artscapeレビュー
飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー
古田直人「あぶない 左右見てから」
会期:2010/01/26~2010/01/31
企画ギャラリー・明るい部屋[東京都]
新宿区須賀町の企画ギャラリー・明るい部屋では、時々何とも不思議な写真家の仕事を見ることができる。写真専門のギャラリーでの展示ははじめてという古田直人もそんな一人。会場に入ると壁、床にびっしりとプリントした写真が貼られ、靴を脱いで鑑賞するようになっている。「写真風呂」に入るような感触が、妙になまぬるくて、気持がいいような悪いような雰囲気だ。写真のほとんどは出合い頭の路上スナップだが、そのタイミングが微妙にずれていて、それもどこか居心地の悪い感じを与える。しかも壁に貼られた写真には、びっしりと細かな文字が書き込んである。電話帳から書き抜いたという人の名前、住んでいる秩父周辺の駅の名前、そこから派生したという「陰核」「目過」「大血沢」といった奇妙な単語。なぜ写真とこれらの文字が関連づけられているのかはよくわからない。だが、どこか呪術的な行為のようにも見えてくる。写真と呪いと笑いが複雑に屈折しながら結びついているのだ。
こういう若い写真家の仕事は、ともすれば長く続かず、いつのまにか消えてしまうことも多い。古田もそうなる可能性があるが、僕は彼には潜在的なパワーがあるように思える。今のところ、コピー用紙にあまり精度のよくないプリンターでプリントした作品が中心なので、チープさが目立ちすぎて落着きが悪い。ねじ曲がった発想の回路を、もっとうまく形にできる方法論が見つかれば、飛躍的に作品の質が上がってくるのではないだろうか。
2010/01/26(火)(飯沢耕太郎)
「現代若者の眼力(めぢから)」展
会期:2010/01/12~2010/02/27
ビジュアルアーツギャラリー[東京都]
山梨県北杜市高根町の清里フォトアートミュージアムでは、毎年35歳以下の若い写真家たちの作品を購入・展示する「ヤング・ポートフォリオ」の企画を実施してきた。本展はその収蔵作品から、石井仁志(書誌学、写真史研究)がプロデュースした選抜展である。同時に早稲田大学26号館10階125記念展示室でも「占領期雑誌フォトスvs.現代若者の眼力」展が開催されており、両会場あわせて30作家130点の作品が展示された。また関連企画としてワセダギャラリーとビジュアルアーツギャラリーでは「この壁を飾るのは誰、この台上を埋めるのは君」と題して、選抜作家と早稲田大学写真部、東京ビジュアルアーツ写真家学生による展覧会も開催されていた。
有元伸也、北野謙、中藤毅彦、佐藤信太郎、山下豊,劉敏史といった力のある日本人写真家たちに加えて、なかなか作品を見ることのできない同世代の外国人写真家たちの展示をまとめて見ることができたのが、まずは大きな収穫といえるだろう。G・M・B・アカシュ(バングラデシュ)、チョン・ミンス、オ・ソクソン(以上、韓国)、ラファル・ミラフ(ポーランド)パトリック・パリア・ベッカー(ドイツ)といった各国の若手作家たちは、今後それぞれの国の写真界を担っていくはずの逸材ぞろいで、作品はなかなか見応えがあった。このシリーズを撮影した直後に急死した、内野雅文の遺作《KYOTO》が展示されていたのも感慨深かった。清里フォトアートミュージアムはあまり地の利がよくないので、このような企画はとてもありがたい。今後はもう少しテーマを絞り込んで、各写真家の作風がくっきり浮かび上がるような構成にしていくといいのではないだろうか。
2010/01/25(月)(飯沢耕太郎)
オサム・ジェームズ・中川「BANTA─沁みついた記憶」
会期:2010/01/20~2010/02/02
銀座ニコンサロン[東京都]
オサム・ジェームズ・中川は1962年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。7カ月で日本に戻り、15歳まで過ごした後、ふたたび渡米してセントトーマス大学、ヒューストン大学で写真を学んだ。今回の作品は、母親の故郷である沖縄で2008年に制作されたもので、「BANTA」というのは海から切り立った崖のことである。中川は断崖の上から下を見おろして、あるいは下から見上げる角度でシャッターを切る。だが、このシリーズが通常とはやや歪んだパースペクティブで見えてくるのは、彼が何度もくり返して崖の細部を写しとり、複数の視点から見られた画像をフォトショップで繋ぎあわせ、縦長の画面として再構成しているからだ。最大で100カット近い写真が繋ぎあわされているのだという。
デジタル加工による「ハイパーリアルな写真」ではあるが、彼の試みには沖縄で実際に崖の前に立った時の「美と畏れ」に裏打ちされた、強烈な現実感がみなぎっている。沖縄戦において、これらの「BANTA」ではアメリカ軍に追いつめられて多数の投身者が出た。デジタル加工による視覚の歪みは、あたかも彼らの最後の視線をなぞるようにおこなわれているのだ。それは中川が「見た」光景を「見るべき」光景へと変換させようとする魔術的な行為であり、ぎりぎりの所で写真家の営みとして成立していると思う。崖のディテールのごつごつとした物質的な手触りが、そのまま正確に写しとられているので、「リアル」と「ハイパーリアル」がせめぎあって異様な緊張感を生じさせているのだ。そのことによって、中川自身にも完全には統御不可能な「ある/ありえない」光景が出現してくる。デジタル時代における写真の可能性を問いかける、意欲あふれる作品といえるだろう。
2010/01/23(土)(飯沢耕太郎)
迫川尚子「日計り 空隔の街・新宿」
会期:2010/01/16~2010/02/26
日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)[東京都]
新宿駅東口構内のカフェ、ベルクの副店長である迫川尚子は、店の行き帰りに目にしたものを、カメラを手にスナップをしてきた。その20年近くにわたる新宿界隈の撮影の成果は、2004年に写真集『日計り』(新宿書房)にまとめられて好評を博した。今回は、日比谷の外国人記者クラブ内のメインバーと寿司バーの壁面という写真展にはやや不似合いな場所に、全倍に大きく引き伸ばされた写真がゆったりと並んでいた。写真から新宿の光と空気感があふれ出してくるようで、なかなかいい展示だと思う。
迫川の被写体になっているのは、商店街、路地裏、ダンボールハウスの居住者を含む住人たちなどである。新宿という土地を隅々まで知り尽くし、身体化していないとなかなか見えてこない光景だろう。それらのどちらかといえば雑然とした、薄汚れた眺めを,日の光があまねく照らし出している。カメラを向けた瞬間に目に飛び込んでくる光の助けを借りつつ、迫川はそこに存在する事物や人間や動物たちを、等価に、慈しむようにモノクロームのフィルムにおさめていく。そうやって蓄積された写真群は、どこか懐かしく、温かみをともなって観客に届いてくる。これが日本の都市の原風景なのだと、外国人記者たちに誇りたい気分になる。
2010/01/20(水)(飯沢耕太郎)
ヨコハマ・フォト・フェスティバル キックオフイベント2010
会期:2010/01/13~2010/01/17
横浜赤レンガ倉庫 1号館2Fスペース[神奈川県]
2012年に本格的にスタート予定という「ヨコハマ・フォト・フェスティバル」に向けたキックオフ企画として開催された写真イベント。細江英公を実行委員長に、横浜在住の写真家、齋藤久夫、永田陽一,高岡一弥、コーディネーターの後藤繁雄、写真批評の竹内万里子が実行委員として参加している。会場の赤レンガ倉庫には熱気があふれ、スタートとしては上々の滑り出しといえるのではないだろうか。
メインのイベントはポートフォリオ・レビュー。50人ほどの出品者が自分の作品をテーブルの上に並べ、ギャラリスト、編集者、フォト・ディレクターなどのレビュアーが会場を回りながら講評していくのが1日目、2日目は一般観客に向けてプレゼンテーションをするというスタイルになっている。このやり方はかなりうまくいっていると思う。出品者も見る側も、近い場所にある作品と比較しながら進めることができるのがいい。思わぬ出会いも期待できそうだ。他に後藤繁雄が主宰するG/P GALLERYが主催し、小山泰介、うつゆみこ、中島大輔らの若手写真家たちが展示する「トーキョー・ポートフォリオ・レビュー展」、スライド・ショー、作家だけでなくアート・ディレクターや編集者もスピーカーとして参加する「フォトグラフィックカンバセーションズ」など盛り沢山の行事があり、なかなか楽しめた。ぜひ次年度にもこの活気をつなげていってほしい。
2010/01/16(土)(飯沢耕太郎)