artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

第29回東川賞受賞作家作品展

会期:2013/08/10~2013/09/04

東川町文化ギャラリー[北海道]

1985年に北海道上川郡東川町でスタートした東川町国際写真フェスティバル(東川町フォトフェスタ)も、今年で29回目を迎えた。「写真の街」を宣言し、高校生の写真部員が集う「写真甲子園」も20回目になるなど、夏の北の大地を彩る恒例行事として完全に定着している。ほかにもポートフォリオレビュー、トーク、スライドショーなどの多彩な行事が繰り広げられた。
東川町文化ギャラリーでは、本年度も東川賞受賞者による作品展が開催された。海外作家賞は、多民族国家の社会状況を軽やかに指し示す連作を発表するマレーシアの女性写真家、ミンストレル・キュイク・チン・チェー。ほかに国内作家賞の川内倫子、新人作家賞の初沢亜利、北海道をテーマにした作品に与えられる特別作家賞の中藤毅彦、長年写真界に貢献した写真家に与えられる飛騨野数右衛門賞の山田實の作品が展示された。いつものように、まったく作風も経歴も違う写真家たちの作品の展示だが、不思議とバランスがとれているように感じるのが興味深い。また、1950年代から沖縄の庶民の暮らしを記録し続けてきた山田實のような、あまりじっくり見る機会のない写真家の代表作が並んでいるのも嬉しい。晴れがましい賞にはそれほど縁がなさそうな写真家たち(今回で言えば初沢亜利や中藤毅彦がそうだ)にきちんと目配りしているのが東川賞の特徴であり、彼らの作品を受賞作家作品展で見るだけでも、わざわざこの街まで足を運ぶ価値があるのではないだろうか。
僕自身は「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2013」の審査員を務めた。同オーディションの審査も今年で3回目になるが、毎回力作が寄せられる。今年グランプリをダブル受賞した青木陽、堀井ヒロツグの作品のレベルの高さは、特筆に値するものだった。
8月10日の夜は、ビールを手にジンギスカンに舌鼓を打ちながら、受賞者、ゲスト、ボランティア、観客などが一堂に会する「ミーティングプレイス」で大いに盛り上がった。フォトフェスタは、多くの写真関係者の出会いと交流の場としても大事な役割を果たしている。

2013/08/10(土)(飯沢耕太郎)

原芳市「常世の虫」

会期:2013/07/31~2013/08/13

銀座ニコンサロン[東京都]

原芳市は昨年のサードディストリクトギャラリーでの個展に続いて、2013年3月に写真集『常世の虫』(蒼穹舎)を刊行した。今回の銀座ニコンサロンでの個展は、そこにおさめられた作品60点によるものである。
「常世の虫」というのは、『日本書紀』巻24の「皇極天皇3年(644年)」の項に記された宗教弾圧事件のことだ。大化の改新を翌年に控えたこの年、アゲハチョウの幼虫を「常世の虫」として拝み、踊り狂うという奇妙な教団が静岡に出現し、急速に勢力を伸ばした。当然、世を惑わす危険分子として彼らはすぐに鎮圧される。わずか12行あまりのこの文章に心惹かれた原は、虫と人間の営みを融通無碍に対比、並置させるような写真シリーズを制作することをもくろんだ。それが今回展示された「常世の虫」だ。
「人は死んで虫に化身するという伝説を聞きます。本当なのかもしれません。『常世の虫』を得たことで、ぼくは、とても、自由な気分を味わっているのです」。会場に掲げられたこのコメントを見てもわかるように、「常世の虫」では、虫たちと人間の世界とは、隣り合い、混じりあい、常に入れ替わっている。蟻や尺取り虫や蛾が大きくクローズアップされた写真の横には、生まれたばかりの赤ん坊や死に瀕した老婆の写真が並び、その合間に稲妻がひらめき、花火が打ち上がる。エロスとタナトス、ミクロコスモスとマクロコスモス、光と闇とがめまぐるしく交錯する原の作品世界は、だがゆったりとした安らぎを保っており、見る者はそこで深々と呼吸することができる。このシリーズは彼の代表作となるべき作品であるとともに、「私写真」の伝統を受け継いだ日本写真の最良の成果のひとつと言えるだろう。

2013/08/09(金)(飯沢耕太郎)

米田知子「暗なきところで逢えれば」

会期:2013/07/20~2013/09/23

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

兵庫県出身で現在はロンドンとヘルシンキに在住している米田知子は、とても志の高い写真家だ。「歴史」「可視のものと不可視のもの」「写真というメディア」といった大きなテーマを、大胆に、だが決して気負うことなく着実に形にしていく。今回東京都写真美術館で展示された「暗なきところで逢えれば」は、国内では最初の本格的な回顧展である。代表作であり第二次世界体験の記憶が埋め込まれた場所を、そのディテールにこだわって撮影した「Scene」をはじめとして、「Japanese House」「見えるものと見えないもののあいだ」「Kimusa」「パラレル・ライフ:ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所」「サハリン島」「積雲」「氷晶」「暗なきところで逢えれば」(3面マルチスクリーンの映像作品)といった作品が、少し盛りだくさんな気がするくらいに並んでいた。
注目すべきは、2013年3月11日の東日本大震災を契機に撮影されたという「積雲」のシリーズだろう。「終戦記念日・靖国神社」「平和記念日・広島」「飯館村・福島」「新年一般参賀・東京」といった象徴性の強い日付と場所を選択し、いつものように細やかな配慮で写しとった写真群には、彼女の強い意志を感じ取ることができた。「日本が明治維新以降、列強諸国に比肩しようと民主化、近代化を進め、また世界を舞台に数々の戦争に賛同していった歴史と現在──ここ東京に滞在しながら、それが何を意味してきたかを、自分なりに考えている。[中略]われわれはどのような側面から客観視しても、欲に駆り立てられて存在しているのか。すべては不可視化されている」。問いかけは重いが、写真そのものは明晰で迷いがない。米田のような外国での生活が長い作家が、日本人としてのアイデンティテイを問い直すことは、それだけでも貴重な試みと言える。
なお同時期に、東京・清澄のShugo Artsでは、部屋とその内部をテーマにした「熱」「壁紙」などのシリーズを含む「Rooms」展(7月20日~9月7日)が開催された。

2013/08/04(日)(飯沢耕太郎)

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殿村任香「ゼィコードゥミーユカリ/母恋ハハ・ラブ」

Zen Foto Gallery[東京都]

会期:2013/7/31~9/7(8/11~16休)

殿村任香(とのむらひでか)のデビュー作『母恋ハハ・ラブ』(赤々舎、2008)は「女としての母、あるいは母としての女」の像を鮮烈に描き出して、見る者に重い衝撃を与える写真集だった。今回のZen Foto Galleryでのひさびさの個展には、その続編にあたる「ゼィコードゥミーユカリ」が展示されていた。闇の中にうごめく被写体を、手探りし、抱き寄せ、肌を擦りつけるように撮影していく撮影の仕方に変わりはない。だがその視線の強度と生々しさは、さらに強まっているように感じられる。
2008~2009年にかけて集中して撮影されたこのシリーズは、殿村の「歌舞伎町時代」の産物だという。新宿・歌舞伎町のお店では、彼女は「ユカリ」という源氏名を使っていて、それが今回のタイトルの由来になっている。前作のようなストーリー性はむしろ薄められており、至近距離から赤っぽい色調で撮影された男女の姿は、一瞬浮かび上がっては、再び濃い闇の奥に沈んでいく。その点滅を目で追ううちに、「もののあはれ」としか言いようのない感情が、押さえきれずに湧き上がって来るのを感じた。日本人の心性に強く根付いている無常観が、濃密な性の営みの描写を通して浮かび上がってくるのだ。
ふと、こういう作品がヨーロッパやアメリカでどんな評価を受けるのかを確かめたくなった。どこかで殿村の本格的な展覧会を開催できないだろうか。なお展示に合わせて、Zen Foto Galleryから同名の写真集も刊行されている。

2013/08/03(土)(飯沢耕太郎)

坂田栄一郎「江ノ島」

会期:2013/07/13~2013/09/29

原美術館[東京都]

坂田栄一郎のデビュー作は、ニューヨークのタイムズ・スクエアで道行く人々に声をかけて撮影したという「JUST WAIT」(銀座ニコンサロン、1970)である。その後、技巧的な趣向を凝らしたポートレート作品を中心に発表してきたが、今回東京・品川の原美術館で開催された「江ノ島」展には、彼の原点回帰というべき、気合いが入ったストレートな作品が並んでいた。
中心になっているのは、砂浜に広げられたレジャーシートの上にまき散らすように投げ出された衣服やグッズ類を、原色を強調して俯瞰するように撮影した「人のいないポートレート」のシリーズ。無人の光景ではあるが、たしかにそれらを所有する人物たちの姿が、ありありと、容赦なく浮かび上がってくるように感じる。この目のつけどころのよさは、さすがというしかない。こういうモノの側から照らし出す社会的ドキュメントは、もっと若い写真家たちが試みてもよさそうなものだが、これまではなかなか出てこなかった。都市圏と田舎の境界線上にある江ノ島という絶妙な場所の設定も、うまく働いているではないだろうか。
2Fの会場には、派手な化粧や水着の若者たちを、青空をバックに正面から撮影したポートレートが10点ほど並ぶ。これらは手法的にも、まさに「JUST WAIT」の現代版と言えるだろう。ほかに、やや文学的な陰翳を感じさせる「波」のシリーズがあったが、これは展示構成としてはやや余分だった気がする。

2013/07/31(水)(飯沢耕太郎)