2021年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

中西敏貴「Kamuy」

会期:2020/09/19~2020/10/31

キヤノンギャラリーS[東京都]

昨年1月~3月にキヤノンギャラリーSで開催されたGOTO AKIの写真展「terra」を観た時にも感じたのだが、風景写真の新世代が胎動しつつあるようだ。彼らの仕事は、基本的に「花鳥風月」の美意識に則って、箱庭的な日本の自然を細やかに描写してきた前世代とは一味違うスケール感を備えている。今回「Kamuy(カムイ)」展を開催した中西敏貴も、その有力な作り手の一人といえるだろう。

1971年に大阪で生まれた中西は、1989年ごろから北海道に通うようになり、2012年に撮影の拠点を美瑛町に移した。それ以降に撮影された本シリーズは、北海道の森羅万象に先住民族のアイヌが信奉していたカムイ(神)の存在を感じるという彼の思いを、「気配の集積としての風景」として投影した厚みのある作品群となった。

注目すべきなのは、彼が原生林で見出した木の肌、地衣類、菌類などが作り上げる自然のパターンを、アイヌや縄文人の造形物の紋様と結びつけて撮影していることだ。たしかに太古の昔から、人々は自然の造形を彼らの土器や織物や装飾物に取り入れてきたわけで、中西の試みは写真を通じてその歴史を辿り直そうとしているようにも見える。このところ、日本の先史時代への注目が増していることでもあり、中西の仕事も、自然環境だけではなく民族学や文化人類学の領域に伸びていってもいいのではないだろうか。北海道という魅力的なトポスに根ざした、より広がりと深みを備えた写真の世界をめざしていってほしい。

2020/10/24(土)(飯沢耕太郎)

吉川直哉「Family Album」

会期:2020/10/12~2020/10/24

ギャラリーナユタ[東京都]

吉川直哉のような1950-60年代生まれの世代は、家族アルバムに強い思い入れがあるのではないだろうか。父親が折に触れて家族の写真を撮り、母親がそれらにキャプションを付して、アルバムのページに貼りつける。そんな分厚い家族アルバムが、どんな家にも1冊や2冊はあったものだ。だが、1980年代頃から写真を撮る量が増えてくると、アルバムに貼る余裕もなくなり、90年代以降はデジタル化によってプリントすらされなくなった。だから、吉川が母親の死や東日本大震災を契機として、自分の家のアルバムの写真を複写し、「自分についての物語」を確認しようとした気持ちはよくわかる。家族アルバムが、記憶をつなぎとめておくアーカイブの役目を果たしてきたのだ。

だが、今回ギャラリーナユタで展示された「Family Album」シリーズは、単純な複写ではない。写真を斜めに傾け、その一部にピントを合わせて残りをボカしたり、画像の一部だけを切りとったりすることによって、家族の記憶は再構築され、新たな「物語」が立ち上がってくる。それは優れて批評的な写真読解の試みといえるだろう。もうひとつ重要なのは、この「Family Album」が、今年6月に東京・松原の半山ギャラリーで展示された「HOME 家」シリーズと対になる作品だということだ。そちらの展示は見逃してしまったが、展覧会に合わせて刊行された写真集『Family Album』(私家版)には、両シリーズが掲載された。もはや家族の住処ではなくなった奈良市の「家」にカメラを向けた「HOME」では、吉川は、いわば記憶の器としての「家」そのものの姿を浮かび上がらせるように、その細部を克明に描写している。

大阪芸術大学写真学科で教鞭を執り、2016年には韓国・大邱の大邱写真ビエンナーレの芸術監督を務めた吉川は、今回の連続展示で、写真家としての新たな水脈を見出したようだ。

関連レビュー

吉川直哉 展 ファミリーアルバム|小吹隆文:artscapeレビュー(2014年11月01日号)

2020/10/24(土)(飯沢耕太郎)

光─呼吸 時をすくう5人

会期:2020/09/19~2021/01/11

原美術館[東京都]

見に行く前は、出品作家の人選と展示意図がうまく呑み込めなかったのだが、実際に会場を回って、とてもよく練り上げられた展覧会であることがわかった。「手に余る世界の情勢に翻弄され、日々のささやかな出来事や感情を記憶する間もなく過ぎ去ってしまいそうな2020年。慌ただしさの中で視界から外れてしまうものに眼差しを注ぎ、心に留め置くことはできないか」というコメントがチラシに記されていたが、たしかにそのような思いを抱いている人は多いのではないだろうか。「コロナの年」として記憶されるはずの今年は、日常がアーティストにもたらす「ささやか」だが大切な促しがあらためてクローズアップされた年でもあった。その時代の気分を掬いとった本展はまた、40年の歴史を持つ原美術館の最後の展覧会(2021年1月に閉館)にふさわしいものであるともいえる。

出品作家は今井智己、城戸保、佐藤時啓、佐藤雅晴、リー・キットの5名。作風はバラバラだが、日常のディテールに目を凝らし、細やかに定着しようという点では共通点がある。展覧会の総題にもなっている、ペンライトや鏡の反射の光を長時間露光で捉えた佐藤時啓の「光—呼吸」や、福島第一原子力発電所の遠景を30キロ圏内の山頂から撮影した今井智己の「Semicircle Law」シリーズは以前も見ているが、城戸保や佐藤雅晴の作品は初めて見たので印象が強かった。「突然の無意味」をカラー写真で探求し続ける城戸の試みは、さらなる「無意味」へとエスカレートしていってほしい。佐藤雅晴が東京の日常の光景を撮影し、その一部をアニメーションで忠実にトレースした「東京尾行」シリーズは、実写とアニメーションとの微妙なズレが絶妙な異化効果として作用している。昨年、まだ40歳代で逝去したとのことで、惜しい才能だったと思う。

原美術館とハラ ミュージアム アークの建物を題材にした佐藤時啓の「こんな夢をみた─親指と人さし指は、網目のすき間の旅をする─」には、別な意味で可能性を感じる。ドローンで撮影した風景をデジタル変換で3D化して、現実世界と仮想世界との両方に足を掛けることで、ぐにゃぐにゃの軟体動物を思わせる奇妙な眺めが出現してきていた。

2020/10/23(金)(飯沢耕太郎)

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野口靖子『台湾 2017-2020』

発行所:VACUUME PRESS

発行日:2020/11/01

野口靖子は1973年、大阪生まれ。阿部淳、山田省吾とVACUUME PRESSを運営しており、これまで同出版社から『桜人』(2008)、『青空の月』(2013)の2冊の写真集を刊行してきた。3冊目にあたる本書『台湾2017-2020』をひもとくと、野口が写真家として力をつけ、魅力的なスナップショットの撮り手になってきたことがよくわかる。

2017-2020年に、台湾を何度も訪れて撮影した写真70点余りを集成した写真集だが、6×6判のフォーマットのカメラを巧みに使いこなして、路上の光景を鮮やかに切り取っている。何といっても、南の国に特有の、ねっとりと湿り気と熱気を帯びた空気感が、画面の隅々から伝わってくるのがいい。カメラと野口のからだとが一体化して、泳ぐように街をさまよっている様子が、的確な被写体との距離感で定着されていて、記憶の織目がゆるやかに解きほぐされていくような、心地よい気分を味わうことができた。

ただ、モノクロームでよかったのだろうか、という疑問は残る。視覚だけでなく、五感すべてを刺激する台湾の光景を白黒で描写すると、抽象度が増して、2017-2020年に撮影したという現在性が薄れてしまう。東松照明は、1972-73年に沖縄をモノクロームで撮影した後、写真集『太陽の鉛筆』(毎日新聞社、1975)の後半部分におさめた「東南アジア編」を開始するにあたって、カラー・ポジフィルムを使い始めた。台湾やフィリピンやインドネシアの「原色の街」を撮るのは、モノクロームではむずかしいと判断したということだ。無理強いするつもりはないが、野口の『台湾』の写真を見ていると、「色」がほしくなってくる。

2020/10/21(水)(飯沢耕太郎)

甲斐啓二郎「綺羅の晴れ着」

会期:2020/10/13~2020/10/25

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

甲斐啓二郎は今年の3月に写真集『骨の髄』(新宿書房)を出版し、8月~9月には銀座ニコンサロンで同名の展覧会を開催した。ここ数年ずっと続けてきた、世界各地の祭事を取材してスポーツや格闘技の起源を探るという作業に、ひとつの区切りがついたということだ。大きな仕事が終わった後、「次」が見つかるまでに時間がかかるというのはありがちなことだが、甲斐がTOTEM POLE PHOTO GALLERYで開催した個展「綺羅の晴れ着」では、早くも新たな方向性が示されていた。

今回、甲斐が撮影したのは岡山・西大寺の「会陽」、三重・津市の「ざるやぶり神事」、岩手・奥州市の「蘇民祭」である。いずれも「はだか祭り」とも称され、褌ひとつの裸体の男性たちの集団が激しく体をぶつけ合うことで知られている。祭事の意味が伝わるような場面を注意深く避け、参加者の表情や身ぶりをきめ細やかに追う撮影のスタイルは、『骨の髄』とも共通しているが、見た目の印象はかなり違う。それは「はだか祭り」であるがゆえの、男たちの「汗や体臭を放出する、ぬるっとした肌」の感触が、より強調されているからだろう。彼らの姿は性的なエクスタシーと紙一重であるように見える。そのことで、祭事全般に潜んでいたエロス的な要素が、全面的に開示されることになった。

甲斐が今回発見した、「はだか祭り」の空間に備わった集団的なエロスの強烈な喚起力が、これから先どんなふうに展開していくのかはまだわからない。だが、その方向を突きつめていけば、新たな領域が見えてくるのではないかという予感がある。

2020/10/21(水)(飯沢耕太郎)

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