artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

小山泰介「entoropix」

会期:2009/04/24~2009/05/19

G/P GALLERY[東京都]

雨の日に透明傘をさして恵比寿のNADiff A/P/A/R/Tへ。小山泰介は昨年写真集『entropix』(アートビートパブリッシャーズ)を刊行するなど、このところ存在感を増している若手写真家。都市の表皮を引きはがすようにデジタルカメラで切り取り、そのまま大きく引き伸ばしてプリント、あるいはプロジェクトする。面全体にオールオーヴァーで広がったイメージは、色と質感のみに抽象化され、視神経をダイレクトに刺激する。以前はその手続きが不徹底で、ありきたりの意味の断片を不用意に呼び起こすこともあったのだが、その純度が急速に増してきた。
今回の展示のメインになる「Rainbow Form」のシリーズに、彼の現在の到達点がよくあらわれている。ハレーションを起こしそうに鮮やかな、レインボー・カラーの印刷物の手前にアクリル板を置き、その擦り傷やテープの痕ごと撮影した作品である。これまでは個々の作品が単体で発表されることが多かったが、シリーズ化することで彼のやりたいことがはっきり見えてきた。こうなれば、純粋なカラー・チャートにまで抽象化を進めていくしかないだろう。ただし、そういう試みはゲルハルト・リヒターやジェームズ・ウェリングが、既にかなり徹底しておこなっている。小山にはなるべく早めにそこまで到達し、さらにその先をめざしていってほしい。

2009/05/06(水)(飯沢耕太郎)

片岡義男「撮る人の東京」

会期:2009/05/27~2009/06/08

ペンタックス・フォーラム[東京都]

執筆日:2009年4月30日
6月1日の「写真の日」を中心に、都内各地でイベントや展示が展開される「東京写真月間」。今年はマレーシアの写真家たちの展示のほか、「人はなぜ旅に出るのか─出会い・発見・感動」をテーマに国内作家の写真展が開催される。そのなかで、東京・新宿のペンタックス・フォーラムで展示される片岡義男の「撮る人の東京」に注目している。
片岡はいうまでもなく、小説家。翻訳家として著名だが、写真家としてもとてもいい仕事をしてきた。『日本訪問記』(マガジンハウス、1992)を皮切りに、写真集もたくさん刊行している。特に執着しているテーマは、人生の大部分を過ごして来た「故郷」でもある東京である。『東京22章』(マガジンハウス、2000)、『ホームタウン東京』(ちくま文庫、2003)など、見慣れた街並を、あたかも細部まで緻密に作り上げられた映画のセットのように捉え、距離感を保った視点で撮影する写真をコンスタントに発表してきた。その小説と同じように、写真もまた端正かつ明晰なたたずまいを保っている。写真家としての片岡義男は、もっときちんと論じられていい存在ではないかと思う。
今回の写真展では、これまで撮影してきた東京の写真から、「旅人」の視線であらためて選び直した作品を5つのパートで展示するとともに、はじめてデジタルカメラで撮影した画像を、スライドショーの形で発表する。写真による「東京小説」が、デジタルカメラを使うことでどんなふうに変化していくのかが楽しみだ。なお写真展に合わせて、新しい写真集『名残りの東京』(東京キララ社)も刊行される。

2009/04/30(木)(飯沢耕太郎)

朝海陽子「22932」

会期:2009/03/27~2009/05/02

無人島プロダクション[東京都]

朝海陽子は、東京都写真美術館で昨年開催された「日本の新進作家Vol.7 オン・ユア・ボディ」展に、「自宅で映画を見る」人々の姿を撮影した「Sight」シリーズを発表して注目された。今回、高円寺の無人島プロダクションのスペースで公開されたのは彼女の新作だが、きわめてシンプルなコンセプトに徹していた前作に比べると相当に複雑な構成になっている。
ある一軒家に、家族ともお客ともつかない複数の人物が集う。その光景を、部屋ごとにいくつかのの視点から切り取り、カメラにおさめていく。それぞれの写真はつながったり、重なったり、切れたりしながら、何かおぼろげな物語を編み上げているのだが、登場人物のバックグラウンドも、物語全体の構成も明らかにされないので、観客は宙吊りにされたような不安定な気分を味わう。どこかミステリアスな、微かに血の匂いが漂うような雰囲気が、感情を微妙に逆撫でするのだが、その正体も最後まで明かされないままだ。
はっきりいって、このままでは失敗作としかいいようがないだろう。個々の写真は魅力的だが、物語の構築力が乏しく、写真の構成も混乱しているので、謎解きのカタルシスにはほど遠いからだ。とはいえ、新たな領域にチャレンジしていこうという積極的な姿勢には共感できる。もう少し作品の構成要素を絞って再構築すれば、別の可能性が見えてきそうだ。さらなる展開に期待というところだろうか。

2009/04/30(木)(飯沢耕太郎)

2009年度三影堂攝影賞作品展──グラウンド・ゼロ:若い中国写真家の視点

会期:2009/04/25~2009/06/28

三影堂攝影芸術中心[中国・北京]

三影堂攝影芸術中心(Three Shadows Photography Art Centre)は、中国の若い写真家や評論家たちによって2007年に北京郊外の朝陽区にオープンした写真芸術センター。中心になっているのは、自分たちの身体と環境との関係をモノクロームの細やかな画像に置き換えて展開する作品で知られるロンロン(榮榮)とインリー(映里)のコンビである。その三影堂が今年から若い写真家のための写真賞を創設した。審査員の一人として招かれたので、4泊5日で北京に出かけてきた。
北京オリンピック以前の「バブル」的なアート・マーケットの高騰が、リーマン・ショック以後の経済危機で弾けたことで、中国の写真界も大きな変動期に直面しつつある。三影堂からも近い大山子の「798芸術特区」などでも、画廊の撤退が相次いでいるようだ。とはいえ、4月26日にスタートした巨大アートフェア「ART BEIJING」の会場などを覗くと、若いアーティストたちや観客の熱気はただ事ではない。そんななかで第一回目の公募をした「三影堂攝影賞」は大きな注目を集め、300名近い応募があった。そのうち一次審査を通過した31名の作品が会場に展示されていた。
僕を含めて、アメリカ、オランダ、イギリス、中国の5人の審査員の投票の結果、大賞(賞金8万元=約120万円)に選ばれたアドゥ(阿斗)の作品は期待にたがわぬものだった。四川省の少数民族を撮影したモノクロームのドキュメンタリーだが、神話的ともいえるような不思議な時空に観客を引き寄せる力が備わっている。ぜひ日本でも紹介したいスケールの大きな作家だ。次回の公募も大いに期待できそうだ。

2009/04/25(土)(飯沢耕太郎)

杉本博司「歴史の歴史」

会期:2009/04/14~2009/06/07

国立国際美術館[大阪府]

遅ればせながら、金沢21世紀美術館から大阪の国立国際美術館に巡回して来た杉本博司の「歴史の歴史」展を観ることができた。既に新潮社から刊行された図録を兼ねた作品集に目を通していたので、出品内容はわかっているつもりだった。だが、当然といえば当然だが、書物の上の図像と実物の展示の印象はかなり違う。印刷されたイメージでは、作品そのものの大きさや物質感が把握できないので、展示を観て「なるほど」と納得させられることが多かった。
展示は大きくB2FとB3Fの会場に分かれている。B2Fは「化石」から始まって杉本自身の「海景」シリーズ、鎌倉~室町時代の古面などが仰々しい照明によって浮かび上がり、正直、その重苦しさに圧迫感を感じた。だがB3Fの近代以降の「歴史の歴史」の展示になると、杉本の思考の運動が軽やかな諧謔の精神とともに伝わってきて、思わずチェシャ猫のようなにやにや笑いが広がってくるのを抑さえることができなかった。特に最後のパートのマルセル・デュシャンの「大ガラス」+「放電場」のフォトグラムのシリーズは、観客を煙に巻く杉本の「マッド・サイエンティスト」ぶりが堂に入っていて、大いに楽しめる。杉本の仕事が「笑える」ものであることを、僕自身はじめて認識することができたし、本人もそれをわかってもらいたかったのではないだろうか。
それにしても、これだけの展示を自分の作品とコレクションだけでやってのけるというのは凄過ぎる。コレクターとしての無償の情熱こそが、彼の作品制作の最大の動機ということなのだろう。

2009/04/19(日)(飯沢耕太郎)

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