2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

土田ヒロミ写真展「Aging 1986-2018」

会期:2020/02/05~2020/03/01

ふげん社[東京都]

写真ギャラリー、ブックショップ、カフェ、プリント・ラボラトリーを兼ねたふげん社が、東京・築地から目黒に移転した。スペースもひと回り大きくなり、その活動がますます充実したものになりそうだ。3階のギャラリーでは、リニューアル・オープン展として、土田ヒロミの「Aging 1986-2018」が開催された。オープニング企画にふさわしい充実した内容の写真展である。

「Aging」はまさに現在進行形のセルフ・ポートレートのシリーズといえるだろう。土田は1986年から、毎日クローズアップで自分の顔を撮影し始めた。それから30年以上もその行為を続け、いまだに継続中である。言葉にすると簡単そうだが、自分でやることを考えれば、それが途方もない作業であることがわかる。日付を付して展示されている顔写真の群れを見ると、40歳代のまだ精悍さを残した男性が、次第に老化していくプロセスが、感情移入を排して淡々と記録されていることに感動を覚えずにはおれない。展覧会に寄せた文章で、生物学者の福岡伸一が、このシリーズは「生命とは何か?」「時間とは何か?」という「大きな問いかけ」だと書いているが、まったくその通りだと思う。

プリントの途中に空白の部分があるのだが、それは単純に撮り忘れたことも含む「撮れなかった」日を示している。2008年にかなり大きな空白があるが、それはデジタルデータを消去してしまったということのようだ。そのような「アクシデント」をも含み込んでいることが、この作品の「生の記録」としてのリアリティをより増している。「死ぬまで」続けられるという壮大なプロジェクトが、完結したときにどんな眺めになっているのか、想像しただけでワクワクさせられる。個人の作業としては、空前絶後のものになることは間違いない。

2020/02/08(土)(飯沢耕太郎)

原芳市『神息の音』

発行所:蒼穹舎

発行日:2019/11/22

『神息の音』は原芳市の最後の写真集になった。原が2019年12月16日に半年余りの闘病生活を経て逝去したからだ。没後に『時を呼ぶこえ』(でる舎)が刊行されたが、これは1980年代に寺山修司の短歌について書いた原のテキストと写真を組み合わせたものなので、生前の仕事としてはこの写真集がラスト・メッセージになった。タイトルの「神息」(かみき)は原の造語で、「主なる神は土(アダマ)の塵から人(アダム)を形作り、その鼻に命の息を吹き入れられた」という『旧約聖書』の語句を踏まえている。

原は2008年と2011年に刊行した二部作『現の闇』(蒼穹舎)と『光あるうちに』(同)の頃から、聖書を読み込み、神の存在を強く意識するようになった。本書におさめられた27枚の写真(プリントは写真家の和久六蔵)は、2019年の年明けから撮り始め、5月までに撮影した40本余りのブローニーフィルム(約480カット)の中から選ばれたものである。「神事、祭事の周辺」を撮影していると、「突然身体が重く感じ、視界のハイライト部分がいつも露出オーバーのように」なることがあったという。そのような「霊的な何か」に感応してシャッターを切った写真を集成したのが本書だが、被写体の幅はかなり大きい。折に触れて撮影した風景だけでなく、祭りの参加者、女装のゲイ、ピンぼけでほとんど何が写っているかわからない写真もある。そこに「神の息」を感じとれるかどうかは、見る人に委ねられているわけだが、たしかにただならぬ気配を感じる写真が多い。1970-80年代にストリッパーたちのドキュメントを発表することで、写真家として知られるようになった原が、さまざまな試行錯誤を経て到達した場所が、確実に刻み付けられた写真集といえるだろう。あらためて、彼の仕事をふりかえって見てみたいと強く思った。

なお、東京・新宿の蒼穹舎のギャラリースペースでは、写真集刊行を記念した同名の展覧会(2020年1月27日~2月9日)が開催された。

関連レビュー

原芳市「光あるうちに」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2014年11月15日号)
原芳市「ストリッパー図鑑」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2013年11月15日号)
原芳市「光あるうちに」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2012年03月15日号)
原芳市「光あるうちに」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2011年01月15日号)

2020/02/08(土)(飯沢耕太郎)

林典子「If apricot trees begin to bloom」

会期:2020/01/06~2020/01/27

ニコンプラザ新宿 THE GALLERY[東京都]

林典子は2014年に刊行された写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナルジオグラフィック社)の取材のため、2012-14年にかけてキルギス共和国を何度か訪れたときにナリン川流域の村々に滞在した。ナリン川はキルギス東部の天山山脈を源流とし、ウズベキスタン共和国のフェルガナ盆地まで800キロに及ぶ大河である。フェルガナ盆地からはシルダリア川と名前を変え、アラル海へと注ぐ。今回ニコンプラザ新宿 THE GALLERYで展示された新作は、2014年2月に知人の出産に立ち会ったときに、病院の窓から撮影した真冬のナリン川の写真をあらためて見直したことをきっかけに、2017年以降にキルギスを再訪して撮影した写真を集成したものだ。

「誘拐結婚」のような特定のテーマを扱った前作と違って、そこに写っているのは以前撮影した人たちと、彼らを取り巻くナリン川流域の風景である。いわば、一般的にフォト・ジャーナリズムのテーマとなる社会的な出来事の「事後」を、ゆるやかなまとまりで撮影した写真群といえる。写真家としてかかわった人たちと、その後どのようにコンタクトを取り続けるかということは、現代のフォト・ジャーナリトにとって重要な問題になりつつあるが、林も誠実にそのことを実行しているといえる。何よりも、センセーショナルな描写を注意深く避け、ナリン川の存在を軸にして、キルギスの人々の暮らしのあり方を静かに浮かび上がらせる写真の撮り方が、とてもうまくいっていた。ただ、今回の展示では、「誘拐結婚」を経験した女性たちが、その後どんな人生を送っているのかは明示されていなかった。本作は、その辺りも含めた、より大きな広がりを持つ作品として展開していく可能性を感じる。なお、本展は2月27日~3月11日にニコンプラザ大阪 THE GALLERYに巡回する。

関連レビュー

林典子『キルギスの誘拐結婚』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2014年08月15日号)

2020/01/24(金)(飯沢耕太郎)

笠木絵津子『私の知らない母』

発行所:クレオ

発行日:2019年12月21日

笠木絵津子は1998年の母の死をきっかけにして、その記憶を写真で辿り直す作品を制作し始めた。最初は、母が写っている戦前の家族アルバムの写真を題材にし、その中に母の着物や服を着た笠木自身の姿を埋め込むシリーズに取り組んだ。朝鮮咸鏡北道、台湾高雄市、満洲国撫順市など、母とその一家の足跡を辿る作品は縦横数メートルの大きさとなり、実際に現地に足を運んで撮影した風景に母や自分の写真を合成するようになる。母の死後20年あまりを経た2019年の藍画廊での個展「『私の知らない母』出版記念新作展」で、そのプロジェクトは一応完結し、今回同名の写真集が刊行された。

鈴木一誌、下田麻亜矢、吉見友希がデザインした本書は、120ページを超す大判写真集である。同シリーズの代表作が網羅されているだけでなく、それぞれの写真がどんなふうにでき上がってきたのかというバックグラウンドが、詳細かつ丁寧に綴られている。このユニークな作品は、笠木自身の個人史の再構成というだけでなく、一家族の移動によって見えてくる、戦前の日本とアジア諸国との関係の見取り図でもある。同時に、デジタル化による画像の加工や合成が可能となることで、はじめて成立した作品ともいえるだろう。笠木の粘り強い試みは、家族の写真をテーマにした作品づくりを考えているより若い世代にも、さまざまな示唆を与えてくれるのではないだろうか。

関連レビュー

笠木絵津子「『私の知らない母』出版記念新作展」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年07月01日号)

2020/01/22(水)(飯沢耕太郎)

ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター

会期:2020/01/09~2020/03/08

Bunkamura ザ・ミュージアム[東京都]

2017年にBunkamura ザ・ミュージアムで開催された「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター」展は、観客数が8万人を超えるという、写真展としては異例の大ヒットとなった。それまで日本ではほぼ知られていなかった彼の名前が、大きくクローズアップされるとともに、その写真の魅力が多くの人たちに伝わったのではないかと思う。それから3年、ソール・ライターの展覧会がふたたび同会場で開催された。今回の展示でも、彼の代表作といえる、ニューヨークの日常的な場面を撮影したスナップショットが中心となっている。だが、出品点数が増えただけでなく、初期のモノクローム作品、セルフポートレートや近親者を撮影したポートレートがまとめて展示されるなど、さらにスケールアップした展覧会になっていた。遺された8万点以上というカラーポジから選んだ作品によるスライド・ショーも見応えがあった。

特に注目したのは、妹のデボラと、後半生をともに過ごしたソームズ・バントリーのポートレートのパートである。2歳違いの妹のデボラは、兄のよき理解者だったが、20代で精神を病み、2007年に亡くなるまで施設で過ごすことになる。ライターは彼女の繊細な表情と身振りを、愛情を込めて、壊れ物を扱うように注意深く撮影している。ファッションモデルとして彼の前に登場したソームズは、最高のミューズだった。ライターは彼女の姿を、ときには少女のように、ときには妖艶に、さまざまな視点から撮影した。そこには彼の人間観察力と、写真撮影への飽くなき情熱が見事に発揮されている。

この二つのシリーズが加わることで、やや距離を置いてかすめとるように撮影したニューヨークの情景と、身近な他者に向けた親密な眼差しという、ソール・ライターの二面的な写真の世界が浮かび上がってきた。ソール・ライター財団の献身的な調査にもかかわらず、まだ数万点以上にのぼる未整理作品が残っているのだという。また違った角度から、彼の写真展を見る機会もあるのではないだろうか。

関連レビュー

ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年05月15日号)

2020/01/08(水)(飯沢耕太郎)

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