artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

薄井一議「昭和88年」

会期:2011/12/09~2011/12/22

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

タイトルを見て、ある種の感慨を覚える人が多いのではないだろうか。もし昭和という年号が続いていたとすれば、2013年が「昭和88年」になるわけだ。たしかに単なる語呂合わせのようではあるが、この言い方にはなぜか実感がある。というのは、平成以降の生まれの20歳以下の人たちは別にして、実はわれわれの感受性の質を決定しているのは、「昭和」の空気感であるように思えるからだ。薄井一議が試みようとしたのは、そのいまだに強く残っている「昭和」の匂いを、丹念に写真のなかに採集することだ。彼が主に撮影したのは、大阪の飛田、京都の五條楽園、千葉の栄町の界隈。いうまでもなく、かつて色街があった旧遊郭の地である。いまなお現役で営業している店も多いこのあたりこそ、「昭和」を最も色濃く感じさせる場所だろう。エロスと食が表面に浮上する場面では、人間の地金がより強く表われてくる。普段は押し隠している「昭和」っぽい色や形や肌合いに鋭敏に反応する感受性が、そういう場所ではあからさまに押し開かれて出てくるのだ。特徴的なのは、このシリーズの全体を覆いつくしている「どピンク」だろう。いかにも下品で俗っぽいピンク色が、奇妙な優しさ、鮮やかさ、華やかさで目に飛び込んでくる。こうして見ると、この「どピンク」こそが、「昭和」の生命力のシンボル・カラーであるようにも思えてくる。その派手な色が、いやに目に染みるのは、今年が殺伐とした「震災と原発の年」だったことにかかわりがありそうな気もする。なお、展覧会に合わせて英文の写真集『Showa88』(ZEN FOTO GALLERY)も刊行されている。

2011/12/17(土)(飯沢耕太郎)

日本の新進作家展 vol.10 写真の飛躍

会期:2011/12/10~2012/01/29

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

毎年開催されている東京都写真美術館での「日本の新進作家」展も、いつのまにか10回目を迎えていた。これまではどちらかといえば、すでに認知されている写真家の仕事の後追いの印象があったのだが、今回の展示ではそのあたりがかなりいい方向に動いてきている。添野和幸、西野壮平、北野謙、佐野陽一、春木麻衣子という顔ぶれを見ると、いま力を伸ばしつつある写真作家が順当に選ばれているように思える。北野、春木はそれぞれ個展を開催中でもある。「新進」というよりは「中堅」に近い人選だが、1968年生まれの添野、北野から、1982年生まれの西野までの世代の仕事は、まだ一般には広く知られていないので、タイミングのいい展覧会になっているのではないだろうか。今回のタイトルの意味はややわかりにくいが「フォトグラム、ピンホールカメラ、多重露光、露出といった、写真の根源的な手法や特性に着目しながら多彩な作品を制作」している作家を集めたということのようだ。たしかにデジタル化の進行とともに、逆に写真特有の手法にこだわる者も増えてきている。ノスタルジックな意味合いよりは、デジタル・メディアではむしろ表現不可能な領域が、まだまだたくさんあることが少しずつ見えてきているということだろう。さらに西野の緻密なフォト・コラージュや、北野の数十人の人物のポートレートを多重露光で重ね合わせていくプロセスなど、「手技」の部分が強調されている作品が多いのも今回の特徴だ。その、ある意味で手工芸的な作品の肌合いは、これから先の「日本写真」を特徴づけていく重要なファクターになっていきそうだ。

2011/12/14(水)(飯沢耕太郎)

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ストリート・ライフ ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち

会期:2011/12/10~2012/01/29

東京都写真美術館 3階展示室[東京都]

東京都写真美術館のコレクション展というと、総花的な印象を与えるものが多くなる。ひとつのテーマに沿った作品を万遍なく集めることを目指すと、各写真家の仕事から1点か2点ということになるので、焦点がはっきりしない展示になりがちなのだ。その点においては、今回の「ストリート・ライフ ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち」はうまくいっていたと思う。ジョン・トムソン(英)、トーマス・アナン(英)、ビル・ブラント(英)、ウジェーヌ・アジェ(仏)、ブラッサイ(ハンガリー→仏)、ハインリッヒ・ツィレ(独)、アウグスト・ザンダー(独)の7人の写真家に絞り込み、その代表作をじっくりと見せることで、まとまりのある展覧会になっていたからだ。やや地味なトムソン、アナン、ツィレなどの作品は、こういう機会でないとなかなか展示できないのではないだろうか。さらにトムソンの『ロンドンの街頭生活』(1877)のウッドベリー・タイプ、アナンの『グラスゴーの古い小路と街路』(1900)のフォト・グラビア印刷、アジェのプリントの鶏卵紙など、19世紀から20世紀初頭にかけての印刷技法や印画紙の作例を実際に見ることができたのもとてもよかったと思う。これら、現在は使われていない古技法の、独特の質感を確認することができる機会はなかなかないからだ。ただいつも感じることだが、このような啓蒙的な展覧会では、もう少し写真のキャプションや解説の文章に気配りしてほしいと思う。観客にわかりやすく、丁寧に伝えようという意欲があまり感じられないのが残念だ。

2011/12/14(水)(飯沢耕太郎)

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中山岩太 安井仲治 福原信三 福原路草─ペンタックスギャラリー旧蔵品展─

会期:2011/11/29~2011/12/25

JCIIフォトサロン/JCIIクラブ25[東京都]

東京・西麻布にペンタックスギャラリーが開設されたのは1967年。翌68年に戦前から写真家、編集者として活動してきた鈴木八郎が館長となり、写真展の開催とともに、写真機材、プリントなども収集・展示し始めた。ペンタックスギャラリーは1981年に新宿西口に移転し、機材関係はペンタックスカメラ博物館として、1993年から栃木県益子町の旭光学工業益子事業所内で公開されてきた。ところが残念なことに、同カメラ博物館は2009年に閉じられることになる。その所蔵品を引き継いだのが日本カメラ博物館で、隣接するJCIIフォトサロンとJCIIクラブ25での今回の展覧会では、そのうち中山岩太、安井仲治、福原信三、福原路草の1930~40年代の写真印画を中心に展示していた。ペンタックスギャラリーの旧蔵作品のレベルが相当に高いものであることは知っていたが、実際に見て感動した。中山岩太の全紙サイズの《上海の女》(1936頃)、《イーブ》(1940)など、まさに美術館のコレクション並み、いやそれ以上の名品といえる。しかも中山の《卵と手》(1935~45頃)、安井仲治の《魚》(1935頃)、《絣》(1939)など、これまでほとんど展覧会に出品されてこなかった作品も含まれている。今回公開された作品は、同コレクションのほんの一部であり、ぜひその全貌を一堂に会する機会を持っていただきたいものだ。鈴木八郎のような目利きがいれば、一企業の収集活動が日本の写真文化の発展に大きく寄与できることを、あらためて教えられた展覧会だった。

2011/12/13(火)(飯沢耕太郎)

ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト─写真、絵画、グラフィックアート─

会期:2011/12/03~2012/01/29

神奈川県立近代美術館 葉山[神奈川県]

画家、グラフィックアーティストとして、衰えない人気を保ち続けているベン・シャーンが写真家でもあったということは、あまり知られていないのではないだろうか。彼は1929年にニューヨークで5歳年下の写真家、ウォーカー・エヴァンズと出会い、写真という表現媒体に興味を持つようになる。一時は彼とアトリエを共有し、ニューヨークのダウンタウンの人々をともにスナップ撮影し始めた。さらに1935~38年にはやはりエヴァンズとともに、のちに農村安定局(FSA)と改称する再定住局(RA)の歴史部門のスタッフとなり、アメリカ中西部、南部の疲弊した農村地帯を取材した。この時期に彼が撮影した写真は、現在確認されているだけでも1,400枚以上に及ぶ。その後も、シャーンは折に触れて写真を撮影し続けた。1960年のアジア旅行の途中で日本に滞在したときにも、京都、箱根などでさかんにスナップ撮影を試みている。本展には、その彼のニューヨーク時代、RAとFSAの時代、アジア旅行などの写真が、プリントとプロジェクションをあわせて150点以上も展示されている。これだけの規模で「写真家ベン・シャーン」にスポットを当てた展覧会は、むろん日本では初めてであり、とても興味深い作例を多数見ることができた。シャーンの被写体の把握力、それを大胆に画面におさめていく能力はきわめて高度なものであり、写真家としても一流の才能の持ち主であったことがよくわかる。さらに彼は自作の写真、あるいは新聞や雑誌の掲載写真の切り抜きを大量にストックしており、それをもとにして絵画、ポスター、壁画などを描いていた。写真の具体的で、個別性の強いイメージを、絵画作品としてどのように普遍的かつ象徴的なイメージに変換していったのか──今回の展示では絵画とそのもとになった写真の複写を併置することで鮮やかに浮かび上がらせていた。ウォーカー・エヴァンズとの相互影響関係も含めて、「写真家ベン・シャーン」の作品世界を立体的に見ることができたのがとてもよかった。神奈川県立近代美術館 葉山では、2009年に「画家の眼差し、レンズの眼」展を開催している。これは日本の近代画家たちと写真家たちの作品を比較した意欲的な展覧会だった。今回のベン・シャーン展も絵画と写真の交流がテーマである。このテーマはさらにまた別な形で展開できそうな気もする。

2011/12/10(土)(飯沢耕太郎)

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