artscapeレビュー
ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト─写真、絵画、グラフィックアート─
2012年01月15日号
会期:2011/12/03~2012/01/29
神奈川県立近代美術館 葉山[神奈川県]
画家、グラフィックアーティストとして、衰えない人気を保ち続けているベン・シャーンが写真家でもあったということは、あまり知られていないのではないだろうか。彼は1929年にニューヨークで5歳年下の写真家、ウォーカー・エヴァンズと出会い、写真という表現媒体に興味を持つようになる。一時は彼とアトリエを共有し、ニューヨークのダウンタウンの人々をともにスナップ撮影し始めた。さらに1935~38年にはやはりエヴァンズとともに、のちに農村安定局(FSA)と改称する再定住局(RA)の歴史部門のスタッフとなり、アメリカ中西部、南部の疲弊した農村地帯を取材した。この時期に彼が撮影した写真は、現在確認されているだけでも1,400枚以上に及ぶ。その後も、シャーンは折に触れて写真を撮影し続けた。1960年のアジア旅行の途中で日本に滞在したときにも、京都、箱根などでさかんにスナップ撮影を試みている。本展には、その彼のニューヨーク時代、RAとFSAの時代、アジア旅行などの写真が、プリントとプロジェクションをあわせて150点以上も展示されている。これだけの規模で「写真家ベン・シャーン」にスポットを当てた展覧会は、むろん日本では初めてであり、とても興味深い作例を多数見ることができた。シャーンの被写体の把握力、それを大胆に画面におさめていく能力はきわめて高度なものであり、写真家としても一流の才能の持ち主であったことがよくわかる。さらに彼は自作の写真、あるいは新聞や雑誌の掲載写真の切り抜きを大量にストックしており、それをもとにして絵画、ポスター、壁画などを描いていた。写真の具体的で、個別性の強いイメージを、絵画作品としてどのように普遍的かつ象徴的なイメージに変換していったのか──今回の展示では絵画とそのもとになった写真の複写を併置することで鮮やかに浮かび上がらせていた。ウォーカー・エヴァンズとの相互影響関係も含めて、「写真家ベン・シャーン」の作品世界を立体的に見ることができたのがとてもよかった。神奈川県立近代美術館 葉山では、2009年に「画家の眼差し、レンズの眼」展を開催している。これは日本の近代画家たちと写真家たちの作品を比較した意欲的な展覧会だった。今回のベン・シャーン展も絵画と写真の交流がテーマである。このテーマはさらにまた別な形で展開できそうな気もする。
2011/12/10(土)(飯沢耕太郎)