2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

髙橋健太郎『A RED HAT』

発行所:赤々舎

発行日:2020/9/20

髙橋健太郎は1989年、横浜市生まれのドキュメンタリー写真家。1941年に旭川師範学校の美術部に属していた菱谷良一(当時19歳)と松本五郎(当時20歳)が、共産主義運動に呼応した制作活動を行なったという嫌疑で特別高等警察によって検挙されたという「生活図画事件」をテーマとする本作「A RED HAT」は、昨年(2019年)9月~10月に銀座ニコンサロンで展示され、同年度の東川賞特別作家賞も受賞している。本来なら、写真展にあわせて本書『A RED HAT』が出版される予定だったが、刊行が遅れに遅れ、ようやく手にすることができた。

髙橋は2017年の「テロ等準備罪」(いわゆる共謀罪)の国会通過をきっかけとして、戦前の治安維持法による取り締まりの実態について調べ始め、「生活図画事件」に行き着いた。その当事者の二人がまだ存命なのを知り、北海道・旭川と音更町の彼らの自宅を訪ねて丹念な取材を開始した。さらに長年にわたって「生活図画事件」の聞き取り調査を行なってきた宮田汎も取材する。彼らの写真、証言、当時の記録資料などを1冊にまとめたのが本書である。

髙橋は、菱谷、松本、宮田の暮らしのあり方、東京での国会請願行動などの写真を、ジャーナリスティックなセンセーショナリズムを注意深く排除し、節度と距離感を保って撮影した。80年近く前の事件が彼らに及ぼした傷痕を、事物のディテールを丁寧に描写することで静かに開示していく写真には説得力があり、写真集のタイトルの元になった、松本が釈放後に一気に描いたという妹の赤い帽子をかぶった自画像など、鍵になるイメージが的確に配置されている。ただ、あまり大きくない判型の本に、写真ページとかなり詳細な文章ページを同居させるのは、やや無理があるように見える。写真篇と資料篇を分冊にする選択肢もあったかもしれない。

2020/11/16(月)(飯沢耕太郎)

本城直季 (un)real utopia

会期:2020/11/07~2021/01/24

市原湖畔美術館[千葉県]

本城直季は、4×5インチ判の大判カメラの「アオリ」の機能を活かして、ミニチュアのような人物や建物を配したジオラマ的な風景写真を撮影・発表してきた。写真集『small planet』(リトルモア、2006)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞した時、たしかに卓抜なアイディアの作品だと思ったのだが、テクニックが目につくこの種の仕事のむずかしさも感じた。同じ手法を繰り返すことで、マンネリズムに陥るのではないかと危惧したのだ。ところが、本城はその後、被写体の幅を大きく広げ、ヘリコプターによる空撮なども積極的に使うことで、新鮮な印象を与える眺めを生み出し続けている。彼の「ジオラマ/ミニチュア風景写真」は意外に奥行きが深かったということだろう。

本格的な回顧展としては最初のものとなる今回の「(un)real utopia」展では、これまであまり発表されることがなかった作品を見ることができた。大学時代のポラロイド作品(「daily photos」)や大判カメラを使った習作は、本城がどんな試行錯誤を経て「ジオラマ/ミニチュア風景写真」に至ったかを示していた。初めて公開されるという「tohoku 311」は東日本大震災の3カ月後に、被災地を空撮したシリーズだが、「街がなくなるということが、どういうことなのか」という問題提起への答えが、説得力のある画像表現として提示されている。工場地帯を撮影した「industry」や自然に中の人為的な痕跡を探った「plastic nature」もそうなのだが、画面の一部分にのみピントが合う「アオリ」によって見えてくる眺めには、被写体となる風景そのもののベーシックな構造をくっきりと浮かび上がらせる効果がある。今回の市原湖畔美術館の展示では、部屋ごとのインスタレーションにも工夫が凝らされていて、本城直季の写真作家としての本質的な要素が見事にあぶり出されていた。

2020/11/14(土)(飯沢耕太郎)

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原麻里子「picture window」

会期:2020/11/04~2020/11/16

ニコンサロン[東京都]

原麻里子は1982年、東京生まれ。2005年に東京造形大学デザイン学科環境計画専攻を卒業している。同大学在学中から写真に興味を抱き、写真家の高梨豊や白岡順の講義も受講していたという。

今回の作品は東京・深大寺の自宅の窓からの眺めを柱として、夫や子供たちとの日常をスナップした写真を配したものだ。横長の窓の向こうには植物が生い茂る雑木林があり、その一画が切り拓かれて二階建てのアパートが建てられようとしている。その建造のプロセスを定点観測的に撮影した写真群が全体の3分の1ほどで、あとは室内の情景が淡々と並ぶ。その「外」と「内」の写真の配合と配置が絶妙で、静かだが微妙な波風が立つ暮らしの様子、その手触り感がきちんと伝わってきた。出品作の中に、画面の上下をカットして、「picture window」をやや大きめのパノラマサイズで見せたプリントがあり、それがうまく展示の流れを作っていた。ただ、他の写真は同一サイズなので「外」と「内」との対比がくっきりと見えてこない。窓の写真をすべてパノラマサイズにして、メリハリをつけるという選択肢もあったかもしれない。

撮影はまだ続くということなので、窓からの眺めも室内の情景も、今後少しずつ変わっていくのではないだろうか。その変化に対応して、作品の見え方も違ったものになっていくはずだ。力のある写真家なので、このシリーズだけにこだわる必要はないだろう。「picture window」の撮影は続けながら、ぜひ別なテーマにも取り組んでいってほしい。

2020/11/13(金)(飯沢耕太郎)

写真新世紀 2020

会期:2020/10/17~2020/11/15

東京都写真美術館[東京都]

1991年にスタートしたキヤノン主催の写真公募展「写真新世紀」は、今回で43回目を迎えた。当初は年4回で、年2回公募していた時期もあったので回数が増えているが、近年は年1回の公募に落ちついている。とはいえ、既に30年近く続いているわけで、立ち上げにかかわった評者にとっては感慨を禁じ得ない。

「写真表現の新たな可能性に挑戦する新人写真家の発掘・育成・支援を目的とする公募企画」という趣旨に変わりはないが、もはや写真=静止画像という思い込みは成立しなくなっている。今回の展示でも、グランプリを受賞した樋口誠也「some things do not flow in the water」(野村浩選)をはじめ、宮本博史「にちじょうとひょうげん―A2サイズで撮り溜めた、大阪府高槻市・寺田家の品々―」(椹木野衣選)、立川清志楼「写真が写真に近づくとき」(オノデラユキ選)が映像作品だった。後藤理一郎「普遍的世界感」(安村崇選)は静止画像の作品だが、モニターでスライド上映している。静止画像と動画の境界線はもはやほとんどなくなってはいるが、作品を前にしたときの視覚的経験にはやはり大きな違いがある。そのあたりは、もう少し意識的に考えるべきではないだろうか。

佳作作品を含めて、上位入賞作品のクオリティは以前に比べて格段に上がってきている。だが、圧倒的な感動を与える作品はなかった。もしかすると、あまりにもすっきりとした展示を求め過ぎて、個々の作家が思い込みから発するノイズが削ぎ落とされていることもその理由なのではないかと思う。以前は、展示構成において、写真家たちの生々しい表現欲求が、もう少しストレートに出ていたのではないだろうか。今回の上位入賞作品は、そのあたりがやや希薄だったが、前年度のグランプリ受賞作家、中村智道の特別展示「Ants」には強烈なこだわりを感じた。「蟻を見る自分、そして蟻を見るように見られる自分、抗うことが出来ない巨大な力によって見られる自分という観点から」構築された作品には、切実なリアリティがある。

2020/11/04(水)(飯沢耕太郎)

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田口るり子写真展「CUT OFF」

会期:2020/10/29~2020/11/15

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

今年6月にコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春」展は、コロナ禍の緊急事態宣言下の日本における20人の写真家たちの状況を、彼らが撮影した写真によって浮かび上がらせた好企画だった。田口るり子の「CUT OFF」は、その出品作の中でも特に印象に残った作品である。同展への出品が、あらためてふげん社での個展に結びついたのは、とてもよかったと思う。

田口は2002年に愛知県名古屋市から上京し、2003年に富士フォトサロン新人賞を受賞するなど、写真家として将来を期待されていた。だがその後、音楽関係の雑誌などで活動を続けていたものの、写真作品の発表は途絶えてしまう。2010年代になって作家活動を再開したが、なかなか手応えのある作品を発表することはできなかったようだ。

田口は「コロナの春」の企画に誘われた時、ふと思いついて、美容師に髪を切ってもらう行為を撮影しようと考えた。裸になって自室で撮影するという発想も、自然に湧いてきた。結果的にこのシリーズは、自発性と偶然性とが、思いがけない場面を生み出していく写真特有の表現のあり方を、見事に体現した作品になった。展覧会のリーフレットに田口が書いた「爪や髪を切ると、切った瞬間にそれは自分から離れて不要なものとなり、ゴミとなり、汚いものに変わる」というのは、たしかに考えてみれば不思議なことだ。異物としての髪の毛は、独特の物質的なエナジーを発している。そのことが、写真からしっかりと伝わってきた。「髪を切る」という行為は、古来イニシエーションの儀式でもある。田口のこのシリーズも、写真家として次のステップに進んでいくいい機会になるのではないだろうか。

この「脱皮」の写真をきっかけにして、彼女が新たな写真の世界を作り上げていくことを期待したい。「人は、断ち切り、取り入れ、断ち切る、を繰り返し進んでいく」(田口のコメント)。この作品で掴んだ確信をぜひ次に活かしていってほしい。

2020/10/31(土)(飯沢耕太郎)

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