2019年11月15日号
次回12月2日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

FUJIFILM SQUARE 企画写真展 11人の写真家の物語。新たな時代、令和へ 「平成・東京・スナップLOVE」 Heisei - Tokyo - Snap Shot Love

会期:2019/06/21~2019/07/10

FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)[東京都]

ややベタなタイトルだが、とても活気のある面白い内容の展覧会だった。出品作家は有元伸也、ERIC、大西正、大西みつぐ、オカダキサラ、尾仲浩二、中野正貴、中藤毅彦、ハービー・山口、原美樹子、元田敬三の11名。彼らが平成時代に撮影したそれぞれの代表作が、壁にぎっしりと並んでいる。

平成時代の30年間は、彼らのような「ストリート・スナップ」の撮り手にとっては苦難の時代だった。「肖像権」、「個人情報」といった言葉が一人歩きして、路上で自由に撮影することがむずかしくなってきたからだ。だが展示された作品を見ると、あらかじめ先入見なしに街を徘徊し、目に飛び込んでくるモノ、人、出来事に向けてシャッターを切っていく行為が、今なお充分に魅力的なことがよくわかる。一見フラットに均質化しつつあるように見える都市の路上にも、次に起こるかわからない未知の可能性が秘められている。それを定着していくのに、スナップショットという方法論以外は思いつかない。

出品作家の年齢を見ると、1950年生まれのハービー・山口が最年長で、有元伸也以下1950〜70年代前半生まれの写真家たちが並ぶ。70年代後半以降に生まれたのはERIC(1976年生まれ)、オカダキサラ(1988年生まれ)の2名のみである。こうしてみると、若い世代がやや手薄なのが気になる。そのことにも、スナップショットを撮りにくくなったというSNS時代の空気感が反映しているのではないだろうか。あと何年か後に「令和・東京・スナップLOVE」展が開催可能になるくらいの、撮り手の厚みを保ち続けていってほしいものだ。

2019/06/23(日)(飯沢耕太郎)

生誕120年 山沢栄子 私の現代

会期:2019/05/25~2019/07/28

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

1931年に大阪で写真スタジオを開業した山沢栄子(1899〜1995)は、日本の女性写真家の草分けのひとりである。戦後も、関西を拠点にユニークな作家活動を展開した。だが、日本の写真表現の歴史において極めて重要な作家であるにもかかわらず、作品(プリント)があまり残っていないこともあって、これまで大規模な展覧会は開催されてこなかった。今回の西宮市大谷記念美術館での展示は、赤々舎から刊行されたカタログを兼ねた同名の作品集も含めて、その空白を埋める好企画である。

展示は4部構成で、1階の第1部には、1970〜80年代に制作されたカラーおよびモノクロームの抽象作品「私の現代/What I am doing」の28点が並ぶ。さまざまな材料の物質性を活かしつつ、力強く画面を構成していく同シリーズには、最後の大作にチャレンジしようとする意欲がみなぎっている。2階の第2部には、1962年に未來社から刊行された写真集『遠近』におさめられた作品が展示されていた。ネガやプリントがほとんど残っていないため、写真集のページをそのまま額装しているが、精度の高いグラビア印刷なので、充分鑑賞に堪える。山沢は1926年に渡米し、美術学校で油絵を学びながら女性写真家のコンスエロ・カナガの助手となって写真技術を身につけ、1929年に帰国。1955年にカナガの招きで再渡米し、半年ほどニューヨークに滞在した。『遠近』には、このときに撮影した「ニューヨーク6ヵ月の目」をはじめとして、ポートレート、風景、静物などの代表作、さらに後年の抽象表現につながる実験作などが収録されている。山沢の表現力がピークに達した時期の、多彩で充実した内容の作品群である。第3部は、山沢がカナガを通じて間接的に影響を受けたアルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストン、彼女が師事した商業写真家ニコラス・マーレイら、アメリカの近代写真家たちの作品による「山沢栄子とアメリカ」のパートである。展覧会は、さらに戦前・戦後の彼女の歩みを写真と資料で再構成した第4部「『写真家』山沢栄子」で締めくくられていた。

約140点の作品展示は、山沢の写真家としての活動を過不足なく浮かび上がらせており、とてもよく練り上げられている。東京の写真家たちと比較すると、関西在住の写真家たちへのアプローチはやや手薄になりがちだ。今後もより細やかな調査・発掘が必要になるだろう。なお、本展は2019年11月12日〜20年1月26日に東京都写真美術館に巡回する。東京での反響も楽しみだ。

2019/06/20(木)(飯沢耕太郎)

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小野山琴実「叫ぶように、祈るような」

会期:2019/06/15~2019/06/22

VACUUM GALLERY[大阪府]

小野山琴実は1993年、滋賀県生まれ。2015年にビジュアルアーツ専門学校大阪の写真学科を卒業し、同校の助手を務めていたが、今年からフリーの写真家として活動し始めた。『Better Half』(2016)、『光彩を放つ黒』(同年)、『光の痕』(2018)と、ZINE(小冊子の写真集)を3冊ほど出したことはあるが、本格的な個展としては、今回のVACUUM GALLERYでの展示が初めてになる。

壁に撒き散らすように直貼りされた、大小65点の写真群の中心となっているのは、同年代の女性たちのヌードである。単純な構成の写真はほとんどなく、体にペインティングしたり、画像を投影したり、さまざまな色味の光を当てたりして、彼女たちに内在するエロス(生命力)を引き出そうとしている。それらが日常の光景や、ヌード以外の演劇的なシチュエーションの場面と混じり合い、絡み合って、何とも混沌とした眺めを出現させる。写真の相互の組み合わせが、必ずしもうまくいっているとは思えないし、作者の意図も明確には伝わってこない。にもかかわらず、そこにはまさに「叫ぶように、祈るような」思いで撮影しているという、切実な感情があふれ出ている。若い世代の、どちらかといえば小綺麗にまとまった写真を見慣れた目には、それがとても新鮮に映った。

とはいえ、このまま続けていっても、混沌とした状態を保ったまま、テンションが下がっていくだけだろう。次に必要なのは、もう少し冷静に、自分にとって何が最も大切なテーマなのかを見極めていくことではないだろうか。小野山の写真の中には、バタイユの『眼球譚』を思わせる「眼」のイメージがよく出てくる。そのあたりを、キー・イメージとして育て上げていってもいいかもしれない。

2019/06/19(水)(飯沢耕太郎)

下瀬信雄展 天地結界

会期:2019/05/23~2019/07/07

山口県立美術館[山口県]

下瀬信雄(1944〜)は山口県萩市在住の写真家。1967年に東京綜合写真専門学校卒業後、家業の写真館の仕事をしながら、コンスタントに作品を発表し続けてきた。今回の山口県立美術館での展示は、その彼の50年以上にわたる写真家としての軌跡を辿る回顧展である。

まず、最初のパートに展示されている、巨大サイズのデジタルプリント作品群に驚かされる。下瀬は2000年代になってから、撮影、プリントのデジタル化を進め、画像の合成やキャンバス布地へのプリントなどの手法を積極的に用いるようになった。それらは地元の萩をはじめとする山口県各地の風景、さらに日本各地の風景までも、新たな視点で見直そうとする意欲的な試みでもある。

次に学生時代の習作をはじめとして、彼が刊行した3冊の写真集『萩 HAGI』(求龍堂、1989)、『萩の日々』(講談社、1998)、『結界』(平凡社、2014)におさめられた作品を中心に代表作が並ぶ。生まれ育った城下町、萩の風物を、あくまでも日常生活に根ざした眼差しで細やかに撮影した『萩 HAGI』、『萩の日々』の写真群も興味深いが、圧巻は最後のパートに並ぶ『結界』のシリーズである。大判カメラを使って、自然界に潜む見えない境界線を探り当てようとするこのシリーズは、1990年代初頭から現在まで続くライフワークとなった。少年時代に「科学者か詩人」になりたかったという下瀬の、客観性と主観性とを融合した視点がどの作品にも貫かれていて、見応えのあるシリーズとなっている。

下瀬のような「地方作家」の仕事は、「中央」の写真家と比較すると、どちらかといえばネガティブに捉えられがちだ。だが、同じ中国地方の鳥取県で活動を続けた植田正治のように、「地方」に居ることを逆手にとって、独自の作品世界を構築していく者もいる。下瀬もまた、萩という豊かな自然と歴史に育まれた土地に根ざすことで、多面的な作家活動を展開してきた。新作のデジタル作品を見ても、その創作意欲はまだまだ衰えていないようだ。

2019/06/14(金)(飯沢耕太郎)

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笠木絵津子「『私の知らない母』出版記念新作展」

会期:2019/06/10~2019/06/22

藍画廊[東京都]

笠木絵津子は2000年以降、「戦前の東アジアに生きた私の母の半生を、古い家族写真と私が現地に赴いて撮影した現在写真を交錯させて描いたデジタル作品シリーズ」を発表し続けてきた。昨年、母の死から20年を迎えたことを契機に、それらを作品集『私の知らない母』(2019年9月に発売予定)にまとめることを思いつく。今回の藍画廊での個展では、その中におさめられる予定の新作16点中5点を発表した。

笠木が、同シリーズを制作し始めた20年前と比較すると、デジタル加工技術の進化は驚くべきものだ。今回の展示には、最大110×400センチの大作が出品されているのだが、この大きさと画像の精度は以前には考えられなかった。それだけでなく、祖父のアルバムの写真に写っている旧満州や台湾の風景、母のポートレート、あらためて撮影した「現在写真」などをコラージュ的につなぎ合わせていく手法も、ずっと洗練されたものになってきている。とはいえ、《1941年、満洲国哈爾濱市にて、17歳の母と松花江を望む》の解説に記された、ホテルの窓いっぱいに広がる松花江を目にして、「泣きながら窓の外の大陸を撮り続けた」という述懐によくあらわれているように、亡き母親に対する哀切極まりない感情の表出はキープされている。個人史と、日本とアジア諸国との関わり合いの歴史をクロスさせていく視点も、今なお有効性を保ち続けているのではないだろうか。作品集の刊行というひとつの区切りを経て、このシリーズがこの先どんな風に展開していくのかが楽しみだ。

2019/06/13(木)(飯沢耕太郎)

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