2019年07月01日号
次回7月16日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

田沼武能「東京わが残像 1948-1964」

会期:2019/02/09~2019/04/14

世田谷美術館[東京都]

展覧会の会期中に90歳になるという田沼武能は、現役最長老の写真家のひとり。今回の世田谷美術館での回顧展には、彼が写真家として出発した1940年代から60年代にかけて東京を撮影した写真180点を出品している。ほかに、柳田國男から福田繁雄まで、世田谷在住の文化人24人を撮影したポートレートも特別展示されていた。

1949年から木村伊兵衛の助手を務めた田沼の基本的なスタイルは、師匠譲りの、被写体を取り巻く空気感を丸ごと写し込むスナップショットである。それらを見ながら、あらためて写真の細部を「読む」ことの面白さを感じた。例えば、展覧会のポスターやチラシにも使われた《路地裏の縁台将棋》(1958)には、将棋に夢中になっている男の子たちとそれを見守る女の子をはじめとして、じつに多くの人、モノが写り込んでいる。花火を楽しむ浴衣姿の子供たちもいるし、その奥には戸口に入ろうとする女性の姿も見える。洗濯物、流しと洗面器、桶、三輪車などのモノたちもそれぞれ自己主張している。さらに濡れた地面の湿り気の感触が、いかにも下町の路地裏らしい雰囲気を醸し出す。それらすべてが一体化して、1950年代の東京の「残像」がまざまざとよみがえってくるのだ。

このような「読む」ことのできるスナップショットは、当時のフォト・ジャーナリズムの要請によって成立したものであり、その後、より個人的、主観的な解釈が強まるにつれて、あまり撮影されなくなっていく。だが、60年の時の隔たりを通過すると、それらがじつに味わい深い「微妙な含みをもつ暮らしの匂い」(酒井忠康)を発しはじめていることがわかる。ひるがえって、2010年代の現在の東京もまた、田沼や木村伊兵衛のように撮っておくべきではないだろうか。写真は画像に写し込まれた匂いや手触りや空気感を介して、過去と現在と未来とをつなぐ役目を果たすことができるからだ。

2019/03/08(金)(飯沢耕太郎)

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薄井一議「Showa96」

会期:2019/03/08~2019/03/30

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

ZEN FOTO GALLERYで開催されてきた薄井一議の「Showa」シリーズは、「Showa88/昭和88年」(2011)、「Showa92」(2015)に続いて今回が3回目になる。ちょうど平成の最後の時期の開催というのも感慨深いものがあるし、シリーズとしても今回で完結ということのようだ。

展覧会に寄せたコメントで、薄井はこう書いている。

「“昭和”が付くからと言って、別だんノスタルジーを追い求めている訳では全くない。僕は、この言葉を“生き抜く力”の象徴と考える。昭和がまだ別の時空で続いていたらどんな世界か、そんなファンタジーを追い求め、平成の終わりに第三弾が完成した」

「Showa」を「“生き抜く力”の象徴」と見る捉え方は、とても面白い。たしかに30年余り続いた平成時代は、日本人の生のエネルギーが、根こそぎ奪われていった時期に思えるからだ。薄井はそんな「Showa」を呼び起こすために、さまざまな場所に足を運び、奇妙な人物たちとの出会いを写真におさめていく。時にはその場所から何か特異な気配を感じ取り、演劇的な要素を取り入れてストーリー仕立てで展開したりもする。今回展示された写真でいえば、東京・大森の旧金子國義邸が取り壊される前に、ヌードや芸妓の格好をした女性を配して撮影した写真がそうである。2016年に日本青年館が閉鎖される前日に、わざわざ宿泊して撮影したという写真も興味深い。開いた窓からは、工事が始まったばかりの国立競技場の建築現場が見える。

薄井が「Showa」シリーズで積み上げてきた写真群は、ZEN FOTO GALLERY刊行の3冊の写真集にまとまり、かなりの厚みを持ち始めている。ぜひ、それらを、大きな会場で一度に見ることができる機会をつくってほしい。それとともに、薄井がこのシリーズの次にどんな展開を考えているのかも楽しみだ。

2019/03/08(金)(飯沢耕太郎)

佐藤信太郎「The Origin of Tokyo」

会期:2019/02/27~2019/04/13

PGI[東京都]

佐藤信太郎が2008年に刊行した『非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE』(青幻舎)は、ビルの非常階段から大判カメラで黄昏時の東京の光景を捉えたユニークな視点の写真集だった。今回のPGIでの展示はその続編というべきもので、これまでは主に東京の東側の地域を題材としてきたが、その撮影領域を東京の中心部にシフトしている。それだけでなく、デジタルカメラを使うようになって、写真をパノラマ的につなげてプリントできるようになった。今回展示された5点のうち最大のものは、0.86×11.5メートルという絵巻物のような作品だった。展覧会にあわせて、後半部分に近作のパノラマ作品をおさめた新刊写真集『非常階段東京 The Origin of Tokyo』(青幻舎)も刊行されている。

いうまでもなく東京の中心に位置するのは皇居であり、そこにカメラを向けると、画面の下部に黒々とした部分が大きく広がる。佐藤はあえてその闇の領域を取り込むことで、「日常と非日常の間、天と地の間、数歩先に進めばこの世からいなくなるような、この世とあの世のあわい」に位置する「非常階段」という視点を強調している。東京という都市の歴史的な地層を読み解くうえで、彼が発見したポジションは絶妙の視覚的効果を発揮しているといえる。ただ、東京を江戸以来の光と闇の二元論で捉える試みは、これまで多くの文学者、アーティストたちによって積み上げられており、ややクリシェ化していることも否定できない。これから先は、さらなる多層的な視点が必要となるだろう。その点において、パノラマ作品とともに展示されていた佐藤の初期作品「Geography」は注目に値する。「平面を平面のまま撮る」というコンセプトで地表を撮影したシリーズだが、もう一度見直すと思わぬ発見がありそうだ。

2019/03/06(水)(飯沢耕太郎)

江成常夫「After the TSUNAMI 東日本大震災」

会期:2019/02/28~2019/03/06

ポートレートギャラリー[東京都]

江成常夫は東日本大震災直後の2011年5月から、岩手、宮城、福島の三県にまたがる津波の被災地を撮影し始めた。今回の写真展は、2018年8月~9月に相模原市民ギャラリーで開催した同名の個展の再展示で、2018年5月まで7年間にわたって撮り続けてきた写真から56点を出品している。江成の撮り方はまさにオーソドックスなドキュメンタリー写真そのもので、会場には被写体の細部までしっかりと捉え切ったモノクロームの大全紙プリントが、息苦しいほどの緊張感を発して並んでいた。

このような、いわば古典的な手法で震災後の光景に向き合うことが、果たして妥当なのかどうかは問い直されなければならないだろう。また、津波の跡を撮影した写真群は、かなり多くの写真家たちによって発表されており、知らず知らずのうちに「見慣れた」眺めになってしまっていることも否定できない。だが、江成の愚直とさえいえそうな写真群は、二重の意味で大事な営みなのではないかと思う。ひとつは、彼がこれまで達成してきた日本と日本人の戦後を再検証する仕事の延長として、この「After the TSUNAMI 東日本大震災」を見ることができるということだ。『花嫁のアメリカ』(1981)、『シャオハイの満州』(1984)、『ヒロシマ万象』(2002)、『鬼哭の島』(2011)と続く彼のドキュメンタリーの仕事の系譜に、この作品も位置づけることができる。東日本大震災をこのような歴史的な視点で捉え直す作業は、これまであまりなかったのではないだろうか。もうひとつは、今回の写真群が6×6判という、どちらかといえば個人的、主観的な視線を感じさせるカメラで撮影されていることの意味である。あくまでも客観的な記録に徹しながら、江成常夫という写真家の自発的、能動的な撮影のあり方を、写真から感じとることができる。「After the TSUNAMI 東日本大震災」は、その意味で、とてもユニークな成り立ちの写真記録といえる。

なお、写真展にあわせて冬青社から同名の写真集が出版された。写真一点ごとに詳細な解説が付されており、その重厚な装丁・印刷が内容に見合っている。

2019/03/05(火)(飯沢耕太郎)

志賀理江子「ヒューマン・スプリング」

会期:2019/03/05~2019/05/06

東京都写真美術館[東京都]

志賀理江子は東日本大震災の1年後の発表された「螺旋海岸」(せんだいメディアテーク、2012)の頃から、「春」をテーマにした作品を構想していたのだという。2008年に宮城県名取市に移住した彼女にとって、長く厳しい冬が終わって突然に訪れる東北の春は、恐るべきエネルギーを発散する特別な季節と感じられたはずだ。それとともに、春になると「全くの別人となる」人物との出会いもあったのだという。そこから育っていった「ヒューマン・スプリング」の構想は、「自分ですらコントロール不可能な内なる自然」の力を、生と死を往還する儀式めいたパフォーマンスを撮影した写真を中心として検証する試みとなった。タイトルは、どこか宮沢賢治の『春と修羅』(1922)を思わせるが、おそらく賢治の仕事も意識しているのではないかと思う。

志賀の展覧会は、いつでもインスタレーションに大変な精力を傾注して構築されている。今回は、等身大を超えるサイズの写真を4面+上面に貼り巡らせた20個の箱を、会場に不規則に配置していた。観客はその間を巡礼のように彷徨うことになる。箱の片側の面には、「人間の春・永遠の現在」と題された、顔を紅く塗った半裸の若い男性のまったく同じ写真がリピートされ、反対側、および側面にはここ1年ほどのあいだに集中して撮影されたという写真群が並ぶ。上面はほとんど見えないが、そこには「人間の春・彼が彼の体にある、ということだけが、かろうじて彼を彼たらしめている」と題した、寄せては返す波の写真が貼られている。展示自体は「螺旋海岸」や「ブラインドデート」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2017)の、あの観客を包み込み、巻き込むような圧倒的なインスタレーションと比較すると、やや素っ気ない印象すら受ける。だが「写真を見せる」という意図はこれまで以上にはっきりしているし、暗闇や音響の力を借りなくとも、観客を作品世界に引き入れることができるという自信がみなぎっているように感じた。

「ヒューマン・スプリング」に関しては、制作のプロセスもこれまでとはやや違ってきている。木村伊兵衛写真賞を受賞した『CANARY』(赤々舎、2007)、では、まず志賀自身のヴィジョンが明確にあり、それに沿ってパフォーマンスが展開される場合が多かったのではないかと思う。ところが、「螺旋海岸」「ブラインドデート」そして「ヒューマン・スプリング」と進むにつれて、被写体となる人物たちとの対話を重視し、撮影現場の偶発性を写真に取り込むようになってきた。特に今回は、若い男女の「チーム」が、志賀とともに制作のプロセスに大きくかかわり、彼らとのコラボレーションという側面がより強まってきている。何が出てくるかわからないような状況に身を委ねることで、作品自体の手触り感がより流動的なものになった。それにしても、一作一作新たな領域を模索し、実際に形にしていく志賀の底力にはあらためて感嘆するしかない。それがまだまだ未完成であり、伸びしろがあるのではないかと思ってしまうのも、考えてみれば凄いことだ。

2019/03/04(月)(飯沢耕太郎)

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