artscapeレビュー

オサム・ジェームズ・中川「BANTA─沁みついた記憶」

2010年02月15日号

会期:2010/01/20~2010/02/02

銀座ニコンサロン[東京都]

オサム・ジェームズ・中川は1962年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。7カ月で日本に戻り、15歳まで過ごした後、ふたたび渡米してセントトーマス大学、ヒューストン大学で写真を学んだ。今回の作品は、母親の故郷である沖縄で2008年に制作されたもので、「BANTA」というのは海から切り立った崖のことである。中川は断崖の上から下を見おろして、あるいは下から見上げる角度でシャッターを切る。だが、このシリーズが通常とはやや歪んだパースペクティブで見えてくるのは、彼が何度もくり返して崖の細部を写しとり、複数の視点から見られた画像をフォトショップで繋ぎあわせ、縦長の画面として再構成しているからだ。最大で100カット近い写真が繋ぎあわされているのだという。
デジタル加工による「ハイパーリアルな写真」ではあるが、彼の試みには沖縄で実際に崖の前に立った時の「美と畏れ」に裏打ちされた、強烈な現実感がみなぎっている。沖縄戦において、これらの「BANTA」ではアメリカ軍に追いつめられて多数の投身者が出た。デジタル加工による視覚の歪みは、あたかも彼らの最後の視線をなぞるようにおこなわれているのだ。それは中川が「見た」光景を「見るべき」光景へと変換させようとする魔術的な行為であり、ぎりぎりの所で写真家の営みとして成立していると思う。崖のディテールのごつごつとした物質的な手触りが、そのまま正確に写しとられているので、「リアル」と「ハイパーリアル」がせめぎあって異様な緊張感を生じさせているのだ。そのことによって、中川自身にも完全には統御不可能な「ある/ありえない」光景が出現してくる。デジタル時代における写真の可能性を問いかける、意欲あふれる作品といえるだろう。

2010/01/23(土)(飯沢耕太郎)

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