artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

宮嶋康彦「Siberia 1982」

会期:2013/09/20~2013/11/16

gallery bauhaus[東京都]

1982年11月、31歳の宮嶋康彦はチェホフの『シベリアの旅』を読んだことをきっかけに、「日本人の起源」を求めてモスクワ経由でシベリアに旅立った。指導者のブレジネフの死後まだ間もない時期、ソビエト社会主義政権にはすでに荒廃の気配が色濃く漂い、崩壊への坂道を転がり落ちつつあった。若い写真家は、4×5判の大判カメラを抱え、KGB(国家保安委員会)のメンバーらしい男の尾行に遭ったり、フィルムを没収されたりといった苦労を重ねながら、辞書片手に人々に声をかけて写真を撮影し続けた。今回のgallery bauhausの個展では、これまで未発表だったその「Siberia 1982」シリーズから37点が展示されていた。
落日の愁いを帯びているかのような男女の表情、街のあちこちにある巨大なレーニンの彫刻や肖像画、特権階級のみが所有を許される最高級車チャイカ、氷結し始めているバイカル湖──戸惑いと逡巡を隠すことのない眼差しによって捉えられた光景からは、この時期にしか写しえなかったであろうリアリティを感じることができる。「モスクワの街に到着した日。街の一角が燃えていた。二度の大きな爆発音」。揺らぐ思いを伝えるキャプションも効果的だ。
展示作品はすべてプラチナ・プリントで仕上げられているのだが、その選択についてはやや疑問が残った。プラチナ・プリントは、中間部のグレートーンの諧調の豊かさに魅力がある。だが、このシリーズにはむしろ白黒のコントラスト、特に暗部の締まりが必要であるように思えるからだ。展示プリントと、同時に刊行された写真集(Office Hippo)のくっきりとした印刷との間に、かなりの違いがあるのも、混乱を招くかもしれない。

2013/10/15(火)(飯沢耕太郎)

原芳市「ストリッパー図鑑」

会期:2013/09/25~2013/10/20

汐花[東京都]

原芳市の快走はさらに続いている。今回、東京・根津のギャラリー、汐花(Sekka Borderless Space)で開催されたのは、1982年に刊行された写真集『ストリッパー図鑑』(でる舎)の収録作品の印刷原稿として使われた、6切りサイズのプリント22点である。
やや黄ばみかけたヴィンテージ・プリントを見ていると、身を捩るような切なさがこみ上げてくる。原はこれらの写真を1974~80年にかけて撮影したのだが、その時期、全国各地には300館近いストリップ劇場があり(現在はその10分の1ほど)、踊り子さんの数もかなり多かった。彼が丹念に劇場を回り、踊り子さんたちと細やかな交流を積み重ねながら撮影したこれらの写真群は、彼女たちの揺るぎのない存在感を見る者にしっかりと伝える。踊り子さんたちの優しいけれどこちらを強く見据える眼差し、愁いと諦めを含んだ表情、薄い裸の胸、やや弛んだ腰まわり、そして彼女たちの楽屋に散らばっているぺらぺらの衣装や化粧品の類──原が写しとったそれらの細部が、もはや二度と見ることができない輝きを発しているように感じるのだ。文字通り体を張って生き抜いている者だけに許された、奇蹟のような一瞬の集積。「ぼくが愛してやまない踊り子たちの誇り高き肖像」。まさに埋もれていた名作と言えるのではないだろうか。
なお、汐花では新宿の路上写真家、渡辺克巳が残した1960~70年代のポートレート作品を定期的に展示している。本展と同時期には、その3回目として「HAPPY STUDIO!」展が開催されていた。

2013/10/13(日)(飯沢耕太郎)

TOKYO 1970 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS 9

会期:2013/10/05~2013/10/29

アルマーニ/銀座タワー9階[東京都]

東京・銀座のアルマーニの9階にできた新しいスペースで「時代を挑発した9人の写真家たち」というサブタイトルの写真展が開催された。出品作家と作品は有田泰而「First Born」、沢渡朔「Kinky」、須田一政「わが東京100」、立木義浩「舌出し天使」、寺山修司「摩訶不思議な客人」、内藤正敏「東京」、細江英公「シモン 私風景」、渡辺克巳「新宿群盗伝」、そして森山大道の「写真よさようなら」(写真集未収録作)である。
見ていてどこか既視感がある写真が多いのは、キュレーションを担当した長澤章生が、かつて彼が銀座で運営していたBLD GALLERYで展示した作品が多いからだろう。BLD GALLERYは現在休廊中なので、そのコレクションをこういうかたちでお披露目しておくのは悪くないと思う。1970年代は日本写真の黄金時代であり、この時期の写真を幅広い観客に知ってもらうには、とてもいい企画ではないだろうか。ただ「時代のトリックスターであった寺山修司を座標軸に据え、それぞれ何らかの形で彼の磁場と引き合う関係にあった」写真家たちを取り上げるという企画者の意図は、あまりよく伝わってこなかった。顔ぶれがあまりにも総花的すぎるし、作品点数もやや多すぎた。須田一政が45点、渡辺克巳が39点、内藤正敏が30点という数は、それほど広くない会場では、あまりバランスのよい展示にはならない。もう少し点数を絞り込んで、ゆったりと見せてもよかったのではないだろうか。
会場に作家解説、作品解説がまったく掲げられていないのも気になった。一人ひとりの写真史的な位置づけがもう少しくっきり見えてくれば、観客の興味をもっと強く喚起することができると思う。

2013/10/10(木)(飯沢耕太郎)

横須賀功光/エドヴァ・セール「Shafts & Forms」

会期:2013/09/21~2013/11/22

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

EMON PHOTO GALLERYでは、2003年に亡くなった横須賀功光が遺した作品を定期的に発表している。今回は1964年の日本写真批評家協会新人賞の受賞記念展で最初に発表され、広告写真家としての彼のイメージを刷新した「射」(Shafts)シリーズから12点(ほかに「光学異性体」「光銀事件」から1点ずつ)が展示されていた。
注目すべきなのは、横須賀の写真とともにフランスの女性彫刻家、エドヴァ・セールのブロンズ彫刻作品が展示されているということだ。有機的なフォルムの物体が連なって形をとっていくセールの彫刻作品は、「射」の写真群ととてもうまく釣り合っているように感じた。金属製のオブジェを撮影した「射」は、横須賀の写真のなかでも最も抽象度の高い、見方によっては彫刻的と言える作品だからだ。
ただし横須賀がこのシリーズでもくろんでいるのは、オブジェそのものよりも、その周囲に広がる反射光の偶発的なヴァイブレーションを、銀塩のフィルムに定着することであり、一見彫刻のように見えるオブジェは、その「光銀事件」を引き起こすための装置にほかならない。その意味ではセールの「純粋彫刻」とはまったく質が異なる作品と言える。だが、逆に違ったタイプの作品が併置されていることで、活気あふれる展示空間が成立していたと思う。今回のような異種格闘技の展示は、横須賀の写真に限らず、これから先もっと積極的に企画されてよいのではないだろうか。

2013/10/09(水)(飯沢耕太郎)

熊谷聖司「はるいろは かすみのなかへ」

会期:2013/09/21~2013/11/03

POETIC SCAPE[東京都]

1994年、神奈川県の森戸海岸のひと夏を撮影した「もりとじゃねいろ」で第3回写真新世紀グランプリを受賞して以来、熊谷聖司は着実に写真家としての歩みを進めている。派手な活躍をしているという印象はないが、自費出版的なものも含めて、これまでに出した写真集、開催した個展の数だけでも相当多数になるのではないだろうか。
今回の「はるいろは かすみのなかへ」は2008年以来、故郷の北海道函館に近い大沼国定公園を、四季を追って撮影し続けているシリーズの第4作にあたる。「あかるいほうへ」(2008)、「鳥の声を聞いた」(2010)、「神/うまれたときにみた」(2011)と続いてきたこの連作も、夏、秋、冬と季節が巡り、今回の春のシリーズで完結することになる。熊谷はほかに、身近な場所を撮影し続けているスナップショットを、日々積み上げつつあるが、この風景写真のシリーズは、彼の創作活動のもうひとつの柱となっているように思える。
「風景」といっても、それほど仰々しいものではない。カメラを手に森や沼のほとりを歩き回る熊谷の足取りは軽やかで、肩に力を入れず、自然体でシャッターを切っている。今回の展示作品では、水面に細かな模様を描くさざ波やたなびく霞などが、写真家と被写体との間の距離をじんわりと溶解し、穏やかな対話が成立しているように感じた。写真という表現媒体を慎ましく、だが確実に使いこなしていこうとする熊谷の営みは、いまや実り豊かな収穫の時期を迎えつつあるのではないだろうか。

2013/10/06(日)(飯沢耕太郎)