2021年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

日本写真家協会創立70周年記念 日本の現代写真1985-2015

会期:2021/03/20~2021/04/25

東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]

プロ写真家たちの団体である日本写真家協会(JPS)は、1950年に67名の会員で創設された(現在の会員数は1400名を超える)。その創立70周年ということで企画・開催されたのが本展である。日本写真家協会は、これまで1968年、1975年、1996年と3回にわたって日本の写真表現の歴史を回顧する展覧会を開催してきた。特に幕末・明治初期から1945年までの写真を展示した、1968年の「写真100年 日本人による写真表現の歴史」展は、写真作品を収集・展示することの重要性を示唆し、その後の美術館の写真部門や写真・映像の専門施設の設立に強い影響を及ぼすことになる。今回の展示も、アナログからデジタルへという大きな潮流のなかで、日本の写真家たちがどんなふうに活動を展開してきたかをくっきりと浮かび上がらせるものとなった。

とはいえ、写真家1人につき1点、152点がほぼ年代順に並ぶという構成は、勢い総花的なものにならざるを得ない。むろん物足りない点は多々あるのだが、逆にJPSという枠を超えて、まったく傾向の違う写真が隣り合って並ぶことで、「日本写真」におけるスナップ写真やドキュメンタリー写真を志向する写真家たちの仕事の厚みが、あらためて見えてくるといった思いがけない発見もあった。また、カタログに掲載された1985-2015年の詳細な写真年表(鳥原学編)は、今後の貴重な基礎資料になっていくことは間違いない。

もう一つ興味深かったのは、写真作品のプリントの仕方である。大多数の出品作家は、モノクロもカラーもデジタルデータから印画紙にプリントしているのだが、浅田政志、川島小鳥、梅佳代の作品は「ネガフィルムからの発色現像方式」でプリントされている。米田知子は東京都写真美術館の所蔵作品をそのまま出品していた。今回は展覧会が巡回されることもあり、保存性を考えて、画像データからの出力が中心だったが、そうなるとフレームも含めて作品が均質に見えてしまう。今後のこのような企画では、写真家が自分のプリントの管理にどのような意識を持っているのかも、大きな問題になってくるだろう。

2021/03/19(金)(内覧会)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00056179.json s 10167983

映里『「饗宴──愛について」1996-2000』

発行所:赤々舎

発行日:2021/04(予定)

映里の名前は、中国人のパートナーの榮榮との写真作品制作ユニット、榮榮&映里(RongRong & inri)の一人としてよく知られている。2000年から共同制作を開始した二人の作品は、世界各地で展示されて高い評価を受ける。2007年には、北京郊外に中国初の現代写真芸術センター、三影堂撮影芸術中心を立ち上げて、国際的な展覧会や芸術祭を企画・運営していった。本書には、その映里がまだ日本で鈴木映里として活動していた1996-2000年制作の4作品、「セルフポートレート」「MAXIMAX」「GRAY ZONE」「1999 東京」が収録されている。

それらを見ると、20歳代の彼女が、内から溢れ出る衝動、エナジーを受け止める器として写真という表現手段に出会い、その中に没入していったプロセスがよくわかる。裸になり、駆け回り、赤い絵具をぶちまけ、布に絡まる──そのようなパフォーマンスを基調とした表現が全面に打ち出されており、コントラストを強調した黒白印画、粗粒子、ソラリゼーションなどの手法を多用することで、身体性、物質性への強いこだわりが貫かれている。むろん、のちの榮榮&映里の、静謐で高度な画面構成の作品と比較すれば、完成度はかなり低く、習作の段階にとどまっているように見えなくもない。だが、このようなパッショネートな表現意欲を、緊張感のある画面に封じ込めることで、後年の彼らの作品が成立していったことがよくわかった。

彼女がこれらの初期作品をあえて公表したのは、コロナ禍の状況において、「写真は愛を知るための唯一の方法で、愛は写真が生まれるための唯一の観念」と思いつめていた1990年代の初心を、もう一度取り戻そうと考えたためだろう。榮榮&映里としての発表も一区切りついたいま、ふたたび、ソロ活動を開始する可能性もあるのではないだろうか。

2021/03/18(木)(飯沢耕太郎)

佐藤倫子「creative snap」

THE GINZA SPACE/吉井画廊[東京都]

佐藤倫子は2009年の個展「CROPPINGS」(Deco's Dog Cafe 田園茶房)の頃から、自ら「creative snap」と命名した写真作品を発表し始めた。目についた光景をスナップしていくのだが、色、フォルム、質感などに気を配ることで、抽象画を思わせる「リアルであるのに非現実的な世界」が画面上に広がる。そのスタイルをさらに追求していくプロセスで、今回面白い発見があった。1920-30年代に写真芸術社、日本写真会の会員として、ユニークな写真作品を発表していた福原路草と、自分の写真がかなり似ていることに気づいたのだ。

福原路草(本名・信辰)は、資生堂化粧品の創設者の福原信三の9歳下の弟で、高名な芸術写真家だった兄の影響を受けて写真の世界に踏み込んでいった。だが作風は信三と比べるとかなりモダンで、むしろ1930年代以降に流行する「新興写真」に近い。1935~38年頃に自宅近くのトタン塀を撮影した連作など、当時としては驚くほどの実験的、意欲的な作品といえる。たしかに佐藤の「creative snap」は、その路草の仕事と共通点が多い。それを証明するために、今回はTHE GINZA SPACEの会場に、資生堂から路草の作品を2点(《木 榛名湖》1939、《トタン塀》1935)を借りて展示していた。佐藤は資生堂化粧品宣伝部を経てフリーランスになったという経歴の持ち主なので、まさに福原家の美の遺伝子が受け継がれているともいえるだろう。

このような試みはとても興味深いが、「creative snap」自体は、福原路草の仕事の継承というだけではなく、もっと独自の方向へ展開していくべきだろう。そのいくつかの方向性は、本展でも形を取り始めている。たとえば、路草のテーマでもあったトタン塀は、佐藤も以前からずっと気になって、かなりたくさん撮影していたという。トタンという素材に被写体を絞るというのも考えられそうだ。

「creative snap」
会期:2021/03/01~2021/03/28
会場: THE GINZA SPACE
会期:2021/03/01~2021/03/27
会場:吉井画廊

2021/03/16(火)(飯沢耕太郎)

竹下修平「浄土作庭考」

会期:2021/03/15~2021/03/27

巷房・1[東京都]

竹下修平は、2015年頃から寺社などの庭園を撮影し始めた。日本庭園は単なる庭というだけではなく、浄土思想に基づいた「極楽浄土の再現」という意味合いを持っている。だがよく考えると、死者だけが見ることができる極楽浄土を「再現」するというのもおかしな話だ。つまり、庭園それ自体が「まだ見ていないもの、見えないものを可視化しようとする試み」ということになる。竹下は、その「浄土作庭考」シリーズの制作にあたって、デジタル画像による風景の再構築を追求していった。視点を変えながら、「瞬きの数ほど」シャッターを切り、無数の画像をズラしながら重ね合わせて、視覚的な経験を再現しようとする。だが、ズレを修正しようとすればするほど、それが拡大してしまうことになる。竹下は、むしろその「破綻」によって、「未だ見ぬ風景の再現」が可能になると考えた。

今回の巷房・1の個展では、東慶寺、慈照寺、報国寺、妙蓮寺、龍安寺、清澄庭園、小石川後楽園などの庭を撮影し、大きめにプリントした作品が展示されていた。このシリーズの見所は、それぞれの作品の画像の、細やかな神経が行き届いた再構築の手つきにある。薄めの画像を何度も重ね合わせることで、微妙な色合いの変化が生まれてくるとともに、余白の部分もうまく活かされている。画像が鮮明に浮かび上がってきたり、逆に朦朧としてきたりする場合もある。画面上に「作庭」された綴れ織りのような画像が、精妙な視覚的なハーモニーを生み出していた。コロナ禍で海外での展示がむずかしいのが残念だが、むしろヨーロッパなどの観客に、よりヴィヴィッドな反響を呼びそうだ。

なお、展覧会に合わせて、東京綜合写真専門学校出版局から、同名の写真集が刊行された。大判の、目に馴染みやすいレイアウトで、印刷にも気を配って丁寧に制作されている。

2021/03/15(月)(飯沢耕太郎)

田代一倫「2011-2020 三陸、福島/東京」

会期:2021/03/04~2021/03/28

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

田代一倫が2013年に刊行した『はまゆりの頃に 三陸、福島 2011〜2013年』(里山社、2013)は印象深い写真集だった。写真集には、田代が震災後に東日本大震災の被災地で出会った人たちに声をかけ、撮影した写真が、短いコメントとともに453人分掲載されている。実際に撮影したのは1200人以上とのことだが、被写体となる人たちとしっかりとコミュニケーションをとって、撮る側と撮られる側との非対称性を注意深く回避している。たとえば、仙台市の繁華街で出会ったホストや夜の街の女性も撮影することで、「被災者のポートレート」という枠組みにおさまらないように配慮されていた。

田代はその後2014年から、東京の住人たちを同じような手法で撮影していく。だが、その「『東京』2014-2020」のシリーズは、誰をどのように撮るかに悩んで紆余曲折し、田代自身も2019年に躁鬱病の症状がひどくなって入院することになる。コロナ禍も、撮影を巡る状況をより困難なものにした。田代が展覧会に寄せた2020年8月の日付がある長文のテキストを読むと、「コロナとも付き合う、社会とも付き合う、写真とも付き合う、病気とも付き合う」といった多方向に引き裂かれた状態で、困難な撮影を続けている彼の姿が浮かび上がってくる。

それでも、今回「はまゆりの頃に」とともに展示された「東京」シリーズは、大きな可能性を持つポートレート作品となりつつあると思う。2020年以降、カメラをデジタルに変えたことで、人物と正対してその全身と周囲の光景を画面におさめるという、それまでの撮影のスタイルからはみ出すものも出てきた。だが、人が写っていなかったり、ブレたり、距離感が狂ったりした写真も含めて、田代の写真撮影の行為のリアリティがひしひしと伝わってくる。また2階の会場の、ポートレートと路上の番地表示(東駒形三丁目、歌舞伎町2-33、千駄ヶ谷三丁目など)の写真をカップリングして展示する試みも面白い。地名とその住人との関係をいろいろ想像することができるからだ。まだ撮影は続きそうだが、この「東京」シリーズはぜひ完結させてほしいものだ。

2021/03/10(水)(飯沢耕太郎)

文字の大きさ