artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

柳本史歩「生活について」

会期:2012/07/21~2012/07/31

コニカミノルタプラザ ギャラリーC[東京都]

柳本史歩は1990年代から、しっかりとした技術に裏づけられた、端正なモノクロームのスナップショットを発表し続けてきた。力のある写真家なのだが、自分の写真の世界をどのように展開していくのか掴み切れていないのではないかという思いがずっとあった。だが、今回の個展「生活について」を見て感じたのは、彼が素晴らしい鉱脈を掴みかけているのではないかということだった。
柳本は東日本大震災の前から、岩手県下閉伊郡山田町を何度となく訪ねて撮影を続けてきた。岩手県の太平洋沿岸、宮古と釜石の間にあるこの港町に通うようになったのは、いくつかの偶然の積み重ねだったようだが、海に生きる男たちが織り成す荒々しい光景のたたずまいは、彼の写真の質を少しずつ変えていったのではないかと思う。今回の展示からは、大きな痛手を受けながらも、次第に日常の秩序が恢復しつつある震災後の山田町の「生活」のディテールが、細やかに、だが力強く浮かび上がってくる。
写真に挟み込むように展示されているテキストが、効果的に働いていることにも注目すべきだろう。単純な解説ではなく、かといってまったくかけ離れているわけでもなく、彼が出会った光景や人々との関係を柔らかに描写していく文章が、写真ととてもうまく絡み合っている。むろん今回の展示は中間報告と言うべきものであり、今後さらに長期間の撮影を続けていくことで、「下閉伊サーガ」とでも言うべき写真=物語に育っていくことが、大いに期待できそうだ。

2012/07/31(火)(飯沢耕太郎)

第28回東川賞受賞作家作品展

会期:2012/07/28~2012/08/19

写真の町・東川町文化ギャラリー[北海道]

北海道上川郡東川町は1985年に「写真の町」を宣言し、毎年夏に東川町国際写真フェスティバル(フォト・フェスタ)を開催し始めた。今年はもう28回目ということで、僕は1980年代末からその変遷を見ているのでとても感慨深いものがある。最初の頃は町民との一体感がまったくなく、会場は閑散としていた。だが当地の夏祭りと同時期に開催されるようになり、全国の高校写真部の精鋭が集結する「写真甲子園」も話題を集めるようになって、近年は大いに盛り上がりを見せるようになった。写真の恒例行事として、完全に定着したのは素晴らしいことだと思う。
今年は「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション」のレビュアーのひとりとして招聘されたのだが、東川町文化ギャラリーで開催されていた「第28回東川賞受賞作家作品展」がかなり面白かった。フォト・フェスタの目玉でもある東川賞の今年の受賞者は、海外作家賞がアリフ・アシュジュ(トルコ)、国内作家賞が松江泰治、新人作家賞が志賀理江子、北海道ゆかりの写真家に与えられる特別作家賞が宇井眞紀子、地域に根ざした活動を長く続ける写真家を対象にした飛騨野数右衛門賞が南良和だった。この5人の組み合わせは、ジャンルも年齢も経歴もまったくバラバラなのだが、逆にそれが写真という表現メディアの広がりと可能性をさし示していて興味深いものだったのだ。
会場の入口から、南が1950年代以来撮影し続けている埼玉県秩父の記録写真、アシュジュのイスタンブールを撮影したパノラマ写真、松江の「地名の収集」として続けられている巨視的な風景作品、志賀の「Lily」「Canary」そして新作の「螺旋海岸」のシリーズ、宇井のアイヌの女性運動家、アシリ・レラの活動の記録が並ぶ。そのつながり具合が絶妙で、あたかも写真という生きものの体内を巡っているようなスリリングな視覚的体験を愉しむことができた。特に11月にせんだいメディアテークで本格的に展示されるという志賀の「螺旋海岸」は、現在の日本の写真表現を大きく左右していく可能性を秘めた重要な作品になっていくだろう。さまざまな貴重な出会いを誘発する場としてのフォト・フェスタの役割は、今後より大きくなっていくのではないかと思う。

2012/07/29(日)(飯沢耕太郎)

ZINE/ BOOK GALLERY 2012

会期:2012/07/01~2012/08/31

宝塚メディア図書館[兵庫県]

昨年からスタートした手づくり、あるいは自費出版の写真集を一堂に会する「ZINE/ BOOK GALLERY」が、今年も兵庫県宝塚市の宝塚メディア図書館で開催された。今年は応募総数123点、そのうち66点が入選作品として、さらに昨年の応募者を中心に28点が招待作品として会場内に展示された。昨年にくらべると、かなりクオリティが高くなっている。また、そのうち44点は実際に会場内で販売された。ZINEの愉しみのひとつは好きな本を購入できるということなので、これもとてもよかったと思う。
7月22日には、飯沢耕太郎、綾智佳(The Third Gallery Ayaディレクター)、堺達朗(Boos DANTELION代表)、寳野智之(MARUZEN & ジュンク堂梅田店芸術書担当)を審査員として、出品作からグランプリと個人賞を決める公開審査・公表会も開催された。ちなみにグランプリに選ばれたのは京都造形芸術大学在学中の22歳の若い写真家、石田浩亮の『ZINE(題名なし)』。
友人たちのカラフルなポートレートのシリーズだが、勢いのあるカメラワークと、テンポよく写真を並べていくレイアウトのうまさが高く評価された。僕が個人賞(飯沢賞)に選んだ、くたみあきら『ソファを運ぶ』もそうなのだが、ZINEにはやはり一般的な写真集とは違う独特の表現領域があると思う。思いつきをどんどん形にしていくスピード感、用紙の選択やデザイン、レイアウトなどの自由度の高さなど、ZINEならではの面白さをもっと大胆に追求していってほしい。こういうイベントの積み重ねから、いい作家が出てきてほしいものだ。

2012/07/22(日)(飯沢耕太郎)

岸幸太「Barracks」

会期:2012/07/19~2012/08/10

photographers' gallery/ KULA PHOTO GALLERY[東京都]

岸幸太の作品は、2011年8~9月のKULA PHOTO GALLERYでの個展「The books of smells」のあたりから、そのフェイズが大きく変わってきた。それまでのように、東京・山谷、横浜・寿町、大阪・釜ヶ崎などのドヤ街の路上で撮影されたスナップ写真を、ストレートに引き伸ばして展示するだけではなく、プリンターで出力した画像をさまざまな材料にプリントして、インスタレーションしていく方向にシフトし始めたのだ。
前回の展示では新聞紙に出力していたのだが、今回のphotographers' gallery/ KULA PHOTO GALLERYの個展ではそれがさらにエスカレートして、拾い集めた廃材、床の材料、プラスチック製品などに直接プリントを貼り付けている。しかも画像がプリントされているのは、ドヤ街で拾ったビラやチラシ、文庫本のページ(ジャン・ジュネ『泥棒日記』、車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』など)、さらには紙ヤスリなど、その物質性が強烈に際立つ材料だ。このようなインスタレーション的な展示の試みは、ともすれば手法が一人歩きして散漫なものになりがちだ。だが岸の場合、むしろ確信犯的にそのような展示のスタイルを選びとっているのがわかる。ある場所からかすめ取ってきた画像を、半ば強引にその場所へ戻そうという彼の意志がしっかりと伝わってくるのだ。
そのなかに2点だけ、釜ヶ崎の路上で撮影した写真を、ストレートに印画紙に引き伸ばした作品が含まれていた。彼がなぜ、この2点を選んだのかはよくわからないが、そのたたずまいが実にかっこよかった。結局のところ、岸のインスタレーションがアイディア倒れに終わっていないのは、彼が2005年頃から積み重ねてきた撮影行為の厚みが、作品のリアリティを保証しているからだろう。このところの彼の仕事を見ていると、より大きな会場での展示も期待していいのではないかと思う。

2012/07/19(木)(飯沢耕太郎)

安彦祐介「あびこのスナップ コドモリミテッド」

会期:2012/07/17~2012/07/22

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

安彦裕介は日本大学芸術学部写真学科の助手をしながら、コンスタントに作品を発表し続けている写真家。1990年代の初め頃に「写真新世紀」や「写真ひとつぼ展」のようなコンペでたびたび入賞し、写真という表現メディアの特性を巧みに活かしつつ、現実世界の見え方を変容させていく作風で注目された。野口里佳から、彼女が大学在学中に安彦の言動から多大な影響を受けたと聞いたことがある。
今回のTOTEM POLE PHOTO GALLERYでの個展でも、その姿勢は基本的に変わっていない。パノラマサイズのフォーマットのカメラ、あるいは手製の4×5インチ判のカメラを使って赤外線フィルムで撮影し、「バライタ印画紙にプリント後、とある種類の薬品にて調色」した作品が並ぶ。赤外線フィルムを使うことで、モノクロームの画像のグラデーション、コントラストに変調をきたし、さらに「調色」によって色味も違ってくる。それが青、緑、茶色などのどんな色調に転ぶのかは、「やってみないとわからない」のだそうだ。そんな偶発的で不安定な画像のあり方が、今回の「コドモ」というテーマにはぴったりしているのではないだろうか。過渡期にある存在である子どもたちの妖しさ、不気味さ、とらえどころのなさが、安彦の錬金術的なテクニックによって、とてもうまく引き出されているのだ。技術と表現意欲のバランスが、どちらか一方に偏ることなく、むしろ生産的に働いている希有な例なのではないかと思う。
次回の個展のテーマはもう決まっていて「オヤジリミテッド」だそうだ。彼がまたどんな匠の業を見せてくれるのかが楽しみだ。

2012/07/19(木)(飯沢耕太郎)