像できる。このような無防備な姿を、何の躊躇もなく人目にさらすことができる国はそれほど多くないはずで、これだけ数が増えてくると、日本の現代社会を象徴する光景として分析の対象になるのではないかと思う。貴重なドキュメンタリーであり、労作と言えるのではないだろうか。
ただ最初は35ミリカメラで、次は4×5判の大判カメラで、最終的には6×7のフォーマットで撮影するようになって、画面の中の酔っぱらいの男たちのたたずまいが、おさまりがよく、ほぼ均一に見えてくるのが気になる。背景となる風景とのバランスに気を取られすぎて、当初の異様な雰囲気が薄れてしまっているのは、それでいいのだろうか。資料的価値だけではなく、表現としての可能性を再考する時期に来ているのかもしれない。

2013/09/05(木)(飯沢耕太郎)

吉田和生「TB」

会期:2013/08/30~2013/09/23

hpgrp GALLERY TOKYO

吉田和生は1982年、兵庫県生まれ。2004年に滋賀県立大学人間文化学部卒業後、グループ展などを積極的に組織し、「群馬青年ビエンナーレ2012」では大賞を受賞するなど、意欲的な活動を展開してきたのだが、やや意外なことに今回の東京・原宿のhpgrp GALLERY TOKYOでの展示が初個展になるのだという。
彼の仕事は、身の回りの光景や東日本大震災の被災地などを撮影した時代性、社会性がやや強い作品と、より抽象度が大きいデジタル処理による構成的な作品に大別されるが、今回の「TB」展は後者に大きく傾いている。「Sky Scape」「Sheet Scape」など、タイトルに「Scape(風景)」という言葉は入っているが、現実の風景ではなく、画像にノイズを入れたり、スキャニングの過程で紙を動かしたり、インクをはじく透明シートにプリントアウトしてドット状のパターンを作ったりして、とても込み入ったデジタル的な「Scape」を形成していく。そうやって出来上がった画面が、ある種の「自然」の一部を思わせる形状、構造を備えているように見えてくるのが面白い。「Sky Scape」のシリーズは、画面がちょうど2分割されていて、あたかも空、水平線、海のようでもある。これは明らかに、杉本博司のよく知られた作品「Seascapes」への軽やかで的確な批評だろう。
この世代から、写真に対する新たな思考と実践が芽生えてこないかと、以前から期待していたのだが、吉田がその有力なひとりであることが、今回の個展で証明されたのではないかと思う。

2013/09/04(水)(飯沢耕太郎)

牛腸茂雄「見慣れた街の中で」

会期:2013/08/31~2013/09/22

MEM[東京都]

牛腸茂雄の『見慣れた街の中で』(1981)は、彼が遺した3冊の写真集(ほかに『日々』1971、『SELF AND OTHERS』1977)のなかで、最も評価が難しいものかもしれない。『日々』は桑沢デザイン研究所時代以来のスナップショットの修練の賜物というべき写真集だし、『SELF AND OTHERS』の緊密な構成、完成度の高さは、代表作と呼ぶのにふさわしい。だが、『見慣れた街の中で』は当時としては珍しくカラー・ポジフィルム(コダクローム)を使っているのを含めて、どうもおさまりが悪い写真集だ。一見すると、どうということもない街の一角を切り取ったスナップとしか思えないこのシリーズで、牛腸が目指していたものが何だったのか、うまく伝わらないもどかしさを彼自身も感じていたのではないだろうか。
だが、最近になってこの写真集の持つ魅力と可能性が、あらためて見えてきたような気がしてならない。いわゆる「ニューカラー」の先駆ということだけではなく、牛腸は確信的に曖昧な街の雑踏を切り取ることで、彼にしか見えない「もう一つの現実」を浮かび上がらせるという力業を試みようとしていたのだ。それだけでなく、どこかふわふわと宙を漂うような写真群を見ていると、2年後に亡くなる牛腸が、すでに死の予感を覚えつつ撮影を続けていたように思えてならない。時折、「見慣れた街」がこの世ならぬ眺めに見えてきて、震撼させられることがある。
今回のMEMの展示では、ポジフィルムをスキャニングして再プリントすることで、これまでとは見違えるほどのクリアーな画面を実現することができた。光と闇のコントラストがより強まるとともに、コダクローム特有の赤や黄色の発色も鮮やかになってきている。そのことによって、牛腸の言う「人間存在の不可解な影のよぎり」が、逆にくっきりと見えてきたのではないだろうか。
なお、本展は牛腸茂雄の没後30年記念企画の一環として開催されたものであり、9月24日~10月14日には彼の子どもを被写体とした写真群を集成した「こども」展が同じ会場で開催される。また新編集の写真集『見慣れた街の中で』(山羊舍)と『こども』(白水社)も同時に発売される。新装版の『見慣れた街の中で』には、個展では発表されたが前の写真集には未収録の作品、27点もおさめられている。牛腸の仕事の広がりをあらためて確認するいい機会になるはずだ。

2013/08/31(土)(飯沢耕太郎)

田中雄一郎「ATLAS BLACK」

会期:2013/08/24~2013/09/22

photographers' gallery[東京都]

田中雄一郎は1978年、埼玉県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科在学中から写真作品を発表しはじめ、現在は九州産業大学大学院に在籍しながら精力的に個展などを開催している。今回、東京・新宿のphotographers' galleryのメンバーになることになり、年2回ほどのペースで展示することが決まった。写真家としての潜在能力の高さは、以前から注目していたのだが、コンスタントに作品を発表することで、さらなる飛躍が期待できそうだ。
今回展示された「ATLAS BLACK」は、2006~09年頃に東京とその周辺で撮影されたモノクロームのスナップショットのシリーズ。大伸ばし3点を含む24点の作品にどこか既視感を覚えるのは、それらが1960年代後半の森山大道、中平卓馬らの作品から脈々と流れる都市のストリート・スナップの流れに、ぴったりとおさまってしまうからだろう。ややカメラを傾けたアングルや、人工光への鋭敏な反応なども、どちらかと言えば目に馴染んできたものだ。そのことを特に否定的に捉える必要はないが、やはり「そこから先」を見てみたい気がする。路上に記された矢印や「国道15号」とい行った表記、廃車のボンネットの埃を指でなぞった落書きなど、グラフィックな要素をより強調するのも面白いかもしれない。
これから先は、2010年から撮影を開始したブラジルの写真や、カラー写真のスナップなども順次展示していく予定だという。photographers' galleryという絶好の環境を活かして、新作にも意欲的に取り組んでいってほしいものだ。

2013/08/27(火)(飯沢耕太郎)

井上孝治「『音のない記憶』写真展」

会期:2013/08/20~2013/09/01

アートガレー[東京都]

井上孝治(1919~93)は1955年から福岡市でカメラ店を経営しながら撮影を続けた写真家。3歳のときに事故で聴覚を失うが、その聾唖のハンディゆえに逆に視覚世界に対して鋭敏な感覚を発揮するようになったのかもしれない。そのスナップショットの切れ味にはただならぬものがあり、被写体に対する素早く柔らかな眼差しの向け方は、多くの人たちを引きつけてやまない魅力を備えている。
1989年、福岡のデパート岩田屋の広告キャンペーンに写真が使われたのをきっかけにして、彼の写真の仕事が注目されるようになり、写真集『想い出の街』(河出書房新社、1989)が刊行されて大きな反響を呼んだ。また、井上の写真と人柄に魅せられたフリーライターの黒岩比佐子は、長期間にわたって取材を重ね、1999年に評伝『音のない記憶』(文藝春秋)を上梓する。これが、その後多くの力作評論を刊行し、2010年に惜しまれつつ亡くなった黒岩のデビュー作となった。今回の東京・神楽坂のアートガレーでの展覧会は、井上の代表作70点を黒岩の『音のない記憶』の記述と重ね合わせる構成になっていた。
あらためて井上の作品を見直すと、彼が写真を撮影することに注ぎ込んだ情熱とエネルギーの大きさに圧倒される思いを味わう。アマチュア写真家という範疇にはおさまりきれない写真家としての意欲が、ぴんと張りつめた画面にみなぎっているのだ。今回は福岡の自宅の周辺で撮影された路上スナップだけでなく、1959年の沖縄滞在時の写真や、1975年のヨーロッパ旅行のときの写真も併せて展示されていた。これらも含めて、テーマ別に井上の写真の世界を再構築してみるのも面白いかもしれない。

2013/08/25(日)(飯沢耕太郎)