artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

遠藤励「MIAGGOORTOQ」

会期:2023/10/27~2023/11/05

AL TOKYO[東京都]

遠藤励(つとむ)は1978年、長野県大町市に生まれ、現在も同市に在住する写真家。1990年代からスノーボードの世界に深く関わり、その写真を撮影するようになった。スノーボーダーのライフスタイルや、彼らを取り巻く自然環境が主なテーマだったのだが、2000年代以降、雪質の変化などに地球温暖化の影響を強く感じざるをえなくなったという。同時期に、スノーボーダーたちを「部族」と捉える観点から、北極地方の人々の暮らしにも関心を深め、近年はグリーンランドを何度も訪れるようになった。そこに生きるイヌイットの人たちの暮らしのあり方、生態系、民俗・文化に及ぼす気候変動の影響などを捉えた写真群を集成したのが今回の個展である。タイトルの「MIAGGOORTOQ」(ミアゴート)というのは「犬の遠吠え」を意味する現地語だという。

会場には、氷に覆われたグリーンランドの風景、イヌイットの人たちのポートレート、イッカク猟などの写真とともに、彼らの道具、装身具、毛皮などの実物が並び、現地で録音した音声が流れていた。遠藤がそこで見たもの、経験した事柄を、できるだけ立体的に体感してもらおうという意図が伝わってきた。写真の質も極めて高い。動きの大きいスノーボードを撮影してきた経験が、ダイナミックな構図と瞬間撮影に活かされ、北の風土の光と空気感が繊細に捉えられている。被写体への向き合い方も自然体で、彼らへのリスペクトを感じさせるものになっていた。

ただ、会場の構成も展覧会のカタログとして刊行された同名の写真集も、文字情報を極力抑えているように見えることがやや気になった。一枚一枚の写真にもう少し丁寧なキャプションをつけ、遠藤が現地で感じた心の動きなども記したほうが、観客とのコミュニケーションという点ではよかったのではないかと思う。仲間内だけではなく、彼の写真を初めて見る人にもその意図がしっかり伝わる構成にしてほしかった。今後は、文字情報を中心にした冊子の刊行なども考えられるのではないだろうか。


遠藤励「MIAGGOORTOQ」:https://al-tokyo.jp/news/miaggoortoq/

2023/10/30(月)(飯沢耕太郎)

後藤元洋「横断的表現行為ー東京綜合写真専門学校で学んだことー」

会期:2023/10/20~2023/10/28

Gallery Forest[神奈川県]

1958年、神奈川県生まれの後藤元洋は、東京綜合写真専門学校在学中の1980年代から、パフォーマンスと写真撮影を結びつけた「横断的表現行為」を続けてきた。今回、同校4FのGallery Forestで開催した個展では、イタリア人アーティストのジーン・ピゴッジの作品に触発されて制作したという、不特定多数の他者と肩を組み合ったセルフポートレート「Jean Piggoziに捧ぐ」(1980年)から、近作の、放射線防護のタイベック・スーツを身に纏った「絶対安全ーunder control」(2011年〜)まで、彼の代表的な作品が展示されていた。

特に興味深いのは、1990年から集中して制作された「ちくわ」を口に咥えたセルフポートレートのシリーズだろう。1989年に、スーパーマーケットで焼きちくわとの「運命的な出会い」を果たした後藤は、以後、おかしさとエロさとが微妙に交錯する「ちくわ」の連作を発表するようになっていった。同作は、彼の長身・痩躯の特異な風貌と、「ちくわ」のオブジェとしての奇妙なたたずまいとが絶妙にブレンドして、味わい深いシリーズとなった。さらに1993年からは、「竹輪乃木乃伊」(串刺しして乾燥した焼きちくわ)を、写真作品とともに5年ごとに「御開帳」するという儀式も続けている。

パフォーマンスの記録を写真作品として発表する作家は後藤以外にもいる。だが、彼の40年を超える作家活動は、その長さと揺るぎのない姿勢において、日本ではかなり例外的なものといえそうだ。まだまだ創作意欲は衰えていないようなので、この展示をひとつのきっかけとして、新たな表現領域を開拓していってほしいものだ。


後藤元洋展「横断的表現行為─東京綜合写真専門学校で学んだこと─」:https://gallery.tcp.ac.jp/goto/

関連レビュー

後藤元洋「竹輪之木乃伊御開帳」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年06月15日号)

2023/10/23(月)(飯沢耕太郎)

うつゆみこ『Wunderkammer』

発行所:ふげん社

発行日:2023/10/10

2006年に第26回写真「ひとつぼ展」でグランプリを受賞し、翌年、ガーディアン・ガーデンで受賞記念展を開催した頃から、展覧会や作品集の形でうつゆみこの作品を見続けてきた。その過剰な創作エネルギーには、いつでも圧倒される。展覧会の会場には、ひしめくように作品が並び、同時期に何冊ものzineが刊行される。作品をプリントしたTシャツなども売られている。ある種の強迫観念の産物のような作品群をみるたびに、この人の制作行為のモチベーションは何なのだろうと思っていたのだが、今回ふげん社から刊行された写真集『Wunderkammer』に目を通して、その秘密を少しは理解できるような気がしてきた。

写真集は「yaoyorozoo」「増殖」「いかして ころして あたえて うばって」の三部構成で、全部で170点以上の作品がおさめられている。それらを見ると、初期作品も含む「yaoyorozoo」や「増殖」のパートを経て、近作が中心の「いかして ころして あたえて うばって」に至る過程で、うつの作品制作のあり方が大きく変わってきたように感じた。さまざまな場所で購入・蒐集した印刷物、オブジェ、キャラクター・グッズなどのコレクションを、構想と妄想のおもむくままに構築した「yaoyorozoo」や「増殖」のコラージュ作品は、たしかにめくるめくようなイメージ空間を形成している。ところが、その「Wunderkammer=驚異の部屋」は、二人の娘をはじめ、うつと同居する生き物たちが次々に登場してくる「いかして ころして あたえて うばって」のパートになると、むしろ彼女自身の生そのものと、見分けがたく同化してきているように見えてくる。自宅のアトリエでの創作活動こそが日常であり、社会的な営みの方が非日常化するという逆転現象が生じてきているのだ。結果として、一個一個の作品から立ち上がる切実なリアリティはただならぬものになりつつある。

この作品集が、うつゆみこの作家活動のひとつの区切りとなることは間違いないだろう。日本国内だけでなく、海外の写真関係者がどんな反応を示すのかが楽しみだ。


うつゆみこ『Wunderkammer』:https://fugensha-shop.stores.jp/items/6513bd2a5d2d4e002facecc0

2023/10/16(月)(飯沢耕太郎)

佐藤信太郎「Boundaries」

会期:2023/10/05~2023/10/29

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

佐藤信太郎は、皇居周辺を撮影していた時に、その辺りがかつて海と陸とを隔てる崖であったことに気づいて、「都市の境界」を意識するようになった。その延長上の作業として、千葉の自宅に近い、かつて東京湾に面していた崖を撮影し始める。崖にはさまざまな植物が生い茂っていた。それらの植物群を「境界のポートレート」として撮影するうちに、個々のイメージを解体し、組み替えて(recombine)いくことを思いつく。こうしてできあがってきた「Boundaries」の連作を集成したのが、今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展である。

これまでは、都市の建造物を中心に撮影してきた佐藤にとって、植物というより流動的で不定形な被写体にシフトすることは、大きな冒険だったはずだ。だが結果的には、徹底したコラージュの作業によって、都市の眺めを再構築する新たな写真群が立ち上がってきた。ただ、「直線的に画像データを重ね合わせていた」初期の作業から、「木の葉や枝、草花などのすでにある形をレディメイドとしてそのまま利用し、レイヤーを重ね、組み替えていく方法」に移行したことで、植物群のフォルムやテクスチャーが不分明になり、どちらかといえば抽象的な、モザイク状の色面の連なりとなってしまったことについてはやや疑問が残る。イメージ操作が目について、肝心の「都市の境界」のリアリティが薄れてしまったように思えるからだ。

本作を足がかりに、さらなる対象、手法を模索することで、「都市の境界」を巡る、より包括的な作品が成立してくるのではないだろうか。


佐藤信太郎「Boundaries」:https://fugensha.jp/events/231005sato/

関連レビュー

佐藤信太郎「Boundaries」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年04月15日号)
佐藤信太郎「The Origin of Tokyo」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年03月01日号)

2023/10/14(土)(飯沢耕太郎)

即興 ホンマタカシ

会期:2023/10/06~2024/01/21

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

本展の日本語のタイトルは「即興」だが、英語のタイトルは「Revolution 9」になっている。そのことに気づいて、なるほどと思った。そのネーミングに、ホンマタカシが今回の展覧会に向けたメッセージが端的にあらわれていると感じたからだ。

「Revolution 9」というのは、1969年に発売されたザ・ビートルズの9枚目のアルバム『The Beatles』(通称「ホワイト・アルバム」)の最後におさめられた、8分21秒の曲である。ジョン・レノンがほぼ単独で、さまざまな音源を収録したテープをコラージュして繋ぎ合わせ、「ミュージック・コンクレート」の手法で実験作を完成させた。意欲的な作品であることは間違いないが、それまでのビートルズ・ナンバーとはまったくかけ離れた発想、手法の作品だったので、評判はあまりよくなかった。「ガラクタ」「世紀の駄作」と非難する声も上がったと聞く。

今回のホンマの展示も、見方によっては大方の予想を裏切るものと言えるだろう。ホンマタカシといえば、明晰なコンセプトと卓抜な技術力に裏付けられて、視覚的なエンターテインメント性にも十分に配慮した作品を、観客に提供し続けきた作家だからだ。ところが、建築物の一室をピンホールカメラに仕立て、世界各地で撮影した写真がアトランダムに並ぶ今回の展示は、どこをどう見ればいいのかわからないという戸惑いを与えるものになっていた。会場の中心には、丸窓が空けられた部屋が設けられ、表題作の「Revolution」「No.9, 3」といった作品を覗き見ることができるようになっている。部屋にはピアノも据えられており、どうやらそこで即興演奏も行なわれるようだ。

だが、まさにその行き当たりばったりにさえ見えるインスタレーションこそ、ホンマが本展で試みようとしたことの具現化だったといえる。彼がここ10年あまり展開してきた、ピンホールカメラを使った作品群は、写真という表現手段に特有の、ノイズを取り込んでは撒き散らしていく「即興」性を、どれだけ取り込めるかという実験だったことがあらためて浮かび上がってきていた。写真という表現メディアの原点に回帰することで、ビートルズの「Revolution 9」のラディカリズムを受け継ごうとする意志を、はっきりと感じとることができた。


即興 ホンマタカシ:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4540.html

2023/10/13(金)(飯沢耕太郎)

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