artscapeレビュー

岸幸太『傷、見た目』

2021年06月01日号

発行所:写真公園林

発行日:2021/03/01

2004年にphotographers’ galleryのメンバーに加わった岸幸太は、2006-2009年に大阪・釜ヶ崎、東京・山谷、横浜・寿町などの路上で日雇い労働者たちをスナップ撮影した「傷、見た目」と題する写真シリーズを、同ギャラリーと、隣接するKULA PHOTO GALLERYで連続的に発表した。それらは、1950-1960年代に井上青龍が釜ヶ崎を撮影して以来の伝統的なテーマを受け継ぐものといえる。だが、岸はあえて労働者たちとコミュニケーションをとることなく、ノーファインダーでシャッターを切り続け、客観的、即物的なドキュメントに徹している。とはいえ、岸の写真には彼らの所有物を暴力的に奪いとるような視線のあり方はあまり感じられない。路上に打ち棄てられたモノたちをクローズアップで撮影した写真群も含めて、「傷、見た目」は、下積みの人たちにのしかかる社会的なプレッシャーがじわじわと滲み出てくる、希有な味わいのドキュメントとなった。

岸はその後、新聞紙に写真を印刷した「The Book with Smells」(KULA PHOTO GALLERY、2011)、廃材、床材、プラスチック製品などに直接プリントを貼り付けた「Barracks」(photographers’ gallery/KULA PHOTO GALLERY、2012)など、写真を素材としたインスタレーション的な展示も模索していった。物質性の強い被写体をさらに強烈な物質性を備えた支持体と強引に接続するというそれらの興味深い試みを経て、2020年12月と2021年2月〜3月、会期を2回に分けて、ひさしぶりにphotographers’ galleryで個展「傷、見た目」を開催した。ふたたびストレートなスナップ/ドキュメンタリー写真に回帰した同展に合わせて刊行されたのが、15年余りの成果をまとめた本書である。大判ハードカバーの写真集に収録された204点の黒白写真には、ここにある眺めを、このような形で残しておきたいという強い意志が刻みつけられている。

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