2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

特別展アリス─へんてこりん、へんてこりんな世界─

会期:2022/07/16~2022/10/10

森アーツセンターギャラリー[東京都]

アリス好きにとってはたまらない展覧会だろう。「アリスの誕生」「映画になったアリス」「新たなアリス像」「舞台になったアリス」「アリスになる」の5部構成で、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865)と『鏡の国のアリス』(1871)が、アートとカルチャー・シーンにどのような影響を及ぼしてきたかをたっぷりと見せている。文学、美術、写真、映画、演劇、音楽、ファッションなどにまたがる、そのめくるめく広がりを、あらためて堪能することができた。

特に今回は、キャロルの母国でもあるイギリス・ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の企画・構成による展覧会なので、同館のコレクションからも貴重な作品・資料が出品されている。そのことが、とりわけアリス物語の出現の前後を追う「アリスの誕生」のパートに厚みと奥行きを加えていた。

筆者のような写真プロパーにとって特に興味深かったのは、ルイス・キャロルことオックスフォード大学の数学講師、チャールズ・ラトウイッジ・ドジソンが、1860年代から撮影し始めた写真作品が、かなり多数出品されていたことだった。キャロルは、ガラスのネガを使用する湿版写真の技術を身につけ、『不思議の国のアリス』を捧げたアリス・リドゥルをはじめとする、家族ぐるみで親しくしていた少女たちを中心として、生涯に3,000点もの写真を撮影したといわれている。技術的にはかなり高度であり、何よりも、彼の繊細な美意識が画面の隅々にまで反映した写真が多い。今回の出品作にも、多重露光を試みたり、衣装やポーズに工夫を凝らした作品が含まれていた。残念なことに、本展もそうなのだが、写真家としてのルイス・キャロルにスポットを当てた本格的な展覧会は、日本ではまだ実現していない。やはりヴィクトリア・アンド・アルバート美術館が所蔵する、女性写真家の草分け、ジュリア・マーガレット・キャメロン(彼女もアリス・リドゥルを撮影している)など、同時代の写真家たちの作品も含めて、ぜひどこかで「写真家・ルイス・キャロル」展を実現してほしいものだ。


公式サイト:https://alice.exhibit.jp

2022/07/27(水)(飯沢耕太郎)

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中村ハルコ「光の音 Part II- echo」

会期:2022/07/07~2022/09/04

カスヤの森現代美術館[神奈川県]

中村ハルコ(1962-2005)は、2000年の写真新世紀展に自らの出産体験を撮影した「海からの贈り物」を出品してグランプリを受賞した。一方で、1993年から98年にかけてイタリア・トスカーナ地方をたびたび訪れ、その土地に根ざして生きる老夫婦と家族の写真を撮り続けていった。それらは、彼女の没後に写真展で展示され、写真集『光の音-pure and simple』(フォルマーレ・ラ・ルーチェ、2008)にまとまる。今回のカスヤの森現代美術館での展示は、その続編というべき企画である。

トスカーナ地方の人々、風物を捉えきった、生命礼賛、慈しみの感情にあふれる描写は、中村にしか撮れない世界ではないだろうか。日本からはるばる訪れたという距離感も、とてもうまく働いたのではないかと思う。農家の人々が、彼女をあたかもマレビトのように受け入れ、手放しで、心から歓待している様子が伝わってくる。何よりも、差し込む光と吹き渡る風の描写が素晴らしい。フィルムで撮影していることによって、プリントに微妙な揺らぎが生じ、それが見る者に快い波動となって伝わってきた。彼女が惜しまれつつ亡くなってから17年、前回の発表から10年以上も過ぎているわけで、より若い世代の観客に、このような形で中村の仕事を引き継いでいくのは、とても大事なことだと思う。

今回の展示には間に合わなかったが、『光の音 PartⅡ』を写真集として刊行する計画もあるようだ。中村のほかの仕事も含めて、あらためて、彼女の写真家としての軌跡をふり返ってみる時期に来ているのかもしれない。

2022/07/17(日)(飯沢耕太郎)

土田ヒロミ『Aging』

発行所:ふげん社

発行日:2022/06/23

土田ヒロミの「Aging」シリーズは、まさに破天荒としかいいようのない作品である。土田は1986年7月に、すでに老化の兆しを感じ始めていた自分自身の顔を「毎朝の洗顔のように」撮影しようというアイデアを思いついた。区切りがいいということでいえば、翌年の1月1日からだが、そこまで待つと計画が流れてしまいそうに感じて、同年の7月18日から撮影を開始する。以来その営みは36年にわたって継続されることになる。今回、ふげん社から刊行された写真集には、1986-2021年撮影の全カットがおさめられている。何らかの理由で撮影ができなかったり、データが消失してしまったりした日もあるので、総カット数は約1万3千カットということになる。

土田はこれまで、この「Aging」を個展の形で2回発表している。撮影10年目の1997年に銀座ニコンサロンで、そして撮影33年目の2019年にふげん社で。この2回目の個展に展示した写真群に、その後の3年分を加えたものが、今回の写真集制作のベースになった。そこでは、これだけの量の写真を写真集という器の中にどうおさめるかが最も重要な課題になったのは間違いない。写真集のデザインを担当した菊地敦己も、だいぶ苦労したのではないだろうか。結果的に、写真を顔がぎりぎりに識別できる最小限の大きさまで縮小し(11.5×14.5㎜)、横18コマを21段重ねた27.2×28.7㎝の方形のフレームに、1年分の写真がおさまるようにレイアウトした。写真図版の対向ページには、撮影年月日を記したコマが並び、それぞれの写真と対応するようになっている。

現時点ではベストといえるレイアウト、デザインだと思うが、問題は「Aging」シリーズがこれで完結したわけではないということだ。土田は80代を迎えてもまだまだ元気であり、本シリーズもこの先まだ続いていくはずだ。あながち冗談ではなく「死ぬまで続く」はずの本作を、これから先どんな形で発表していくのか、おそらく土田のことだから何か考えているはずだが、どうなっていくのか興味は尽きない。

2022/07/16(土)(飯沢耕太郎)

幸本紗奈「unseen bird sing」

会期:2022/07/09~2022/07/23

東塔堂[東京都]

幸本紗奈が2019年に刊行した『other mementos』(Baci)はクオリティの高い、とてもいい写真集だった。今回展示された「unseen bird sing」は、それに続く作品ということになる。だが、出品されている写真は最近のものだけではなく、かなり前、あるいは『other mementos』の時期に撮影されたものも含んでいる。というより、幸本の作品世界は、あまり時間的な経過には関係なく、むしろさまざまな時空の断片を拾い集め、組み立ててゆくものなので、過去作かどうかはあまり問題にならないのではないだろうか。

前作と同じく、今回もまたプリントのクオリティへの強いこだわりを感じる。ブルーのトーンを基調として、赤や緑を染み込ませるように配置し、手が届きそうで届かないような夢のような感触を与えている。鏡、水、鳥、植物などのイメージを相互に関連づけていく取り扱い方も、さらに洗練されてきた。

だがこのままだと、何を伝えたいのか曖昧なまま、居心地のよい世界に安住することになりかねない。幸本に必要なのは、個々の写真を結びつけ、つなぎ合わせていく骨格=テキストなのではないだろうか。展示を見て、写真が言葉を欲しているように見えてきてならなかった。幸本には文学への関心もあり、タイトルの付け方ひとつを見ても、言葉をしっかりと使うことができる能力を備えていることがわかる。むしろ断片的なものでいいから、各写真とテキストとを並置するような展示、あるいは写真集をぜひ見てみたい。

2022/07/16(土)(飯沢耕太郎)

高橋万里子「スーベニア」

会期:2022/07/12~2022/07/25

ニコンサロン[東京都]

高橋万里子は2002年のphotographers’ galleryの創設時からのメンバーで、同ギャラリーでコンスタントに個展を開催してきた。最初の頃はカラフルな食べもの、人形などのオブジェを画面全体に撒き散らすように配置して撮影する、やや少女趣味の作風だったが、2007~08年に開催した「月光画」の連続個展のあたりから作品の雰囲気が変わってきた。母親、同世代の友人たちを、おぼろげなソフトフォーカスのトーンで撮影したポートレートに加えて、モデルたちにふさわしいスーベニア(お土産物)の写真を、付け合わせるように撮影していった。ノスタルジアと痛みとを両方同時に感じとることができるようなそれらの作品群は、独特の風合いをもち、その魅力を言葉にするのはむずかしい。だが、長く記憶に残って、夢のなかにも出てきそうな奇妙なオーラを発していた。

今回のニコンサロンでの個展では、19歳の時に撮影したという、エクレアを口に頬張る初々しいセルフポートレートから近作まで、高橋の写真家としての軌跡を辿るような構成になっていた。中心になっているのは、むろん「月光画」以降の作品で、高橋の構想力の高まりを受けて、作品が枝分かれしつつ展開していくプロセスを、あらためて確認することができた。あわせて、やはり初期作品を含む代表作を掲載した写真集『Souvenir(スーベニア)』(ソリレス書店)も刊行されている。展示や写真集を見てあらためて感じたのは、彼女が20代、30代、40代と歳を重ねていく人生の軌跡と、写真作品のそれとが、思いがけないほどに重なり合っているということだ。一見、はかなげな幻影のような高橋の作品世界は、意外にリアルな感触を備えているのではないだろうか。

2022/07/15(金)(飯沢耕太郎)

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