2021年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

木邑旭宗「DRIFTERS」

会期:2020/07/25~2020/08/09

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

海辺に打ち上げられた漂流物は、写真の被写体としては珍しいものではない。ビーチを歩いていると、プラスチックや発泡スチロールや各種のネットなどの廃棄物がどうしても目についてくるからだ。多くの場合、それらは自然と対比され、現代文明の象徴といったネガティブな意味合いを帯びて描かれることが多い。だが、木邑旭宗(きむら・かつひこ)が、2016〜20年に千葉県・九十九里浜、静岡県・下田、長崎県・壱岐などで撮影し、今回、コミュニケーションギャラリーふげん社で展示した「DRIFTERS」には、環境問題を告発するような視点は感じられない。漂流物たちは、穏やかで広々とした海辺の空間で、気持ちよく自足しているように見えてくる。

木邑は元々、ニューヨークでデザイナーとして仕事をしていた頃から、コニーアイランドやロングビーチの海岸に足を運ぶことに、心の安らぎを覚えていたのだという。今回のシリーズもその延長上にあることは明らかで、結果として、ありそうであまりない海辺の光景の写真シリーズになった。木邑は展覧会のリーフレットに、「私は、海が織りなす自然と人工物のハーモニーを発見すると小さな喜びを感じます」と書いているが、まさにそういう写真だと思う。その「自然と人工物のハーモニー」を、観客もまた木邑とともに味わうことができる。写真展には漂流物以外の作品も何点か出品されていたが、それらの波や海鳥の写真にも、彼の「小さな喜び」が息づいていた。

2020/08/02(日)(飯沢耕太郎)

有元伸也「Tokyo Debugger 2019」

会期:2020/07/21~2020/08/02

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

「Tokyo Debugger」というタイトルは、かなりインパクトがある。Debugger(デバッガ)というのは、コンピュータのバグ(虫=エラー)を取り除く作業を支援するプログラムのことだが、有元の今回の展示には本物の「虫」たちが登場してくる。有元は主に東京郊外の高尾山や奥多摩地域で、マクロレンズをつけた6×6判レンズを使って昆虫、菌類などを撮影した。その精度の高いモノクローム・プリントを見ていると、彼の本気度が伝わってくる。

有元のこれまでのメイン・テーマは、『TOKYO CIRCULATION』(Zen Foto Gallery、2016)や『TIBET』(同、2019)のような、新宿・歌舞伎町界隈やチベットなどで出会った人物たちを、腰を据えて撮影したポートレートである。では、それらと今回の「虫」の写真に、まったくかかわりがないのかといえばそうではないだろう。人間たちも距離を置いて俯瞰してみれば、「虫」たちと同様に、宇宙や自然の営みのごく小さな歯車にすぎない。むしろ、有元が高尾山などでよく出会ったという昆虫採集に夢中になっている少年のほうが、そのあたりの機微はよく承知しているのではないだろうか。いわば、マクロとミクロとを往還する視点を持つことによって、有元が人間世界に向ける眼差しにも、より深みが加わってきているのではないかと思う。

なお、有元は「Tokyo Debugger」シリーズを、すでに2015年9月に銀座ニコンサロンで発表している。そのときと今回の写真をあわせて、10月にはZen Foto Galleryから同名の写真集が刊行される予定である。そちらも楽しみにしたい。

関連レビュー

有元伸也「TIBET」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年04月15日号)

有元伸也「ariphoto vol.32」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年10月01日号)

有元伸也「TOKYO CIRCULATION」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年08月15日号)

有元伸也「チベット草原 東京路上」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年04月15日号)

2020/08/01(土)(飯沢耕太郎)

山崎弘義写真展「Around LAKE TOWN 7 —social distance—」

会期:2020/08/01~2020/08/11

ギャラリーヨクト[東京都]

越谷市の南東部に広がる越谷レイクタウンは、2008年から造成が開始されたニュータウンである。総面積225.6ヘクタール、最終的には22,400人が住む街になる。山崎弘義は「かつては田んぼだった」というレイクタウンの光景とその住人たちを、2014年から撮影し始めた。すでにギャラリーヨクトなどで、6回の個展を開催している。会場には2冊の写真ファイルが置いてあったが、その厚みもかなりのものになってきた。

だが、今回の展示はこれまでとはやや趣が違う。いうまでもなく、新型コロナウイルス感染症の影響で、撮影していた時期の空気感が一変してしまったからだ。山崎自身もそうだが、それを見るわれわれも、「ウイルスの影がどう写り込んでいるか」に関心が集中するのは仕方がないことだろう。とはいえ、レイクタウンの日常の光景を、過度の感情移入を抑えて、カラー写真で淡々と撮影していく山崎の姿勢には、大きな変化がないように見える。たしかにマスクやフェイスシールドをつけた人物の姿は目立つが、際立った違いは感じられない。逆にいえば、そこに「コロナ時代」を写真で表現することのむずかしさがある。ウイルスへの不安やその影響力は、目に見える形ではあらわれてこないので、写真からはそれをなかなか読みとることができないのだ。

むしろ、この「Around LAKE TOWN」のような息の長いシリーズの場合、10年単位の時間の流れのなかで、2020年春〜初夏というこの時期を捉え直すべきなのだろう。将来、この作品の全体をもう一度見渡す機会があれば、「コロナ時代」のあり方も、よりくっきりと見えてくるのではないだろうか。

関連レビュー

山崎弘義『CROSSROAD』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年11月01日号)

山崎弘義「DIARY 母と庭の肖像」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2015年05月15日号)

山崎弘義「DIARY」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年09月15日号)

2020/08/01(土)(飯沢耕太郎)

鈴木理策写真展「海と山のあいだ 目とこころ」

会期:2020/07/21~2020/08/08

ニコンプラザ新宿 THE GALLERY 1+2[東京都]

鈴木理策は1963年、和歌山県新宮市の生まれだから、今回の出品作のテーマである熊野という土地は、慣れ親しんだ原風景ということになる。これまでも「海と山のあいだ」というタイトルで何度か発表してきた。それでも、滝、樹木、草むら、海辺など、大判のプリントに引き伸ばしてゆったりと会場に並んだ作品18点(3枚組のシークエンスもあり)を見ていると、まるで初めて目にした風景を撮影しているような、新鮮な「こころ」の動きが伝わってくる。

それはひとつには、彼が8×10インチ判の大判カメラという、構図やシャッタースピードなど、撮影時のコントロールがむずかしい機材を使っているためではないだろうか。技術的な困難を克服するために、つねに緊張を強いられるということだ。もうひとつは、写真を「撮る」だけでなく、ネガやプリントを見てそれを「選ぶ」ことを重視しているからだろう。会場に掲げたコメントに、熊野で「撮ったものを見ると必ず新たな発見がある」と書いているが、大判カメラには、写真家の主観的な思惑を超えて、そこにある事物を客観的に写し込み、「あるがままの世界」を出現させる力が備わっている。その「純粋なカメラの目」を尊重しつつ、いかに使いこなしていくかというところに、鈴木が長年にわたって実践してきた写真行為の真骨頂がある。それはまさに「目とこころ」の共同作業というべきだろう。

「海と山のあいだ」シリーズは、風景写真の新たな枠組みを構築する作業としての厚みを備えつつある。すでに2015年にamana saltoから写真集として刊行されているが、続編も含めた新編集版を見てみたい。

関連レビュー

鈴木理策『知覚の感光板』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年06月01日号)

鈴木理策写真展「水鏡」|高嶋慈:artscapeレビュー(2016年08月15日号)

鈴木理策「意識の流れ」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2015年08月15日号)

「鈴木理策写真展──意識の流れ」「刺繍をまなぶ展」「具体の画家──正延正俊」|川浪千鶴:キュレーターズノート(2015年05月15日号)

2020/07/30(木)(飯沢耕太郎)

PGI Summer Show 2020 “Colors”

会期:2020/07/21~2020/08/22

PGI[東京都]

夏休みの時期にギャラリーのコレクションを公開する「PGI Summer Show」は、昨年の「monoとtone」(モノクローム)に続いて、今年は「Colors」(カラー)が企画された。出品作家はハリー・キャラハン、リチャード・ミズラック、ジャン・グルーバー、オリビア・パーカー、エリオット・ポーター、コール・ウェストン、オサム・ジェームズ・ナカガワ、石元泰博、川田喜久治、久保田博二、澤本玲子、圓井義典、濱田祐史の13人に、NASA(アメリカ航空宇宙局)所蔵の宇宙飛行士の写真が1点加わっている。ハリー・キャラハンの1940〜50年代の作品から、濱田祐史の2010年代の近作まで、多彩な作品を楽しむことができた。

カラー作品の歴史が浅いのは、どうしても褪色、変色の問題がつきまとうからである。モノクローム写真と比較して、安定した画像をキープするのがむずかしいので、写真家たちはさまざまなプリント技術を駆使して、カラー写真のクオリティを保とうとしてきた。それでも、リチャード・ミズラックの1980年代の風景写真のように、当時一般的に使われていたChromogenic Print(C-Print)の作品は、かなり褪色が進んでいる。今回の展示では、ハリー・キャラハンやエリオット・ポーターが使用していた、染料系の顔料によるDye Transfer Printは鮮やかな色味を残していた。だが同技法は、手間と費用の問題でいまはほとんど使われなくなっている。デジタル化以降のカラープリントがどの程度の耐久力を持つかは、これからの課題といえる。とはいえ、色、光、空気感をヴィヴィッドに定着できるカラー写真の豊かな表現力は、モノクローム写真では代替えが効かない。プリントの保存を含めた技術的な問題を、早急に解決していく必要があるだろう。

今回の収穫は、澤本玲子(1934〜2006)のカラー作品「東京 西落合」(1980)を見ることができたことだった。澤本玲子は、夫の澤本徳美とともに、長く日本大学芸術学部写真学科で教鞭をとっていた写真家である。PGIでも何度か個展を開催しているが、いまギャラリーに残っているのは本作一点だけだという。自宅の眺めに想を得て制作したシリーズだが、日常の事物に向ける視点が、どこかソール・ライターの作品のような趣がある。もう一度、きちんとふり返ってみるべき価値のある作家といえるだろう。

関連レビュー

PGI Summer Show 2019 “monoとtone”|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

2020/07/28(火)(飯沢耕太郎)

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