2021年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

人が消えた町

会期:2020/09/11~2020/10/09

チェコセンター[東京都]

6月11日~28日に東京・目黒のコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春」展は、新型コロナ感染症による緊急事態宣言下の日本の状況を、いち早く捉えた写真を展示した企画展だった。コロナ禍がどのような影響を写真の世界に及ぼしていくのかはまだ不透明だが、写真家たちのヴィヴィッドな反応を見ることができたのはとてもよかったと思う。

今回、東京・広尾のチェコセンターで開催された「人が消えた町」は、その余波というべき展覧会である。外出自粛、営業制限といった規制はチェコでも同じように施行され、プラハの街からも人影が消えた。チェコの写真家、カレル・ツドリーンは、「この状況もいつかは終わり、記憶の片隅に追いやられてしまうかもしれない。だからこそ今、作品に残したい」と考えて撮影を開始した。マスクをつけた人々が、空虚感が漂う路上を彷徨っているような写真の眺めは、われわれ日本人にとっても身に覚えのあるものといえるだろう。

今回は、ツドリーンのモノクローム作品10点に加えて、「東京2020 コロナの春」展に出品していた11人の写真家たちの作品も出品されていた。土田ヒロミ、大西みつぐ、港千尋、Area Park、元田敬三、普後均、田口るり子、小林紀晴、藤岡亜弥、オカダキサラ、Ryu Ikaの作品は、ふげん社の展示でも見ているのだが、どこか印象が違う。チェコの写真家の重々しく、物質性の強い人や街の表現と比較して、日本在住の写真家たちの作品が細やかだが、やや希薄に見えてくるのが逆に興味深かった。チェコの写真家たちのグループ展は、以前何度か企画・開催されたことがあるのだが、これを機会に本格的な交流展が実現するといいと思う。

関連記事

東京2020 コロナの春 写真家が切り取る緊急事態宣言下の日本|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年07月01日号)

2020/09/11(金)(飯沢耕太郎)

川内倫子『as it is』

発行所:torch press

発行日:2020/09/20

川内倫子が写真集『うたたね』、『花火』、『花子』(いずれもリトルモア、2001)を刊行し、第27回木村伊兵衛写真賞を受賞してから、もう20年近くになる。それ以後の充実した仕事ぶりはいうまでもないことで、国内外で最も注目される写真家の一人になった。このところ、2017年の写真集『Halo』(HeHe)のように、神話的、宇宙的といえそうなスケールの大きな作品世界を展開していたのだが、本作は彼女の原点というべき『うたたね』の写真に戻って、日常の事物に目を向けている。テーマが2017年に生まれた自分の娘なので、身近な場面が多くなるのも当然というべきだろう。

「半分自分で、半分なにか」だった何ものかが、次第にヒトの形をとり、立ち上がり、歩き出し、世界を受け入れ、受け入れられていく。そのプロセスを写真で辿ることは、世間一般でごく当たり前におこなわれていることだ。だが、川内倫子の写真には、何か特別な魔法がかかっているように見えてくる。いうまでもなく、これまでの写真家としての経験がそこに注ぎ込まれていることは間違いないが、それだけではなく、子どもとその周囲の世界に向ける眼差しそのものに、どこか違った角度と深さがあるように思えるのだ。それは川内が、常に生命の輝きとともに、死へのベクトルを感知しているからではないだろうか。身近なものたちに、ふっと消え失せてしまうようなはかなさが備わっているということだ。『as it is』も例外ではなく、死の側から見ているような眺めが、そこかしこに入り込んできている。撮影中に「天草のおじいちゃん」が亡くなったのも、偶然とは思えない。

なお、写真集刊行に合わせて、東京・恵比寿のPOSTで同名の展覧会が開催された(9月4日~10月11日)。写真作品とともに、同時期に制作した映像作品も上映していたのだが、その画面の右端に黄色い光が映るようにセットされているのに気づいた。それはあたかも、彼岸から射し込む光のようだ。

2020/09/06(日)(飯沢耕太郎)

竹之内祐幸「距離と深さ」

会期:2020/08/26~2020/10/10

PGI[東京都]

竹之内祐幸が展覧会のリーフレットに、本作「距離と深さ」の撮影の動機についてこんなコメントを寄せていた。彼は「友人に、離れ離れになってしまう恋人の写真」を撮ってアルバムにしてほしいと頼まれた。「一緒にいた時間を忘れないように」という依頼を受けて、「自分だったらどんなアルバムを作るだろう」と考える。その答えは「いろんな場所で撮った小石や動物や風景が、まるでひとつの世界に感じられるようなアルバムを作れたら」ということだった。

本展に出品された写真を見ていると、竹之内がまさにそんな「アルバム」を丁寧に編み上げようとしているのがわかる。展示されている写真は、風景、人物、ヤモリや昆虫や小鳥、身近なモノたちなどさまざまだが、そこにある親密な空気感は共通している。被写体と写真家の間にはいうまでもなく「距離」があるのだが、それには物理的な「距離」と心理的な「距離」の2種類があり、いうまでもなく竹之内は後者を基準にしてシャッターを切っている。その「距離」を測る物差しの精度はとても高く、彼の柔らかだが精密な観察力がうまく活かされていると感じた。

ただ、「鴉」(2015)、「The Fourth Wall/第四の壁」(2017)と、PGIで開催された彼の個展を観てきて、いい写真作家なのだが、どこか決め手に欠けるような気がしている。主題、スタイル、どちらでもいいので、もう少し「何か」に集中した作品を見てみたい。彼の作品から、「なぜ撮るのか」という動機がうまく伝わってこないもどかしさがあるのだ。

2020/08/29(土)(飯沢耕太郎)

ベゾアール(結石) シャルロット・デュマ展

会期:2020/08/27~2020/11/29

メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]

オランダの女性アーティスト、シャルロット・デュマは、2014年から北海道、長野、与那国島など、日本各地に群生する野生馬を撮影し、作品化してきた。2016年にはGallery916(東京)で、写真展「Stay」を開催しているが、今回はオブジェや映像作品を含めた広がりのある展示になっていた。メゾンエルメス フォーラムの展覧会は、いつも行き届いたインスタレーションなのだが、今回は特に作品の構成・配置がうまくいっていたと思う。

馬は神話的といってよい動物で、時にその雄々しさや生殖力、パワフルな躍動感などが強調される。デュマのアプローチはその対極というべきもので、馬たちはむしろ優しげに人に寄り添い、大気と同化し、静かにたたずむ姿で描かれている。今回の展示では、埴輪、木馬、瓢箪、馬轡、腹帯、さらに馬の胃の中に形成される丸い結石などのオブジェを効果的に配することで、人と馬とが強い絆で結ばれながら共生してきた歴史を、さまざまな角度から辿り直していた。与那国島の少女「ゆず」と彼女の愛馬「うらら」が登場する《潮》(2018)、馬の衣装を身につけたデュマの娘が、オランダから与那国島を訪れるロード・ムービーの《依代》(2020)の2つの映像作品も、撮影・編集ともに素晴らしい出来栄えである。日本の在来馬をテーマにしたプロジェクトはまだ進行中のようなので、さらなる展開が期待できそうだ。

2020/08/27(木)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00054201.json s 10164639

瞬く皮膚、死から発光する生

会期:2020/08/25~2020/11/03

足利市立美術館[栃木県]

とても充実した内容の展覧会だった。出品作家は、石内都、大塚勉、今道子、髙﨑紗弥香、田附勝、中村綾緒、野口里佳、野村恵子の8人。このような多岐にわたる作風の写真家たちによるグループ展では、担当学芸員の力量が問われるのだが、同美術館の篠原誠司による人選とキュレーションがうまくいったということだろう。

写真という表現媒体は、基本的に生の世界に向けて開いている。写真家たちは「生きている」人やモノや出来事を撮影するのだが、そこには否応なしに死の影が写り込んでしまう。あらゆるものは死(消滅)に向かって歩みを進めており、写真を見るわれわれは、その予感を感じとってしまうからだ。逆に、死のイメージに色濃く覆い尽くされた被写体(例えば死者や廃墟)に、生の契機を見出すこともある。写真家たちの仕事を見ていると、生と死が二項対立ではなく一体化していること、生のなかに死がはらまれ、死のなかから生が輝き出してくることがよくわかる。

今回の「瞬く皮膚、死から発光する生」展は、そのことをいくつかの角度から浮かび上がらせようとする意欲的な企画である。各作家の展示スペースや作品の配置に細やかな気配りが感じられ、薄い紙に画像を定着・形成する写真という表現媒体を、生と死を媒介する「皮膚」に喩える発想も、充分に納得できるものだった。

石内、大塚、今、田附の旧作を中心にした展示もよかったが、髙﨑、中村、野口、野村の新作のほうがむしろ心に残った。自分の子供にカメラを向けた中村綾緒、自宅のベランダで「きゅうり」を撮影した野口里佳の写真には、死を潜り抜けた生の輝きが、画面に溢れ出る「光」として写り込んでいる。単独で山中を歩き回り、篩で濾すように「静けさ」を掴み出してくる髙﨑紗弥香の作品には、さらに大きく成長していく可能性を感じる。生と死の交錯を写真に刻み込む野村恵子の新作「SKIN DIVE」も、次の展開が期待できそうだ。「見てよかった」と思う展示は、じつはそれほど多くないが、この展覧会は確実にそのひとつだ。今年の写真展の最大の収穫となるかもしれない。

2020/08/24(月)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00053939.json s 10163904

文字の大きさ