artscapeレビュー
牛腸茂雄「見慣れた街の中で」
2013年09月15日号
会期:2013/08/31~2013/09/22
MEM[東京都]
牛腸茂雄の『見慣れた街の中で』(1981)は、彼が遺した3冊の写真集(ほかに『日々』1971、『SELF AND OTHERS』1977)のなかで、最も評価が難しいものかもしれない。『日々』は桑沢デザイン研究所時代以来のスナップショットの修練の賜物というべき写真集だし、『SELF AND OTHERS』の緊密な構成、完成度の高さは、代表作と呼ぶのにふさわしい。だが、『見慣れた街の中で』は当時としては珍しくカラー・ポジフィルム(コダクローム)を使っているのを含めて、どうもおさまりが悪い写真集だ。一見すると、どうということもない街の一角を切り取ったスナップとしか思えないこのシリーズで、牛腸が目指していたものが何だったのか、うまく伝わらないもどかしさを彼自身も感じていたのではないだろうか。
だが、最近になってこの写真集の持つ魅力と可能性が、あらためて見えてきたような気がしてならない。いわゆる「ニューカラー」の先駆ということだけではなく、牛腸は確信的に曖昧な街の雑踏を切り取ることで、彼にしか見えない「もう一つの現実」を浮かび上がらせるという力業を試みようとしていたのだ。それだけでなく、どこかふわふわと宙を漂うような写真群を見ていると、2年後に亡くなる牛腸が、すでに死の予感を覚えつつ撮影を続けていたように思えてならない。時折、「見慣れた街」がこの世ならぬ眺めに見えてきて、震撼させられることがある。
今回のMEMの展示では、ポジフィルムをスキャニングして再プリントすることで、これまでとは見違えるほどのクリアーな画面を実現することができた。光と闇のコントラストがより強まるとともに、コダクローム特有の赤や黄色の発色も鮮やかになってきている。そのことによって、牛腸の言う「人間存在の不可解な影のよぎり」が、逆にくっきりと見えてきたのではないだろうか。
なお、本展は牛腸茂雄の没後30年記念企画の一環として開催されたものであり、9月24日~10月14日には彼の子どもを被写体とした写真群を集成した「こども」展が同じ会場で開催される。また新編集の写真集『見慣れた街の中で』(山羊舍)と『こども』(白水社)も同時に発売される。新装版の『見慣れた街の中で』には、個展では発表されたが前の写真集には未収録の作品、27点もおさめられている。牛腸の仕事の広がりをあらためて確認するいい機会になるはずだ。
2013/08/31(土)(飯沢耕太郎)